キャラエピソード

キャラ1‐1 【虹雛】彼女の動機

 それはある日の事だ。

 時間を見つけて休養をとっていた時、行きがかりに虹雛と遭遇した。


「虹雛はどうしてArzeに入ったんだ?」

「どうしたのよ、急に」

「いや、女の子が戦いに身を置いてるなんて気になるっていうか」


 ぎこちなく口にした言葉に彼女は苦笑いを浮かべる。複雑な思いで結紘を見て沈黙を返す。しばしそのまま見つめ合い、視線を反らした虹雛が言葉を零した。


「……あまり、いい話じゃないわよ」


 酷く思い声音。あまりの重さに緊張を隠せない。

 何を教えてくれるのだろう、と心臓が早鐘を打っている。悪いことをしているような心地もしてきて落ち着かなかった。今更ながらに「聞かないほうがよかったかも」と後悔してしまう。本当に自分ってつくづくバカだなと心中で揶揄する。

 そんな結紘のことなど知らず、彼女は思い声音のまま話し始めた。



     ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘

 


 六年前、当時はまだ10歳だった頃。

 家出をして行き場のなかった虹雛いりすは、廃屋の建ち並ぶ地区に拠点を構えるグループに属していた。一言で言ってしまえば不良の吹き溜まり。

 世の中に居場所のない、生き辛さを感じている者どもが集まる場所である。広い都市では決して珍しい光景ではない。ちょっと人気のない路地に入れば彼らはいる。


 比較的に小心者の彼らは、ちょっとした悪戯をするだけで犯罪行為に耽る連中ではなかった。適当に集まってくっちゃべる程度の集まり。

 手にしている物も、ごく普通のソフトドリンクや菓子類である。

 素行が悪そうに見えるのは服装と、未成年が出歩くような時間帯外でたむろしている所為だろう。


 虹雛は彼らのリーダー的立場の青年のもとに身を寄せていた。彼は一人暮らしをしているからだ。性格も意外と面倒見がよくて気が合う。

 その日も、青年といつもの場所に向かった。


「お疲れ様です。ボス」

「おう」

「イリスも元気か?」

「うん」


 青年に次々と声がかかる。自分にも笑みを浮かべて挨拶をした男。青年よりも少し年下で中学生だ。虹雛は少し遠慮がちに返事をした。

 何気ない言葉だが、くすぐったくて思わず目を細めてしまう。


「うおっ、怖。隣町の連中がやられたってよ」

「例の都市伝説にか?」

「ああ。マジでヤベーよな」

(何の話だろう……)


 小耳に聞こえてくる会話。聞き取れる内容からよくないモノなのがわかる。

 彼らはスマホを手に鳥肌を立てていた。何か聞きの悪いコメントでも上がっているのだろうか。ここからじゃよく見えない。

 虹雛は今も尚話し続ける少年達の背中に目をやった。


 都市伝説。最近特に流行っている噂だ。

 公式に示されていないソレは各地で起こっていた。人気のない場所に現れるという謎の集団。

 目的も定かでなく、ただ奴らと遭遇した者は死か攫われるかの二択を迫られる。ただし、当事者達が本当に選択しているかは知られていなかった。


 誰も生きて帰ってこないから情報が少ない。

 どうやっても噂や都市伝説の域を出ず、残された現場の惨状は酷いモノだという。怪奇とする話も上がっており警察や然るべき団体の手すらすり抜ける。そんな恐ろしいモノが世間を蔓延っているのだ。

 ただ人というモノは、そういった恐怖を面白がる傾向が少なからずあり……。


「お、見ろよ。こいつまた言ってるぜ」

「例の予言って奴だろ。でもこれデマだよな」

「要するに、願望ってヤツ?」

「はははっ、それそれ」


 何がおかしいのか、少年達は笑っている。小さな少女にはそれが不思議でならなかった。

 なぜ、笑えるの? 全然わかんない。思い浮かぶ感情はそればかりだ。

 そんな時だった。あの惨劇が起きたのは――。


「た、大変だぁ!!」


 向こうから一人の青年が走ってくる。高校生くらいだ。

 彼は息で乱れた声で何事かを叫んでいた。あまりにも突飛な内容で頭が理解しない。ちゃんと聞こえている筈なのに全然入ってこなかった。

 気持ちが追いつくよりも早く、虹雛は手を引かれて近くの公衆トイレに連れていかれる。


「あ、あの。ここ……」

(女子トイレ)


 唇が震えて言うことを聞いてくれない。

 しかし彼は無言で中に入って行き、開いていた個室に少女を放り込んだ。幸いにもトイレ内は空いていて人に見られる心配はなかったけど……。


 便座の傍に手をつき振り返る。ちょうど扉が閉まる頃だった。扉越しに鍵をかけろと命令される。反論しようとするが聞き入れて貰えなかった。まごついていると強く「閉めろ」と言われてしまう。

 唐突の怒号に肩を震わせた。大人しく従う他なかった。


 絶対に出るなと言い残して足音が去っていく。

 虹雛は蓋のしまった便座の上に座り、膝を抱えて時間が過ぎるのを待った。迎えが来るのをただひたすらに。

 公衆トイレの中は灯りがあっても少し暗い。でも内装は綺麗なほうだった。


 しばらくして外から悲鳴が聞こえてくる。変な感じの銃声も聞こえた。

 慌ただしい音の連鎖に耳を塞ぎたくなる。何が起きているのだろう。確かめたいけど怖くて震えることしかできない。絶対に出るな、とも言われているから出るべきではない筈だ。

