アナザー09 初陣

 強制的にカロスと組まされた結紘きづなは二人一組で森の中を歩く。

 残念ながらルーチェとラオムはこの場にいない。彼女達は今日の野営地でいろいろと準備していた。


 組まされた時は本当に不安で溜まらなかったが、唯一救いともいえることがある。それは怪我の治療のためにディオサが同行を申し出てくれたことだ。そしてルーチェもそれを許可した。

 戦闘には一切参加しないが、今の状況ではいてくれるだけで天の救いだ。まさに女神的な存在と言える。これには感謝しかない。


「本当、ディオサさんが一緒で心強いです」

『ふふふぅ~。とっても嬉しいけど、ワタシ戦えないから』


 治癒の能力はあっても戦えないからいつも隠れている。

 当然戦闘の助けはできないから頼られても応えられない。だから戦闘では足手まといにならないよう気をつけるわね、と彼女は言った。

 そうは言っても、カロスと二人きりになるのは辛かったから嬉しいのは変わらない。前を歩くカロスの肩に乗り、こちらを向いて話す彼女の姿に癒される。


「勝手に和むのは構いませんが、来ましたよ」

「えっ!?」


 ガサガサという枝葉を揺らす音。前方右側の茂みが揺れていた。

 素早く陣形を組むカロスとディオサ。下がって隣に並び立つ少年と木の上に避難するリス。各自で戦闘態勢をとり様子を伺った。

 現れたのは先程遭遇したのと同じネズミ型のモンスターだ。数は2体。こちらを視認して敵を向けてくるモンスター達と対峙する。


「ムキューッ」

「で、出た! よし、こんどこそ」

「面倒ですが援護だけはしてあげます」

「ありがとう。よろしく頼むよ」

「礼を言う前にちゃんとやってください」


 また逃げたらしばくぞ、と言外に告げてくる。

 彼からは本当にやりかねない空気を醸し出していた。本当に、死ぬ気で頑張らねば。チュートリアルバトルの開始だ。


「いいですか。棍棒は振り下ろす、薙ぎ払う、突くの3つが攻撃の主な動きになります」

「う、うん」

「基本は間合いの長さを生かし敵を牽制しながら戦います」

「はい」

「ムキューッ」

「うわっ」


 互いに睨み合いを続けながら解説を聞いていた。

 けれど痺れを切らしたモンスターが攻撃を仕掛けてくる。突進してくる小さな生物に対し、咄嗟に反応できなかった結紘は声を上げ体勢を崩してしまう。

 ほんの僅かな仰け反りだったが戦闘では決定的な隙だ。うっかり構えも崩してしまい、敵はもう目前。若干肩に棍棒の片側が触れ抱えるような持ち方になっていた。

 もし平常心だったら、怯えた女子が棒をテキトーに構えたようで恥ずかしかっただろう。


「慌てるな! 足もう半歩開き、全身を使って棒を前に振り下ろせ」

「え、えっ。はいっ」


 急に怒号のような声で指示され、思わず目をつぶって言われた通りスイングする。

 正直に言うとうまくできていたかはわからない。ただ死にたくない一心で棒を振った。手に何かが当たった感触がする。

 恐る恐る目を開ければ、突進してきた1体がすぐそこに倒れていた。足や尾をピクピクと動かしている。どうにか防げたことに安堵するが――。


「安心するのはまだですよ。そのまま先端で脳天を突きなさい」

「え、ええっ!?」

「何を驚いてるんです。ホント腑抜けですね」


 さっさとやれ、という圧が凄い。

 確かに迷っている場合じゃない。急がないと敵が起きてしまう。

 けれど、いざ本番という時につい躊躇ってしまう結紘だった。相手がいつ起きるのか、という精神状態で「やらなければ」と自身に言い聞かせる。だが、なかなか行動に移せない。


