第11話 義妹の言い分

「おっ、来たね色男」


 コミトの店に駆け込んだマクシムスを、変わらないニヤついた顔でテオドラが出迎えた。

「…コミトは、どこだっ?」

「来てないよ。お休み中」

「いつ来る?」

「さーてね。いつ復帰できるやら。…もしかしたら」

「ふざけるなっ!」

 マクシムスにしては珍しい大声だ。テオドラのニヤついた顔も腹立たしい。

 だが、テオドラは涼しい顔だ。

「ウチはうるさい客は出禁処分なんだけど?たとえ、鉄人マクシムスでも」


 そう言われて周囲を見るマクシムス。

 まだ陽は落ちてないのでそんなに客はいないが、こっちを驚いたように見てる。

「あれって、鉄人?」「怪我してたってきいたけど」「怪我しても、女とやりたいってか」

「鉄人って、アッチの硬さのことじゃねーの」下卑た笑い。


「わかった。上に行こう」

 テオドラの手を引っ張り2階に行こうとする。

 上は、1階の酒場で「仲良く」なった男女で、ひとときを楽しむ場所だ。個室になっており、密談にも向く。

「大銅貨5枚」

「…なんだと」

「店No.1のあたしを指名するってことでしょ?そのぐらいが相場なんだけど」

 テオドラは憎たらしいほど不敵に笑う。

「まー、マキシ兄なら、4枚にまけても…」

「5枚でいい。行くぞ」

 金はある。コミトの情報料ならいくら払っても惜しくない。

「毎度あり」

 相変わらずのニヤついた顔で、テオドラが答える。


「何か飲む?」

 個室に入ったテオドラが言う。

「いらん」

「そ。あたしは葡萄酒もらうからねー」

「…飲み過ぎだろ、お前」

「飲まなきゃやってられませんよ、こんな仕事」

 やれやれ、という顔でテオドラは言うが、絶対楽しんでやっていると思う。

 口にしても言い負かされるので、思うだけだが。


「で?何を聞きたいの?」

 葡萄酒片手の、マクシムスの部屋でよく見る姿になったテオドラが言う。

「コミトの居場所だ。知ってるな」

「知ってるけど。行ってどうするつもり?」

「…まず、事情を聞く。聞きたい」

 コミトがこんな事をする理由があるはずだ。

「んー、合格」

 テオドラは誰かに乾杯するように、杯を掲げる。

「いきなり連れ戻すっなんて言ったら、居場所伝えない気だった」

 まあ、そんな事言うマキシ兄ではないとは知ってるけどねー、と笑うテオドラ。


「…そんな事言うのなら、テオドラも事情は知ってるんだな」

「もちろん。でも、わたしの口から言わないわよ。それはコミ姉が直接言うべき事だと思うし」

「わかった。では、居場所を…」

「その前に、聞いておきたいの事があるの」

 マクシムスの言葉をテオドラが遮る。

「ねえ、コミ姉を好き?愛してる?」


 2、3度目を瞬かせた後、当然のように答えるマクシムス。

「もちろん。好きだ」

 そうでなければ、こんなに慌てたりしない。

「ほんとに?自分が大金払って買い取ったから、自分のものと思い込んでるだけじゃない?」

「……いくらお前でも、言っていい事悪い事があるぞ」

 目つきが険しくなる。コミトを「もの」扱いしてるだと?

「ごめんね。これはあたしが言い過ぎたわ」

 非を認めるテオドラ。

「でもさ、こういう仕事してるとそういう男が多くてさ…。女を顔やスタイルでしか判断せず、獲物か征服対象としか見てない、クズが」

 現代日本と比べても、男尊女卑がはるかに激しい時代だ。

 テオドラのいう「クズ」のほうが一般的で、テオドラのほうが少数派なのだが、それを受け入れないのが彼女だ。


「確かに、そういう男は多い。だが俺がそうかどうかは、別の話だろう」

「まあそうなんだけど。でもさ、そういう話をコミ姉にしてる?」

「…どういう事だ?」

「マキシ兄、自分は口下手だということにあぐらをかいて、自分の考えとか思いを言ってないでしょ。だから不安に思っちゃうんだよ。コミ姉みたいに耐える性格の女性は特に」

「…」

 そう言われれば、心当たりはある。

「愛してるから俺の気持ちを察しろは、甘えだと思う。言わなきゃわかんないよ。ま、その点はコミ姉にも責任はあると思うけど」


 そういえば、入院していたマクシムスに見舞いに来たコミトは、不安そうだった。時には泣いた。

「あの、やはりドライバーは危険です。わたしが頑張って稼ぐから…」

 しかし、そんな事はできるわけがない。チームもガタガタだし、どう考えてもドライバーの方が稼げる。マクシムスだって、勝ち切る快感は捨てがたい。

 だが、そんな説明はせず、「大丈夫だ」としか返事をしなかった。

 それでわかってくれていると思った。いや、そう思いたかっただけなのか?

