アナザー10 戦闘訓練

 カロスの援護を受けながら少しずつ戦い方を覚えていく。

 怖いのは変わらないけど、ちょっとは戦えるようになってきたかな。そんな風に思っているとまたさっきの狼種との戦闘になった。今度は一緒に戦う。


「無駄です。風刃フォンリェンッ!」

「やっぱスゲー。全然見てないのに」


 完全に敵が視界に入る前に反応している。

 振り向いた瞬間には技を放っていた。見た感じさっきと同じ風の刃を飛ばす奴だ。


「ぼさっと見てないで手を動かして」

「あ、ごめん」

「それといい加減力を使ったらどうです?」

「えと、ソレ無理」

「即答ですか。どんな力でも応用くらいできるでしょう」

「いや、ムリムリ。応用まで頭が回らないよ」


 第一に能力自体ろくに使ってこなかったんだ。

 応用以前に基本すら危ういのに、単体じゃほぼ無力だと自負している能力でどうしろと言うのか。ましてこの状況でそう都合よく……。

 そう卑屈の虫が鳴き始めた頃、あっと思いついた。一瞬傍にいるカロスに目をやる。上手くやれるかはわからない。けど適当なモノに触れて力を得るよりは扱いやすいかもしれない。


(それに能力も大体想像がつくし、風系なら応用も……)

「グルルァッ」

「うわっ、こいつ卑怯だぞ」


 考えている最中に鋭い爪の一撃が喉元に迫った。

 咄嗟に躱すが、大きく体勢を崩し後退る。下がった背後にも敵が迫っていた。振り向く余裕もなく脅威を背に感じ取り身が強張る。しかし痛みは訪れなかった。

 聞こえて来た息遣いと固いモノ同士が弾かれる音。不思議なほどの安心感があった。


「まったく。まだそんな甘いこと考えてるんですか」

「仕方ないだろ。つい口をついて出ちゃったんだって」


 呆れた様子を見せるカロス。だが、すぐに彼の指摘で敵の接近に気づく。

 今度はなんとか棍棒を振り払い防衛に成功した。でも気を抜いちゃダメだ。傍らの少年と違って結紘は戦い慣れしていない。次を意識しながら周囲を見回す。

 最初は5、6体いたうちの半数近くが既に片づけられていた。結紘がたった1体に意識を集中している間、ともに戦う少年は頼もしい限りの戦果を挙げている。実力差って怖いな。経験も込みで。


(でも今は試してみるか)


 残る敵は僅か。敢えて残しているのかな。上手くやるもんだ。


「ねえ、ちょっと触らせてくれない?」

「はぁ? いきなり何をっ」

「さっき能力を使って見ろって言ったじゃないか!」

「わかりましたよ。さっさとやってください」


 すっと背を合わせてくる少年。背中合わせの状態で敵を睨む。

 あまり長くは待てない。彼はそう言っているようだった。長柄の武器を扱うカロスにとっては、ピタリと背をくっつけたこの体勢は隙が大きいのだろう。

 確かに棍棒も構え辛い。それに戦闘中で敵味方どちらの身体を触るのもリスクがある。やっぱり便利でも戦いに向かないのかもしれない。だけど――!!


「…………っ」

「まだですか!」

「もうちょっとっ」


 懸命に集中力を高めながら答える。

 カロスも、文句を言いつつ風で敵の動きを妨げていた。瞼を閉じているから見えないけど、やり辛そうにしているのかも。背中に感じる感触が彼の緊張を告げている。

 内に宿る力、相手に宿る力を感じ寄り添う。少しずつ、少しずつ……。


「こ、コレでどうだ!」

「ウッ!?」


 夕日色に輝く瞳。呼応し、体内に溢れた力を一気に解き放つ。

 イメージは風だ。前方にまっすぐ、早く飛んで行く様を思い浮かべて。

 けれど発現したモノは結紘の想像とは違っていた。攻撃と言うには弱々しく、風と呼ぶには不確かで透明な渦みたい。なぜか空間が歪んで見える。刃のようなモノを想像した筈なのに……。