「ムキュッ」

「ひぃっ!」


 むくりと起き上がった身体に驚き、無意識に棍棒を斜め下へ突き落す。

 力加減もまったくしていない。固い感触が伝わり、先端についていた金具のおかげもあってとどめを刺すことができる。覚悟も何もあったものじゃない。

 もう一体は突進と同時に風で吹き飛ばされ、強く木に身体を打ちつけ気絶していた。ようやく気絶から回復し起き上がる。怒りを露わにした奴はまたまっすぐ向かってきた。


「来た。めっちゃ怒ってるよ」

「情けない人ですね。いい加減腹をくくってください」

「無茶言うなよ! あんなスピードで向かって来てるんだぞ!」


 震える身体で武器を構えながら言い張る。

 本当に早い。獣なのだから当然だが、小さな身体を裏切らない俊足だ。こんなに早ければ攻撃を当てるのが難しいと思う。達人なら当てるんだろうけど……。


(いやいや、しょっぱなから難易度が高すぎるって)


 こっちは訓練中の身だぞ、と嘆きたくなる素早さだ。

 その時だった。ふわっと頬を撫でるような風が巻き起こる。髪を僅かに巻き上げるその風は、徐々に強さを増し敵へと向かっていく。

 相手の身体をからめとるが如く意思を持ったような動き。実際に見える訳じゃないけど、風の抵抗で動きが鈍くなっているのは確かだった。


「う、おお……さすが風使い」

「感心するのは結構ですが、そんな余裕があるならさっさと倒しなさい」

「驚いちゃダメなのかよ。……っ!」


 言われて気持ちを切り替え武器を構える。

 よく狙いを定めて、今度こそ覚悟を決め、一気に突きを放つ。


「ムギュッ」


 変な鳴き声を上げて敵は昏倒した。

 そのまま慎重に近づき、若干躊躇いつつとどめを刺す。

 手に伝わる生々しい感触に顔をしかめる。嫌な感覚だ。こんなのいつか慣れる日が来るのだろうか。今回はモンスターだったけど、ゆくゆくは人とも……。


(慣れたくはないな)


 結紘は素直にそう思った。普通にできるようになっても慣れたり、クセになったりはしたくない。そうはなりたくないなと切に願う。

 苦い思いを抱えた生き残り。これが彼の実質的な初戦闘と初勝利であった。



     ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘



 初勝利の後も時間が許す限り探索を続けた。

 むろん戦後の処理も忘れてない。詳しくは今は省く……というより、今の結紘には見ていてもよくわからないかったのだ。正直何をやっているのだろうと思うぐらい。いや、結果はわかるんだけど。

 そして悔しいことに、組んでみてカロスが一番安心と言われた意味がわかった気がする。


「――ッ」


 ウサギの姿をしたモンスターが飛びかかってきた。

 ウサギって大人しいものだと思っていた結紘はまたもや驚いてしまう。

 緊張と同様で強張ってしまう身体。まったく思うようには動けない。武器を構えて待ち構えているしかできなくて、ようやく動けたと思ったら空振り。

 敵に背後をとられ、背に衝撃を感じてつんのめる。痛みに気持ちが負けそうになるのを、なんとか堪えて立ち上がり振り向く。


「キュッ」

「うわっ!?」


 すぐそこにモンスターの姿があった。飛び蹴りする気だ。

 咄嗟に棍棒を上に構えたが防げる気がしない。防御はどうやるんだっけ。いや、習ってないよな。本当にどうやるんだ。頭の中が大混乱していた。

 そんな結紘の様子を見通してか、カロスが風を操り攻撃体勢の敵を弾き飛ばす。


「あ、ありがとう」

「礼は結構。冷静さを失った戦士は見苦しいですからね」


 見るに堪えなかったと言いたいのか。でも結果として助けてくれたのは確かだった。

 攻撃の邪魔をされたにも関わらず、敵はカロスへ向かって行かない。本能的に相手の強さを感じ取っているらしく完全にこちらを狙い撃ちしてくる。知能の有無は知らないが怖い奴らだ。

