第10話 禍福は糾える縄の如し

 マクシムス18歳。

 秋シーズンで重賞初勝利をあげ、第三階梯、いわゆる主戦ドライバーや三段騎手などと言われる、チームのレギュラー選手に数えられるようになった年も終わろうとしていた。


「まずは、おつかれ」

 マクシムスはカッシウスと杯を合わせる。

 ここは競技場近くの酒場。ドライバー御用達の店。

 経済的な余裕が出てきたマクシムスは、ドライバー仲間と酒場に行くこともできるようになっていた。


「しかし、マクシムスと差がついちまったなあ。あれよあれよと重賞勝利で、三段騎手サマだからなー」

 カッシウスは葡萄酒をあおりながら言う。

 彼もマクシムスに続いて第二階梯、いわゆる新人ドライバーになったが、マクシムスのように1年で第三階梯になるような幸運には恵まれない。

「いや、カッシウスもすぐなれると、思う。ガード上手いし…」

「ガードで昇進させてくれるかねぇ…」

「お前の親父さん、今は翠緑のコーチだよな。そっちから推薦もらえるのでは…?」

「だーめだめ。前にも言ったけど、あの人俺がドライバーになるのを反対してたし」

 父親の仕事を息子が継ぐのは、帝国での一般的な考えであるが、危険なドライバー稼業を子供にさせたくない父親もいる。

「でも、それは愛情の裏返しだから…そのうちには」

「まあ、コネは必要かあ」


 第三階梯騎手になるには、チームの第三階梯騎手1名以上の推薦を得て、チームの首脳である総督(監督にあたる)、数人の秘書官、主戦ドライバーたち過半数の賛成を経て、昇格できる。

 マクシムスのように、重賞勝利という有無を言わせない実績があれば別だが、人脈があったほうが有利なことは間違いない。

 それがないと、第二階梯からはなかなか上がれない。新人ドライバーとはいうが、実際には第二階梯止まりで引退の者も少なくない。

 まあ、引退直前に温情で第三階梯にあげてしまうことも多いが。


「そういや、コミトちゃんを借金苦から解放したんだってな。おめでとう」

「…ありがとう」

 カッシウスには事情を話している。子供時代のコミトも知ってる幼馴染みの1人だ。

「やはり、最終戦重賞の賞金は大きかったか」

「俺も、ここまでとは思わなかった」

 ドライバーへの報酬は年2回、春秋の終わりにシーズンまとめて払われる。字も読めない、計算もできないマクシムスは、言われるままにもらうだけだが、秋シーズンの報酬は桁が違った。正直、びっくりした。

 もらったその脚でコミトの店に行って、即金で払ってきた。

 テオドラも店の主人も喜んでくれた。もちろん、コミトとは抱き合って喜んだ。

 …その夜は、もえた。


「まだ、コミトは店に通ってるけど」

「えええ?なんで?」

「店で唄ってるんだ。ステージ付きの店だから。お触りはなしで」

 本来は歌い手も金を払えば二階で同衾できるが、コミトは歌い手オンリーの約束で金をもらっている。

「もともと歌好きだしな。店の主人にもぜひに、と言われたらしい」

 コミトのアカペラは心に染みるのよ、と元娼婦の女主人がマクシムスにも言ってきた。彼女の歌を聴くためだけに、酒場に来る客もいるとか。


「俺は嫌だな…。酔客もいるようなとこで自分の彼女を置いとくのは。危ねぇじゃん」

 カッシウスの言うことは、わからないではない。

「第一、マクシムスはもう十分稼げるだろ?コミトちゃんが働く必要なくない?」

「…でも、ドライバーは危険だから、いつまで稼げるか分からない。だから働き口を確保しておきたいって…」

 ドライバーの寿命は短い。怪我で乗れなくなることもある。コミトの弁は一理ある。

 テオドラもいるし、あの店の主人は信頼できる。なによりコミトが歌いたがっている。

 コミトの好きにやらせたい、とマクシムスは思っていた。


「実は俺、夏頃にコミトちゃんの店に行ったんだよな〜」

 夏といえば、まだコミトは身体を売っていたころだ。まさか、こいつ…

「ちょ、おいっ。そんなに睨むなよっ。コミトちゃんは指名してねーよ」

「…すまん」

 睨むつもりはなかったのだが。

 それに客となって行くなら、文句はつけれない。それはわかっている。だが。

「…ただ、テオドラとは、その」

 そっちか!