 悲鳴が聞こえる場所に出ていけば、どうなるかくらい子供でもわかる。虹雛は震える身体をおさえてたた耐えるしかなかった。



「…………」


 数時間が経った気がする。涙に濡れた顔はべたついていて、恐怖に震え続けた身体はすっかり冷え切っていた。外の喧騒は静まり返っている。


「……静かに、なった?」


 消え入るような掠れ声で呟く。さすがにもう出ても大丈夫だろうか。

 でも、身体は怯えきっていて咄嗟には動けない。まだここで隠れていたほうがいいんじゃないのか。そう自分に問いかける声があった。

 公衆トイレには人気がない。誰かが入って来た様子も、出ていく気配もしなかったからだ。


 いつまでも動けないでいると、やがてパトカーのサイレンが聞こえてくる。凄く近い音だ。続いてすぐ近くに車が停車する音と大勢の足音。野次馬らしい人々のざわめきまで漏れ聞こえてくる。

 そこまで聞こえて、ようやく彼女の足は動き出した。まだ膝は笑っているが何とか歩ける。少しばかり鍵開けに手間取って外へ出た。


 ふらついた足取りで元いた場所まで歩いていく。

 大勢の人だかり、警察の姿、雑多な声の数々。現場は騒然の一言だった。


「……みんなは」


 弱弱しい身体の使い方で人垣を振り分けて進む。

 何度も押し返され、ようやく最前列に辿り着くとそこに広がっていたのは――。


「いやあぁぁぁぁぁっ!」

「ほらほら皆さん下がって。お静かにっ」

「ここは立ち入り禁止です。他へ行ってください」


 見るに堪えない惨状を目の当たりにした。見知った人々の死体と血だまり。殺人現場なんて見るのは初めてで、もしもあの場に残っていたらと思うとぞっとする。

 警官達が野次馬を散らしている。確かにこの人だかりでは捜査の邪魔だろう。


「君、こんな時間に何してるの?」


 一人で青ざめている虹雛に女性警官が声をかけた。目線を合わせて事情を聞いてくる。

 その後、警官に事情聴取されて呼び出された両親と家に帰った。後で報道されたニュースで数人の行方不明者が出ていると判明。他は皆死亡が確認されたという。

 家に生還してしばらく、今まで通りとは少し違った忙しい日々を送ることとなる。



 数年後、彼女はArzeの試験に挑むことになるのだった。

 試験会場の前で拳を握り、気合いを漲らせている虹雛。もうあんな思いをしないために。自分によくしてくれた人に報いるために戦うための力を手に入れるのだ。

 あの時から誓った。もう隠れているだけのアタシじゃない。やってやるのだ、と。


「大丈夫、アタシには才能があるわ。絶対機動部隊に入って見せる!」


 ここまでできることはやってきたつもりだ。身体を鍛えたり、勉強したり、本当に様々なことを。

 特別な武器には天性の才能みたいなものが必要だと聞いたが、自分は絶対に大丈夫だと言い聞かせた。こればかりは願いしかない。

 アタシならできる、と心に強く思い浮かべて会場へ一歩を踏み出して行った。



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「まぁ、そんな感じ。決めたの、絶対に奴らを許さないって」


 話し終え、ふぅとひと息を零す。

 彼女の様子は比較的に普段通りっぽかったが、やっぱり少し重い空気が流れている。話してくれた内容を考えれば当然か。

 結果的に過去の辛い話を思い出させてしまった。だから、これを言っておかないと。


「ごめん」

「何よ、唐突に」

「辛いことを思い出させた。とにかく……ごめん」


 虹雛がさっきとは打って変わってため息を零した。呆れているような感じだ。

 なぜそんな反応をされるのか、ちょっとよくわからない。もっと言い返されるものと思っていた。本当に予想外の反応だ。思わず首をかしげる。

 顔に出ていたのか、彼女がこちらに向き直って少し剥れた表情をした。


「謝んないで。アタシが勝手に話したことよ」

「けど、聞いたのは俺……」

「くどい! 貴方これ以上アタシをイラつかせる気?」

「そ、そんなんじゃないよっ」


 唐突に始まった問答に場の空気が緩む。さっきまでシリアス全開だったのに凄い変わりようだ。

 でも、まあずっと暗いよりはいいか。そう思うことにする。


「と・に・か・く。そういう訳だから、貴方もちゃんと手伝いなさいよね」

「なんでそうなるんだよ!」

「そんなの、アタシが貴方を見つけたからでしょ。監督よ、監督」

「全然理由になってないっ」

「もう。細かいこと気にしない! 男でしょうが」

「性別も関係ないだろ!」


 なんだかちょっぴりズレた会話を繰り広げる二人。互いにどつき合うかのような言葉のやりとりに、通りすがる同業者がクスクスと笑っている。

 結紘は恥ずかしい思いを感じつつ、少しだけ距離が縮んだ気がして笑顔になっていた。本当に少しだけ虹雛と仲良くなれたようだ。

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