第1章 厨二病の女王様

 春の風が僕の長い髪の毛を揺らし、桜の舞う季節がやってきた。希望と夢を語っていた中学校3年生の頃が僕は一番幸せだった。勉強は常にトップを駆け走り、たくさんの人が僕に『勉強教えて』と放課後やってくる。部活も完璧で、中学校から続けているバスケを続け、体育館の2階では僕のことをたくさんの生徒や観客が応援してくれる。そんな、憧れの存在になる気満々だった。


 しかし、僕の理想だった学園生活は決して煌びやかなものではなかった。僕の目指したこの竜天学園は、県内屈指の名門校。


 中学校の頃こそ、IWW5のライブチケットやCDを買を買ってもらうために何も考えず、気づいたら学年トップを独占できていたが、偏差値71を誇るこの高校には『天才』と呼ばれる輩がそこら中にいる。『勉強教えて』の夢は遥か彼方、遠い夢と化してしまっていた。


 バスケ部は男子が少ないのにも関わらず、超強豪部で僕には手も足も出せなかった。中学校の頃は足も早く、部活でキャプテンを務め、誰からも尊敬される存在だったが竜天高校のバスケ部で100m13秒はとてつもなく遅い。

 スターティングメンバーは皆、100m10秒台をキープしており、僕には手の届かない天才ばかりだ。


 それに加えてイケメン揃い……。学力の偏差値、運動能力、顔面偏差値も与え、神様は不公平だなと改めて感じた。


 高校に入学してからは、何もない。


 過去の自分に問いたい『なぜ、大きな希望を抱いてしまったのだろうか。なぜ僕はあらゆる才能を兼ね備えた天才ではないのに、竜天学園なんて高校に入学してしまったのか』と。

 

 まぁ、おそらく中学校3年生の僕に聞いても、くだらない回答しか返ってこないのだろうなと思いながら、桜の花道を歩き始めた。



ダダダダダッッッッッッ


「おおおおおーーいい!おいおーーい!」


(朝から喧嘩か……。うるさいな)


「おい、君!」


誰が呼ばれているのかわからないが、近所迷惑だ。早く当事者返事してあげろよと思いながら、僕は美しい桜坂の春風を感じていた。


「あなたよ、桜の季節に合わない顔しよって何を映画のワンシーンを演じておる」

 そう言って誰かが僕の肩を叩いた。


 そこには同じ学校の制服を着た美少女が立っていた。制服は校則通りにしっかりと着こなしているものの、奇抜な金髪と、真っ赤なリボンのカチューシャをつけた彼女は、厨二病感が隠せていなかった。

 おそらく僕の通う学校の女子制服が童話に出てくるアリスのお姫様のようなデザインだからだろうと思いつつ、「痛いな……。」と感じていた。


 しかし、ふと前日に読んだIWW5の運命出会いシチュエーション雑誌の光景が脳内をよぎった。雑誌の写真と同じような出来事が僕の目の前に起きていることを察知した僕は、胸の鼓動が増速した。

 

 このあとのシチュエーションは……。この後のシチュエーションは……。と思って慌てふためいている時に彼女は口を開いた…


「君のことだよ、ブスくん」


「……?」


 ぶ、ブスくん……?

 彼女は他の誰でもなく僕の目をじっくり見ながら笑顔でそう言った。ブスってあの……意味のブスかな?

 かわいい顔で声をかけてきてくれた運命の出会いを果たしたお姫様と思ってしまった僕が間違っていたようだ。


 も、もちろん僕は他人から見たらブスである。だが、なぜゆえに道端で大きな声で見知らぬ学生にブスだと言われなければいけないのか。僕の父と母を巡り合わせ、ブスの子を産んだ神様を憎んだ。


