キャラ2‐1 【ラオム】彼女の転機

 それは六年前、エマ・ラスティンはとある組織に属していた。当時はまだ10歳。

 組織はいわゆるレジスタンス的な思想の集まりで、廃屋を利用した拠点で人知れず活動していたのだ。 

 彼らが住む町は日々モンスターの襲来に怯え、対抗する機関もなく、危険地であるがゆえに外部から人も滅多に来ない。


 結果として町は荒廃。商業をするにも、農作をするにも厳しい環境下にあった。どんなに整備してもモンスターによって破壊されてしまうからである。

 エマもまた、貧困に喘ぐ人々の一人だった。組織に属するまでは……。


「繕い、終わりました!」

「エマ。こっちもお願いできるか?」

「はい。任せて」


 ありとあらゆる雑用をこなすエマ。いつも気丈で明るい笑顔に皆がほっこりと微笑み返す。

 まだまだ幼さの残る少女は、アジト内を忙しなく走り回っている。粗末だがしっかりとしたワンピースの裾がひらひらと揺らめく。髪も今ほど長くはなく、綺麗な金髪で少し汚れている。

 これでもちゃんと手入れはしているほうだ。しかし、日常的に襲われる環境がそうは感じさせなかった。


 決して裕福とは言えない生活。

 それでも組織にいる限りは比較的安全に暮らすことができる。しっかりと役割をこなせば食事を貰え、雨風の凌げる家屋の中で眠ることができた。

 当時の少女にとっては限りなく恵まれた空間だったのだ。


「なぁ、例の話知ってるかい?」

「ああ、知ってる。例の都市伝説だろ」

「都市伝説って?」

「ん? エマも気になるのか」

「うん」


 荷物を抱えて歩くエマは、聞こえてきた話に興味を示す。近くに荷物の入った籠を置いて耳を傾ける。

 男達は少女がこちらを見上げるのを確認して話し始めた。


「最近、謎の軍隊が現れるっていうんだ。しかも、こういった寂れた所に住んでる人の所に」

「それってどういった軍隊なの?」

「さあ? 俺からしたら本当に軍隊だったかも怪しいな」

「だが集団で現れるってよく聞くよ」


 巷で噂される「謎の軍隊」という都市伝説。

 公式に明かされていない集団の存在が各地で流行っていた。奴らは人々の群れから焙れた者や、廃れた環境で暮らす者、災害地などによく現れるという。

 彼らの目的は不明。ただ奴らと遭遇した者は、死か攫われるかの二択を迫られる。ただし、当事者達が本当に選択しているのかは知られていなかった。


 誰も生きて帰ってこないから情報が少ない。

 どうやっても噂や都市伝説の域を出ず、漠然と現れるという恐怖に皆が各々の感情を向ける。


「……モンスター以外にも恐ろしいのがいるのね」

「なぁに。俺達は厳重に警戒してっからな」

「ああ。万が一来ても返り討ちにしてやるさ」


 そんなことを言いながら日々を過ごす。

 これがいけなかった。ありもしないと思い込んでいたから。慢心していたのかもしれない。日々生きるのが大変だと知りつつも警戒が足りなかったのだ。


 ――キーンッと嫌な耳鳴りがした。

 外にいる見張りが何かを騒いでいる。エマはなんだろうと思い様子を見に外を覗く。

 すると、奇妙な連中がこちらに歩いてくるではないか。外にいたら仲間が皆「止まれ」と警告しているのに足を止める気配がない。銃を向けられているのに……。


(あの人達、誰……)


