第5話

 その日も飯は貰えた。最後の晩餐ってヤツだ。

 病気と判断された俺は、殺される事になったのだ。出荷は免れたが、結果はこの有り様。生き永らえるのが目標だとしたら、最初から詰んでいたのかもしれない。

 非常に残念だ。選択を誤った。どうせなら、育ての親であるニンゲンに食われた方が幾分マシだったのではないかと後悔している。

 会話も出来ず、遊戯も与えられず……誰かの支えとなる為だけの命であるならば、無駄になる程報われない思いはない。

 死を待つばかりとなった俺はそう思う。


 ここ数日は特に、飯が酷く不味く感じられた。

 食欲はあった。動物としての本能だろうか。だけど、以前のようにガツガツと食べる事はなくなった。少し痩せたようにも思える。

 何故自分だけ、そう考えた。答えが出るわけでもないのに、延々と思考を及ばせた。

 もしかしたら他の個体は幸せなのかもしれない。この先に待っているのが絶望だと知りさえしなければ、ハッピーで居られたのだから。

 だけど、俺は違った。それだけだ。


「ごめんね……」


 別れ際、女がさめざめと泣いた。俺の頭を撫でると、スッと立ち上がる。顔を拭った拳が、仄かに濡れる。

 お前は悪くないだろうに。謝る必要などない。

 俺が伝えたかった思いは、伝えられないまま、闇の中へと消えていってしまうんだな。


 やがて、トラックが来た。

 異常のある個体が集められ、荷台へと追いやられていく。俺もそうして、乗り込んだ。他の奴等は何も喋らない。話さない。

 どこか別の場所へと運ばれていく。窓がないから、俺を育ててくれたあのニンゲン達の様子は分からなかった。どんな顔をしているんだろう。

 ああ、願わくば、俺の犠牲が無駄にならん事を。




 かつてその豚が居た部屋には別の豚が入った。生まれ、育てられ、出荷される。輪廻する日常がまた始まった。

 地面に鼻で彫られた『ありがとう』の文字。それを見つけて、女の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちるのだった。

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願わくば、俺の死が無駄にならん事を さっさん @dy-oll

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