第2話

 牛、豚、鳥。普段何気なく口にしている食用肉。

 もし彼らに、ニンゲンと同等の知能があったとしたら?

 そんな想像をした事があるだろうか。

 動物に脳はある。だからきっと、知性はある。屠殺とさつされて、加工されて、スーパーで陳列されている彼らも、生前はきっと何かを思考して、何かを欲して、何かを得ようとする存在だったに違いない。

 このメシはまずいな、とか。

 あのニンゲンは態度が悪いな、とか。

 逆に、優しくされればニンゲンに好感を持っていたかもしれない。


 俺らブタは、麻酔や電気ショックを喰らった後、気付いたらバラバラにされている。

 人間の言葉を借りるならば、喜怒哀楽。そんな四字熟語が当てはまるのだろうか。俺らにも感情はある。

 殺されると知った今、毎日震えながら過ごしているさ。恐怖という感情だ。

 そして、その事実を知ったニンゲンのどれだけが俺に憐れみを抱いてくれるだろうか。


 俺は怖い、死ぬのが。

 死んで何が待っているのか。死んだらどうなるのか。未知に対して恐怖心を抱く。

 何事も為し得られず、無念のまま死んでいくのが怖いわけではない。ブタの俺に野望などないから。

 だけど、現世に若干の未練はある。だから遺書を書くことにしたのだ。


「ほら、飯だぞ」

「ブー」


 いつもと同じ時刻。飯をくれるニンゲンが来た。コイツは……いつも無心で飯をぶち撒けるニンゲンだ。

 遺書を書くためには紙とペンが必要だ。さて、コイツにどうやって伝えたものか。とりあえず話しかけてみる。


「お? 今日は元気がいいなぁ。たくさん食えよ」


 馬鹿野郎。そうじゃねぇ。紙とペンをよこせっつってんだよ。


「おい! 暴れるな!」

「ブー! ブーブブー!」


 男は一歩退くと、不快そうな顔をした。

 何て理解力の乏しい生き物なんだ。怒りを通り越して呆れる。

 平時温厚な俺が暴れているのならば、何がしかを訴えているかけているのでは、という推察に達してもいいのではないか?

 そうやって疑問を抱かず、特別を忘れ、自らを過信し、日常に埋没して死んでいくのだぞ。


「ったく、ブタの考えている事は分からねーな」

「ブー」


 ああ、去ってしまった。失敗だ。

 思うに俺の人生(と呼んでよいかはさておき)は失敗ばかりだ。この世に生を受けて五ヶ月。

 劣悪な環境で育ち、自由を奪われ、嗜好品の一つも貰えない。アイコスとは何か、ビールとは何か。俺の興味は絶えないというのに。

 その一厘たりとも知らずに死んでいく。こんなに悲しい事はない。

 知識欲、好奇心を満たそうとする事すら、俺には敵わない。

 何も大仰なものをねだっているわけではないのに。

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