 不気味な集団。人の姿をしているが気配が異質だ。

 恐ろしい何か。幼い少女にもそれがわかった。いや、感じたのというべきだろう。


「エマ、何してる。早く逃げろ!」

「えっ……」


 不意に背後から首根っこを掴まれ、抱えられた状態で裏口まで連れていかれる。

 これは仲間の腕だ。彼はエマを裏口の扉から逃がそうとしていた。扉を開き、その奥へ少女を下ろして逃げるよう再度促す。

 エマは一瞬だけ躊躇った。しかしすぐに足を動かしてその場を離れる。


 正直に言って仲間やあの場所を捨てるのは心苦しい。

 でも、もうあそこは安全地帯じゃないのだ。ここはモンスターの襲撃も起きる過酷な町。こんな少女でも生きることを最優先に考え行動する。

 この先のことなんて考えられなくても今は逃げるしかない。


「――っ!?」


 全力疾走していると、不意に前にあった何かとぶつかった。

 無我夢中でちゃんと前を見ていなかったのだ。我ながらバカだったと思う。

 小さな声を上げて尻もちをついた少女。何が起きたのかと視界を向ければ、そこにいたのは見覚えのない人の姿。震えが止まらない。声が出ない。

 咄嗟に動けなくなったその身体を目の前の人物が抱え込む。


(捕まった。こ、殺されるっ)