「ねぇ、おブス。あなた、私に買われてみる気はないかしら?」


 彼女は僕を一人称の『君』や『あなた』で呼びはしない。なぜか変わらず僕は『ブス』だ。彼女の目と厨二病精神がとても深刻な状態なのではないかと疑ったが、現実的に考えて、僕は誰が見てもブスだ。彼女の目は正しい。 ただ口が悪く、表現の能力が足りていないお嬢様なのだろうと、強制的に受け入れた。でも……。『買われてみる』とはなんだ……。僕はIWW5の正当応援隊だ。マリリンのために生きると誓った僕がここでペットになって自由を奪われるなんてごめんだ。


「はん?!君何言ってんの。買われてみる?(キラン)ってなんだよ!てか誰だよ」


 同じ学校の生徒であれば、重大な事件や犯罪に巻き込まれることはないのではないかと僕は50%の生存確率に命をかけた。


 生きて帰るか死んで帰るかの2択。後戻りのできない僕は息を呑んだ。


 周りの生徒は僕たちの会話を青ざめた目で見ている。こんな厨二病女に何を恐れているのか。



ガンッ



「あら……。この犬ったら躾がなっていない上に、脳みそも小さいのね」


 彼女は持っていた傘の先をアスファルトに勢いよく叩きつけ、少しかけた傘の先で僕の顎を刺した。グイッと顎をあげて僕をガンつけた。


(おぉ……。まずいぞ。さすがにまずいぞ……。)


 ヤンキー雑誌なんかでよくっみるシーンだがいざ体験してみると、とても怖い。あと1cmもズレれば僕の目は抉り取られていたと思うと背筋が凍るような冷ややかな汗が流れた……。


 あぁ、僕は50%の確率を見事に外して、死んで帰るのだなと悟った。



ガンッ


バキッ



 何かが欠けるエグい音とともに彼女は僕を嘲笑った。


「私の名前は嶺セイカよ。あなた気に入った。私のわんわんになりなさい。」


 僕が目を開けた時、日傘の傘先の先端が二つに割れた状態で僕の足の前に転がっていた。

 たった2発、アスファルトに傘先を叩きつけただけでプラスチックで出来た傘先が真っ二つに割れた。ゴリラかな?と思いつつ、今回は傘先が僕の肩代わりをして先に死んでしまったのだなと思い、傘先を崇拝した。


「ところで、ブスくん。君の名前なんていうのかしら?」


「影丘響です」


 僕の名前を聞いて、同じ団(暴力団)の人に頼んでこれから拷問場にも連れて行かれるのかと思ったが、ここで死ぬより1日でも長くいきよう。1日でもマリリンに貢ごう。と思い、僕は簡単に名前をベラベラとしゃべってしまった。


 まぁ、僕の想像とは裏腹に彼女は僕の本名に興味はなかった様子だ。何かと想像が大外れするなと思いながら、彼女と相性が悪いことは確かなのだな、2度と近づかないでおこうと心に決めた。


「そう。でも響って名前、イケメンが使ってそうで嫌だわっ。でもね、『ブスくん』って呼んでいると私の株が下がるから……。そうね、『犬くん』でどうかしら」


 ブスだからという理由で名前を否定されたことはこれまではなかった。これまでは、ブスと言われて苛立ったことはなかった。そうだよな、『僕もそう思う』で納得できたからだ。

 でも、僕は初めて顔面をバカにされたことに苛立った。いくら「ブス」と言われ慣れている僕でも、名前を侮辱されたことはさすがに許せなかった。


「いいですよ。でも僕たち、元は赤の他人です。偶然であわなければきっともう会うことはない。そして、もう2度と僕の本命を呼ぶのはやめてください」


「『やめてください、ご主人様?』だろ?」


「やめてください、ご主人様っ」


「よろしい、でもね、私『ご主人様』って呼ばれる趣味はないの。」


フフッっと嫌な顔をしてからこう言った。


「『セ・イ・カ・さ・ま』よっ」


僕の権利は良しに彼女は笑顔で僕を睨んだ。

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[ラブコメ]犬わん〜キモオタな僕と厨二病女王様。現実、アイドルのように上手くはいかないようです〜 せらぎ花雄 @Flower1149

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