第2話

走りながら、モモコの話を思い出した。

「ほんと、ざまーみろって感じ。」

想像してみた。

スズカが反省して大人しくなるところを。

そもそもスズカの中に反省、という言葉があるのかは分からないが。

みんなの中で、話に入れず、気まずそうにしているところを。

それはそれで嫌だなあ、と思って。私ってやっぱり優しすぎるのかも、と気づいた。


そしたら、私はどうしたらいいの?

私のこの気持ちはどこに行くのだろう。


セリナは教室の近くに座っている子に

「具合悪いから保健室に行ってくる。先生に伝えといて。」

とだけ言って、理科室から来た道を戻る。


誰もいない廊下を一人で歩く。

さっき走ってきた廊下とは違う場所なんじゃないか、と思うほど静かだ。

チャイムの音が聞こえてきた。ばっかみたい。と思う。


グループのみんなといる時よりも、一人でいるほうがずっと気楽だ。


だけど、セリナにとって一人で移動するのは難しいことだった。

何人かで固まって移動している人たちの中で一人でいるというのは、とんでもなくみじめな気持ちになる。

「私には友達がいません」と言っているようなものだ。


保健室についた。

保健室はセリナにとっての避難場所だった。

普段の学校生活の中で、しんどくなったら保健室に来る。

保健室の先生は「ベッドが今日はいっぱいだから、ソファに座っててね。」といった。

いつものように、ソファに座って本棚を見る。保健体育についての本やいろんな本が並んでいる。セリナは手を伸ばして本を一冊手に取った。

トーベ・ヤンソン作「それからどうなるの」。

この本を読むのは3回目だ。

ムーミンたちが登場する絵本だ。

大胆な色と絵に引き込まれていくようにページを開いた。

ページには穴があいていて、次のページが少しだけ見えるようになっている。

ちょっとだけ次のページが見えるので、次が気になるような仕組みになっている。

ページを開くたびにカラフルな絵が登場して、楽しい。

セリナはワクワクしながらページをめくった。

読み終わったら、次の絵本を手に取る。

そうこうしているうちに授業が終わった。


休憩時間になり、現実に引き戻される。

先生に

「セリナちゃん、そろそろ教室に戻ったら?それとももう一時間休む?体調はどんな感じ?」

と聞かれた。

ドキッとする。

隣でお喋りしていた2人は「あんたたちは元気なんだからもう教室戻りなさい。」と言われて、えー、だるー、と言いつつ、戻っていった。

私もそろそろ戻らなきゃヤバいかな、と思う。あまり休みすぎると授業についていけなくなる。

試験勉強を一緒にする友達はいても、分からないところをじっくり教えてくれるような友達はいない。

だから、一人で頑張らなきゃいけないんだ。

セリナは立ち上がった。「私、戻ります。」


教室に戻ったら、聞き馴染みのある声がきこえてきた。

スズカたちの声だった。

相変わらずみんなスズカの席に集まって喋っている。誰かが面白いことを言ったのか、スズカとサエが机を叩きながら笑っている。

一瞬迷った。

いつものように、「何話してるのー?」と声をかけようか。

だけど、今日は輪の中に入っていくのが煩わしくて、自分の席に戻った。


スズカの席の前を通るとき、サエが「あ、セリナじゃん。大丈夫う?」と大きな声で言った。

心配でたまらない、というような顔をしている。

それに気づいた周りの人たちが口々に「大丈夫う?」と声をかけてくる。

机を見ると、セブンティーンが広げてあった。「夏の水着特集」とかいてあり、ビキニを着た女の子が並んでいる。


セリナは微笑んで、「大丈夫だよ。」と答えた。

サエはさっきと同じ心配そうな顔のまま、「良かったあー。」と言った。

席に戻ってからスズカたちを見ると、さっきと同じようにお喋りが始まっていて、もう誰もセリナのほうは見なかった。

「ねえ、私のこと、本当に心配してた?」

ききたかったが、どんな答えが返ってくるのかこわくて聞けない。


「サエ、ビキニ着るの?大人っぽーい」

「みんなで着よー。チハルとか絶対似合うっしょ。」

「待って。アヤがビキニとか爆笑なんだけど。」

「良いだろー、着させろよー。」

「着るのは自由だけどね??」

耳に入ってくる雑音をかき消すようにノートを開いた。

さっき読んだ絵本のことを思いだす。図書館に行かなきゃ、と思う。図書館にはきっとムーミンの絵本がたくさんあるはずだ。ムーミンじゃなくても、面白い本が他にもあるだろう。全部読みたい。

私は、あんなやつらに構ってる暇はないんだ。読みたい本がたくさんあるんだから。セブンティーンはこわい、だから読みたくない。

保健室にあったムーミンの本は優しかった。


サエがセリナに対してそっけない態度を取り始めたのはこの頃だった。

セリナのことをあからさまにバカにした態度を取るのだ。セリナが言ったことに対してフッと鼻でバカにしたように笑う。「それは違うんじゃない?」と否定する。気分やのスズカですら驚いて、「ちょっと、サエきついって」と言ってなだめることもある。「ほんとムカつく!」と吐き捨てるように言って睨みつけてくる時もある。


セリナはサエがなぜこんなに怒っているのかは分からなかった。

ただ、サエは負けたくなくて必死なんだろうなあ、ということだけだった。


セリナは知っている。

スズカが居ない時にサエがスズカのことをバカにしていることを。

「最近、スズカ、ツインテールにしてるじゃん?あれ、ハルちゃんの真似してるよね。絶対。ウケんだけど。」

ハルちゃんというのは雑誌に載っていたモデルだ。

サエはスズカの悪口を言うと、勝ち誇ったように笑った。

聞いているみんなは苦笑いはしても、否定はしない。


セリナは家に帰ってから、悔しくなってくる。ぐるぐる同じことばかり考えてしまう。頭の中では怒りや悔しさがどんどん大きくなってどうしようもできなかった。

部屋に座って一人で拳を握りしめている。


この私の気持ちはどうしたら良いんだろう。

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