 おまけに放った攻撃は外れた。まあ、命中しても効果があったかは怪しいけど。


「アレ?」

「……今の何ですか」

「さ、さあ。自分でも全然わかんない」

「はぁ……まったく」


 そう言ってカロスが足止めしていた残党を倒す。

 結局大した活躍はできなかった。これほどまで実戦で役に立たないとは――。


「なんか、ごめん……」

「別にいいですよ。課題があるのがわかりましたから」


 素っ気なく答えながらカロスはふと目を伏せた。

 そして数秒の間をおき、ボソッと控えめな声音で言う。


「さすがに無茶でした。すみません」

「カロスッ」


 初めて歩み寄ってくれた気がしてパッと表情を明るめる。

 そんな顔を尻目に認め、少年は仏頂面で反発するように言い放った。


「勘違いしないでください。別に貴方のことを認めた訳じゃないですから」

「でも嬉しいよ」

「なっ、つくづく変な人ですね。言っときますが、素人でもやしなのは変わりませんよ」

「あっははは……うん」


 苦笑いしか浮かばない結紘。

 まったく笑い事ではないと顔をしかめるカロス。

 周囲への注意も忘れず再び歩き出す2人。しばらく歩き続けたが、日が暮れて来たので野営地と定めた場所まで戻ることにした。



     ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘



 野営地に戻ってくると、既に食事の支度がされておりいい匂いが漂う。

 鍋をかき混ぜるルーチェや雑用を行うラオムの姿がある。結紘達の帰還を察知した2人が各々に反応を示した。


「おっ、戻って来たな」


 ――と、凛々しい立ち姿で軽く手を振るルーチェ。


「おかえり」


 そうラオムが抑揚のない声音と表情で出迎える。

 感情があまり籠ってなさそうな彼女の出迎えに、ちょっと寂しいなと思ってしまった。まだ慣れてない所為だと思う。

 多分これが平常運転なんだ。気落ちする所じゃないぞ、と自分に言い聞かせる。


「ただいま」

「只今戻りました」


 気を取り直して笑みを浮かべる結紘と、報告でもするように返答するカロス。

 隣をスタスタと歩いていく少年を横目に見つつラオムの傍へ行く。何か手伝うことはないかと気がつけば言っていた。

 尋ねられた当人は首を傾げている。数秒を置いてからふとリーダーのほうへ視線をやった。


「少年、手が空いてるなら食器を並べてくれ」

「はい。わかりました」


 言われて歩み寄り、スープの入った器をテーブルに並べていく。

 カロスやラオムの手でパンの入った籠や茶の入ったコップが置かれる。野営食にしては豪勢だとか、食べ物は割と変わらないんだなとか思った。


(まあ、野宿でコレが普通かもわかんないんだけど……)


 今までやってこなかったし、特別興味もなかったから知識もない。

 正直こんなモノなのかどうかさえわからないのが現状だった。星神種アステリアスの食文化だって知らないのだ。でも、ちょっとだけ安心もする。


「よかったよ。食べ物は普通で」

「ナニぶつぶつ言ってんですか?」

「ああ、なんでもない。こっちの話」


 皆、各々で席に着き食卓を囲んで食べ始めた。

 結紘も彼らに倣って匙を手に取る。シチューに似た感じのスープ。表面がサクッとしていそうなパン。一番正体不明だったのは飲料だ。これは何の茶だろう。でも変な匂いも色もしていない。

 慎重に口へ運んだが味は普通だった。まあ、そうだろうなと内心ほっとする。


「それで今日の成果のほどはどうだった?」

「期待通りですよ。並みの素人以下ですぐへばる。能力に至ってはまるで話になりません」

「は、ははっ……そこまで言うか」

「事実を言ったまでです」

「ふふ、そうか。まあ最初は仕方ないさ」


 やられっぱなしの結紘と口をへの字に曲げるカロス。

 2人を見てルーチェは予想通りの報告だと笑みを零す。その傍らではディオサが、カリカリと小気味よい音を立てながら種や木の実をかじっている。

 小動物が食事する姿は見ていて心が和む。結紘は気まずくなって反らした視線の先に彼女を捉え微笑んでいた。木の実をかじった後に手を舐めているのもまた可愛い。


『なぁに?』


 じっと見つめていたのに気づいたらしい。首を傾げて聞く。


「ごめん。なんか可愛くてつい……」

『うふふ。ありがとう』


 嬉しそうな声音で返答し彼女はまた種に手を伸ばす。

 しかし今度は様子が違い、みるみるとほっぺが膨れていく。目にも止まらぬくらい鮮やかに種の殻をむくのも見事だ。なおもじっと見つめているとディオサは恥ずかしそうな声を漏らした。


『気にしないで。野性の頃の癖が抜けないの』

「あ、すみません」


 慌てて視線を外す。心の中で「癖というより習性なんじゃ」とか思ったりもした。

 ディオサはいっぱいに膨れた頬のままテントまで走って行く。どうやら寝床として使っている籠に向かったらしい。ルーチェが暖かい視線で見守りながら教えてくれた。

 そんなこんなで食事の時間は過ぎていく。とても平穏だ。モンスターが徘徊する森の中とは思えないくらいに……。


「少年、さすがに今日は疲れただろう。早々に休め」

「はい。そうさせて貰います」

「まあ、体力のない現状じゃどうしようもないですしね」

「一言多いなぁ」

「言われたくなければ実力をつけることです」

「は~い」


 説教じみた言葉を投げかけられ肩が下がる。気の抜けた返事を返すと彼はまた口を尖らせた。機嫌が悪いのかなと下手に突くのはやめておく。

 確かに翌日へ疲れを持ち越すのは嫌だな。そう思い、素直に従ってその日は早めに就寝する。



 翌朝から数日、特に変わらない戦闘訓練が続く。

 まずは基礎体力をつけろと素振りや筋トレもした。指南役はもちろんカロスだ。とにかく、ずっと仏頂面で機嫌が悪そうにしている。だけど指導は意外と丁寧だと感じた。

 何度経験してもモンスターに遭遇すると肝が冷える。この感覚は一生ものだと思う。


 身体も少しずつ慣れ、ある程度動けるようになった頃。

 朝、起き抜けにルーチェから呼び出された。いったい何だろう。自然と緊張感が溢れ、彼女の前まで行き言葉を待つ。


「そろそろ能力鍛錬もやろう。場所を変えるぞ」

「え、あっはい!」


 すぐに準備を始めて野営地点を移す。

 森を少し進み、川沿いを上って滝のある池まで来た。

 周囲を緑に囲まれた滝の池。周囲には苔むした岩が幾つも転がっている。木の葉の合間からは光が差し込んでいた。水面をキラキラと輝かせて美しい。


「ここでやるんですか?」

「ああ。いろいろなモノに触れられるだろう」

「あ、確かに」


 パッと見ただけでも水に岩、植物、光と素材となり得るモノが豊富だ。結紘の能力を考慮してこの場所を選んだのが伺えた。

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