 ネズミ型の奴よりは動きを捉えやすいけど、やっぱり素早いのに変わりはなかった。なかなか攻撃を命中させられない。


「えいっ、たあっ、とうっ」

「――っ」

「せいっ……全然当たらない」


 全力で振っているのに一撃も当たっていなかった。

 逆にこっちが体力を消耗し、早くも息切れまで起こしている。カロスは援護してくれるが自分から攻撃する気は……いや、当てる気はないらしい。

 しばし結紘の動きを観察している風でもあった。けど、ついに動き出す。


 自分で決めた手前、諦める訳にもいかず棍棒を振り続けた。

 そんな彼の動きを探りながらカロスが風を操る。あまり回りが見えているとも思えない初心者の動き。でたらめに振り回すソコに風の刃を飛ばして追い込む。ただ静かに、冷静に風を飛ばす。

 敵が風の刃を避けていった先で棍棒に叩き飛ばされる。動きがとまった瞬間にとどめ。


「はぁ、はぁ……やっと当たった」

「よかったですね」

「ソレ、誉めてるよね? 呆れてないよね?」

「さあ」


 素っ気なく言われ、つい問いかけてしまう結紘。

 しかしカロスはどちらとも言えない答えを返した。どっちでもいいのかもしれない。

 体力回復のために休憩を挟み、また彼らは歩き出す。まだ日が沈むには時間があり過ぎる。考えてみたら弱いと言っても種類はそれなりにいて、森区画だけでも3、4種類はいた。


 一番苦労したのは狼っぽい見た目のモンスター。

 身体も他より大きくて動きも普通に早い。おまけにタフだ。持久戦が得意な種類だから当然、とカロスは言っていた。


「ウゥゥ――ッ」


 低い唸り声を上げ、突進してくる狼。しかも前と横から計3体。

 つい先程まで相手をしていたネズミやウサギとは核が違う。未だ震えているが動きはだいぶ良くなった結紘。だが、初陣して間もない彼だけで相手をするには荷が重いかもしれない。

 2方向から攻め込まれ、動揺を隠せない様子の結紘の隣に少年が並び立つ。


「今回はボクも攻撃に参加してあげます」

「おぉ、カロスゥ~」


 情けない声を出す彼に内心でカロスは呆れた。

 それでもすぐ気を引き締めて静かな殺気を瞳に宿す。攻撃の意を放ち始めた華奢な身の少年に本能的な警戒を向けるモンスター達。奴らは突撃を止め、一歩身を引く。

 薙刀を構え敵と対峙する彼の闘気は凄まじかった。その意思に従うようかの如く風が周囲を渦巻く。見えないが気配でわかる。風が急速に研ぎ澄まされて行くのを――。


「ウゥゥ――ッ」

「あまり手本にはならないでしょうが見せてあげます!」


 よく見ていろ、と言わんばかりのセリフだった。

 隙のない構えと踏み込みで一瞬にして距離を詰める。反撃してくる敵の牙を難なく受け流し、側面に回り込んで一刀両断。直後、背後を反対側の先端で突き飛ばす。

 クルッと武器を回して持ち替え、その動作を利用して一薙ぎ。刃より放たれた風の刃が鋭く敵を切り裂いた。


 ほぼ同時に逆方面から迫っていた3体目。奴へは瞬時に姿勢を引くしつつ足払い。その後、身を反転させ下へ滑り込ませた柄部分で腹側からたたき上げる。そして突き刺す。

 すべて敵が横を通過する僅かな間にやってのけた。返り血は風で防いでいるようだ。結紘なら苦戦しただろう相手を、あっという間に殲滅してしまう。


「がぁぁ……」


 あんぐりと開いた口が塞がらなかった。

 やっぱり強い、恐ろし過ぎる戦闘力だと思う。もうチートだろコレ。

 風を操り遠近どちらにも対応でき攻撃能力も高い。攻防の流れがスムーズで、演武でも見ているような武器と体捌き。体術も少しは組み込んでいるのかな。足払いを入れるのも乱れがなかったように思う。


 素人目でみて隙らしい隙が見えなかった。それとも素人だからこそか?

 とにかく普通の少年でないのは嫌というほどわかる。まあ、普通の人間じゃないのはわかっているんだけど……。

 星神種アステリアスって皆このレベルなんだろうか。そう感じ、改めて恐ろしいと感じた。

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