「…まあ、確かにあいつは、綺麗になったが」

 もともと美少女だったが、娼婦となり化粧も仕草も覚えて、色気は増した。

 自分でも言っていたが、この仕事は性に合ってるようだ。

「俺も、びっくりした。子供の頃を知っているだけになおさら。マクシムスは一緒に暮らしていて、変な気にはならんのか?」

「なるかっ。あれは家族だ、妹だっ」

 第一、家では酒ばかり飲んで、色気もくそもない姿ばかりだ。口も悪い。


 ちなみに、テオドラの借金はまだ残っている。

 本人が、拒否したのだ。

「ただでさえ同居させてもらっているのに、これ以上はもらえないよ。それにいっとくけど、あたし指名率高いからね、自分で返せるから」

 なんとも自立心の強い妹なのだった。


                  ★


 年が明け、マクシムスは19歳になった。

 冬が終わり、春シーズンが始まると開幕からマクシムスは活躍した。

 午前中の平場レースも午後の重賞レースも、積極的に乗った。

 軽戦車と重戦車では、操作性もスピードもかなり違うので、重賞を主戦場とする第三階梯騎手は、平場レースを嫌がる者が多い。

 だがマクシムスは、チームへの恩返しの意味もあってばんばん乗り、チームポイントを荒稼ぎした。


 春の大祭は、さらに働いた。

 総取り式の重賞レースには、エース・ルシウス、ガード・マクシムスのコンビで乗り、勝利を重ねていった。もちろん勝つのはルシウスだが、賞金はコンビで山分けされる。マクシムスの評価もあがる。

 圧巻は大祭最終戦だった。

 3日続きの大祭は、その日ごとの総合優勝に加え、大祭3日の総ポイントで決まる大祭優勝がある。帝都の戦車競走でもっとも価値の高い優勝とされる。

 実は最終戦前に、蒼青の大祭優勝は確定していた。それもあって緑赤白が連合して、ルシウス、マクシムスコンビを止めると宣言してきたのだ。

 売られたケンカは買う主義のルシウスは、当然受けて立つ。


 そこでマクシムスはルシウス直伝の腰振りで2台を潰し、白獅子ヒッパルコスの頭を完全に抑え切った。

 ルシウスも1台を腰振りでリタイアさせ、1台を突き放し、最後に残った緑車カッシウス(ルシウスの頭抑えのため抜擢された)を交わし、優勝した。

 この頃には、マクシムスは「鉄人」の二つ名で呼ばれ始めていた。勝っても表情変えず、軽いガッツポーズでウィニングランする彼を、古代神話に出てくる神が作った動く鉄人像になぞらえたのだ。


 一方で、年齢を理由に、白獅子ヒッパルコスは引退を表明した。

 今後はエース2人を抱える蒼青の時代が来ると、誰もが考えた。


 だが、そうはならなかった。


 大祭の次の競技会で、大事故が起こった。

 お家芸の腰振りを失敗したルシウスが、逆に吹っ飛ばされた。

 飛んだ車体が他の車体にもあたり、4台が大破したクラッシュだった。

 マクシムスも巻き込まれて放り出され、右脚骨折と肋骨2本にヒビが入った。全治1ヶ月。

 馬も、三日月は無事だったが、狐尾とヘスティアが故障し、処分された。


 ルシウスはさらに不幸だった。

 放り出された時に馬と馬車に踏まれ、もはや誰だかわからない顔で亡くなった。

 蒼炎ルシウスの、あっけない最後だった。

 主力2名を欠いた蒼青はまったく振るわず、真白の後塵を拝する有り様だった。


 足の怪我のため、教会に付随する治療所に1ヶ月入院し、久しぶりに家に帰ったマクシムスは、さらなる衝撃を受ける。


 家からコミトがいなくなっていた。

 テオドラもアナスタシアも、三姉妹揃って持ち物と共に消えていた。


 妙にガランとした部屋に、マクシムスは呆然と立ちすくんだ。






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