 口下手だからと自分に言い訳して。

 甘え、なんだろうか。


「…それでコミトが出ていったのか…」

「そんなわけないでしょ」

 即座に否定するテオドラ。

「それくらいのことでマキシ兄から離れるほど、コミ姉は弱くないわよ。それこそコミ姉を甘く見過ぎ」

 今の話は、単なるアドバイスだから、と付け加える。

「…じゃあ?」

「だから、その理由はコミ姉本人から聞きなよ。…コミ姉も、相当に思い込んでの事だから、しっかり聞いて、どうするか考えて」

 そう言って、コミトの居場所を教えてくれた。港に近いアパートを借りているようだ。

「…わかった。ありがとう」


「もう行くの?」

「ああ」

「お金もらってるし、一回ヤッてもいいけど?」

「……はあ?」

 お得意の軽口か、と言おうとしたが、止まる。

「あたし、結構本気でマキシを好きなんだけど」

 テオドラの目は笑ってなかった。珍しく。


「いろんな男を見てきたけど、まあ、ほとんどが女を人と思ってない奴らばっかでさ。マキシみたいな考えの男は貴重だって、よ〜くわかったよ。おまけに高所得者。顔も悪くないし、こんなハイスペックなかなかいないよ」

「…やめろよ」

「せっかくだから最後まで言わせてよ。

 実はさ、どうやらコミ姉に気づかれてたみたいなんだよ、この想いをさ。だから、コミ姉が部屋を出る時、『テオドラは残っていいから』なんていうんだよ。

 バッカだよね〜。自分だって未練残してる男を妹に任そうっていうんだから。もし妹とうまくいっちゃったら、どの顔でマキシに会うつもりなんだよってね。

 ま、姉貴みたいにめんどくさくないし、口下手なマキシのこともわかってやれるつもり。

 どう?乗り換えない?」


「俺の気持ちは、変わらない。コミトが好きだし、お前は妹としか思えん」

 マクシムスははっきりと言う。結論はそれしかない。

「だよね。わかってた」

 ニカッと笑うテオドラ。

「コミ姉もさ、わたしの気持ちは気がつくくせに、マキシ兄の思いは信じられないんだからねぇ。どんだけ自己肯定感が低いんだよってね。こんなにもマキシ兄に愛されてるのに」

 テオドラの呼び方が、マキシからマキシ兄に戻った。

「…振られることがわかってたのに、言ったのか?」

「言わなきゃわかんないって、さっき言ったばかりでしょ。

 そりゃ、勝ち目はないだろなぁとは思ってたわよ。でも言わなきゃわかんない。予想は想像だから。まあ性格だね、悩むくらいなら告白する方がいい」

 そう言い切るテオドラは、カッコよく見える。


「コミ姉はあんな性格だし、今回のマキシ兄から離れる決定だって間違ってると思ってる。だから、居場所を教えたんだ。コミ姉には止められていたけど」

 でも、と続ける。

「あんなコミ姉が好きなんだよね…。自信なくて底抜けにお人好しで、性格は全然合わないけど、……大好きなんだ」

「…分かってる」

 多分、コミトもわかってる。そしてコミトも同じようにテオドラが好きだ、ということも。

「だから、助けてやってくれないかな。コミ姉を幸せにできるのはマキシ兄しかいないから」

 こくり、とうなずくマクシムス。


「それと、悪かった」

「?何が?」

「その、お前を、ふったこと」

 瞬間変な顔をしたテオドラだが、プッと吹き出した。

「アハハハ…な、なにそれ?気にしてたわけぇ?」

「…そんなに笑うなよ…」

 マクシムスは女性に慣れているわけではない。コミト三姉妹以外で親しい女性は片手で余る。

「だめだよ〜。ふる女に優しくしちゃあ。タラシって言われるよ」

「…悪かったな」

 そういや、カッシウスにもタラシって言われた気が。

「大丈夫。あたしはもっとハイスペックの男をゲットするからさ。地位も金も顔もいい男をね」

 実にテオドラらしい言葉であった。

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