 だが、その人物は妙な行動をした。

 捕まえたエマをすぐには殺さず連れ戻す。皆がいる廃屋の一角に放り出される。

 解放された瞬間に震える身体を叱咤して近くの物陰に隠れた。でも隠れたってバレバレだ。わかっている、無駄だと。だって見られているんだから。

 けれど、わかっていても隠れずにはいられなかった。


「これで全員か?」

「そのようです」

「ふーん。結構いるが……」


 謎の集団に包囲され、リーダーらしき若い女が全体を吟味するように眺め回す。

 あまり威圧的ではないが怖い。こんな状況だからだろうが雰囲気も厳つい感じがした。これからどうなってしまうのだろう。エマは不安と恐怖で怯えるばかりだった。


 正体不明の集団は妙な雰囲気と威圧感がある。

 武器を持っているが、別に向けてくる訳でもなくただ監視するのみ。それなのに不思議と行動を起こす気力を削ぐほどの気迫を放っていた。

 当然ながらエマも他の大人らも成り行きを見守るだけだ。下手に逃げたら殺されるだろう。命を奪われぬよう祈るしかない。


「例の物、ただいま到着しました」


 外からまた一人が入ってくる。

 続けて大荷物が持ち込まれた。それを確認し女が頷く。


「お前達の命は我々が預かった。これより二択から進路を選んでもらう」


 女が一歩進み出てそう言った。拒否権はないと告げられる。

 言葉は自分達にもわかるものだ。同じ人間なのだろうか。だが、直感は違うと告げている。人間の気配ではないと本能的に思う。

 だけど、なぜか人にしかみえなかった。


「ふ、ふざけるなっ」

「なに?」

「ひっ……お、俺達はここで慎ましく暮らしてるだけだ」

「そうだ。お前達なんかに……得体のしれない連中に従うとでも思ってるのか!」


 とうとう反論する者がいた。声を上げた彼らに眉を潜める女。

 一人が隠し持っていたナイフで敵の懐に迫る。短絡的な判断だと思うだろう。だが、切羽詰まったそいつにはわからない。衝動的に刃を向けていた。

 刃が女に到達する寸前、素早く近づいた影が男の首筋に触れる。するとナイフを持った同胞は感電したように倒れてしまった。


「――っ!?」


 その時初めて気づく。エマは息を飲む。今まで気づかなかった。

 目の前で大の男を昏倒させたのは、自分とそう変わりない年頃の少年だったのだ。


「ああ、面倒くさっ」


 ぼそりと呟いた少年。気だるげな表情と美しい容姿が目を引く。

 白金色の髪、アイスブルーの瞳。頭にはヘッドフォンをつけて両手はポケットの中。リーダー格の女が彼を「トニトルス」と呼んだ。

 物陰から少年の姿を覗き込む。危機的な状況なのに、エマは不思議と興味が湧いてしまった。


「殺してないだろうな」

「一応。面倒だけど」

「よろしい」


 無駄を省いた言葉遣い。これに対して女は咎める様子がなかった。

 歳の差がありそうなのに、そういったことは気にしないのだろうか。上司に対しての口の利き方でもない。よくわからない人達だ。

 倒れたままの男はそのままにして話を続ける。反論していたもう一人も唖然としていた。


 女は全員に聞こえるよう声を張って言う。

 今しがた言っていた二択とは、仲間を募っているから加われというもの。希望者の中から選別するとまで告げた。むろん拒否した者、逆らった者は死だ。

 口ぶりは提案といった感じだったが実のところは脅迫である。選択も何もあったものじゃない。


「…………」


 戸惑いを隠せない人々。動揺がこちらにも伝わってくるようだ。

 エマの直ぐ傍で年上の身を縮めて女性が震えている。もちろん彼女自身も身体の震えが止まらない。だがそれ以上にあの少年の早業が頭の片隅に引っかかっていた。

 やがて人々は少しずつ選択していく。恐怖に負けて受け入れる者、不審者に寝返るくらいならと死を選ぶ者。どちらも選べず殺される者。


 そして仲間になることを受け入れた者は、皆あるモノを渡されていた。

 順々に返答を聞きにくる。とうとうすぐ傍まで来た。近くの女性が問いかけられ、受け入れた様子だったので何かを渡されている。それを食べろと言われているみたいだ。

 女性が恐る恐るといった体でソレを口に運んだ時――。


「ぐがあぁぁっ」

「ひぃっ」


 唐突に上がった呻き声に女性が悲鳴を上げた。

 そちらを振り向けば、先程謎の物体を渡されていた男が泡を吹いて倒れている。ピクリとも動かない。死んでいるのか。

 わからない。わからないけど、他にも似たような者らがいた。ある者は全身から血を流している。まるで内側から避けたような傷だ。

 でもエマには、それが外傷か否かを判断することはできなかった。


「あ、ああ」

「ナニしてる。早くしろ」

「は……はい」


 回りの様子に混乱している間に、エマの所にも一人の男が歩いてくる。

 見下ろされ「どうするか」と問われた。全身から血の気が下がっていく。でも決めなければ。答えないといけない。たとえ死ぬとわかっていても……。


「仲間に……なります」

「よし、洗礼を受けろ」


 他の者と同じように謎の物体を渡される。

 それは肉塊のようだった。しかし不思議なことに生臭くはない。調理されている風でもないのに。

 これは何、と問いかける雰囲気でもなかった。内心では聞きたくて仕方なかったが、聞いて答えてくれるとも、聞くこと自体が大丈夫かもしれなかったのである。


 エマは覚悟を決めて謎の物体を口に含む。

 触感は生肉のようでとても不味い。手に収まるくらいの大きさだったが飲み込むのに苦労する。本当に不味かったから。

 なんとか飲み込んだ直後、全身を激しい苦痛が駆け巡る。身体の内側が軋むようだ。

 

「あ、ぐがあぁぁっ。がはっ、ごほっ……」


 苦しくて咳き込む。床に爪を立て、転がったりしながら悶える。

 必死に耐え続け、ようやく引いてきた頃には不思議と気分が晴れ晴れとしていた。割れたガラス片に移る自分の姿に驚く。髪の毛先や青かった瞳が赤く変わっている。

 この時、自分が変わったのだと悟った。体内に得体のしれない力を感じたからだ。


「お前は適正ありだな。一緒に来い」

「えっ」

「今回の収穫は三人か。まあまあね」


 引き上げるよ、と女が言う。洗礼を受けて生き残った三人を連れて。

 こうしてエマは人間をやめた。星神種の仲間入りをし、本部で真名をもらって今に至ったのである。



     ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘



 口下手ながらも話を聞いた結紘。

 野営時、焚火の前でふとした疑問を投げて教えてくれた話。

 まさかこんな経緯があったなんて……。そして明らかになった洗礼のこと。つまりは人を星神種に変貌させる儀式ということか。


「洗礼については秘密、じゃなかったの?」

「平気。気づいた」

「え、えーっと」


 それって後で気づいたってことでいいのかな。

 とりあえずこれはコレでいいか。他に聞きたいことは……。


「……後悔してない?」

「別に」


 死にたくなかったから、とラオムは言う。


「確かにそうだろうけど。でも……」


 だからって得体のしれない物を食べるのは嫌じゃないのか?

 そんな疑問を脳裏に浮かべ、問いかけようとして止めた。言っても仕方のないことだ。なによりも聞いた状況から選択の余地なんてなかっただろう。

 たとえ聞いても彼女を困らせるだけ。いや、怪訝そうに首を傾げるだけかな。

 そんなことを考えて云々と頭を悩ませる。結局、その先の言葉を伝えることはできなかった。

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星の落とし子 秋紬 白鴉 (読み トキツムギ ハクア) @nimak3110

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