アナザー07 武器選び

 二人に連れられて、結紘は基地内にある武器店にやってきた。

 広々とした店内は至る所に武器や防具で溢れている。カウンターの奥には扉があり、その向こう側には店員の控室と鍛冶場があるらしい。オーダーメイドも受けつけているからだろう。

 綺麗に整えられた店内を眺めて感嘆の息を零す。こんなに沢山の武器を見たのは初めてだ。


「これ全部本物かよっ」

「なに当たり前のことを言ってるんですか」

「だって、こんなのゲームでしか見ないしさ」


 素直な感想を漏らせば、手厳しい返答が返ってくる。

 一方でラオムは結紘の発した言葉に対して小首を傾げた。


「ゲーム?」

「アレ、ゲーム知らない」

「ん」

(ゲームを知らないなんて。いったいどんな生活してたんだ?)


 年頃的には同じくらいだし、やったことはなくても単語くらいは知っていそうなのに……。

 自分とはかなり違う環境で育ったのが伺える反応だった。結紘がゲームについて説明しようとしていると、一人で武器を見ていたカロスに叱咤される。


「何しに来たんですか。さっさと選んでください」

「え、選べって言われてもなぁ」

「得意な武器を選べばいいんですよ。手に馴染むほうがいいでしょう」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

(武器なんてゲームの中でしか使ったことねーよ!)


 実際に触ったことのない物を選べと言われても困るだけだ。いったいどうしろと言うのだろう。どれを選べばいいのか、まったくと言っていいほどにわからない。

 目の前には剣や銃、斧に盾に鞭などといろいろな武器が揃っている。でも選べない。どれもこれも使ったことがないからだ。どれを使えばまともに身を守れるのか知らない。


「言っとくけど俺、普通に一般人なんだけど」

「ここに来た人は大半がそうですが……」

「うぐっ」


 反論してくるカロスの言葉は、明らかに一般人の口から出るものではなかった。ひょっとして彼は、ここに来る前からそっち系の人だったのだろうか。そんな、まさかな。

 怖い想像が脳裏を過り、結紘は一度深呼吸をして気持ちを整える。そして彼に問いかけた。


「じゃ、じゃあ、カロスはどういった基準でその武器を選んだんだ?」


 スッと手に持っている薙刀を目で示す。

 すると相手にギロリッと鋭い視線で睨まれてしまった。


「はあ? ボクがどんな獲物を使っても関係ないでしょう」

「睨むなよ。参考までに教えてくれたっていいだろ!」


 一瞬怯んだがこっちも負けてられない。自分の命に関わる物だ。どうあっても引き下がる訳にはいかなかった。ありったけの勇気を振り絞って声高に言い返す。

 内心ではビクビクと震えながら、気持ちで負けないように必死で睨み返した。そうすれば彼は無駄な争いだとばかりに力を抜く。


「自分で得意不得意がわからないなんて、情けない人ですね」

「悪かったな。お前とは感覚が違うんだよ」

「んん? ケンカ、してる?」


 両者の問答を聞いていたラオムが更に怪訝な表情になった。喧嘩はダメだとばかりに間に入る。


「別に喧嘩してません。……ボクが選んだ理由は、間合いの広さ加減と危機感知の維持に最適だと感じたからです」


 飛び道具はリスクが高いし、近過ぎると不利なので、と小さく呟いたカロス。彼なりに何か深い理由がある様子だった。自分より年下っぽいのにちゃんと考えてるんだな。

 ラオムのほうは武器らしい武器を装備していない。最初に会った時も拳で戦っていたし、本人に聞いてみても不思議そうに見つめてくるだけだった。


 さて、どうしようと悩む。武器を睨みながら思案を巡らせていると、店内に入ってきた一団の一人がこちらに気づいて近づいてきた。

 カロスらと顔見知りらしい様子で歩み寄ってくる青年。


「おお、新入りだな?」

「えっ? えーっと、どちら様ですか」


 背中越しに声をかけられて振り返る。

 自分よりも背の高い男がそこに立っていた。外見から伺える年齢は20歳前後か半ばくらいだろう。短く色素の薄い金髪は上手い具合に逆立ち、瞳は少し赤色の強い茶色だった。

 結紘には正確な所はわからないが、身長は183.2cmありがっちりと逞しい体躯をしている。服装は自衛隊服っぽいものの上に軽装の鎧を着用。身の丈ほどもある大剣を背負っていた。


「あらあら初めまして。お二人もこんにちは」

「こんにちは」

「うん」


 ラオムとカロスが後から来た女性に返事をする。

 彼女は男のすぐ隣まで歩いていき、こちらに柔らかい微笑みを向けていた。こっちは隣の彼と違って人間っぽい感じがしない。見た目は確かに人そのものだが気配が違う。……多分だけど。

 外見的な年齢は男性と同じくらいか、ちょっとだけ上に見えた。


 女性はウェーブのかかった長い髪をしている。色はアクアブルーで毛先のほうだけ青い。瞳は銀色で肌が白く、ゆったりとしたワンピースを着ていた。

 おっとりとした顔立ちに、155.0cmと男性に比べてかなり小柄だ。

 足も白いタイツを履いていて露出が少ない。武器は、おそらく腰につけている棒状のもの。ステッキかなと思う。


「あの、二人の名前は……」

「悪い。俺はハザック、22歳だ」

「わたしはエスプーマと申します」


 エスプーマは自分が星神種だと明かす。ルーチェと同じタイプみたいだ。

 自分も二人に自己紹介をして視線を戻した。とにかく今は選ばないといけない。ハザックは武器を選ぶ結紘の様子を見て笑う。悩んでいる姿から戦闘初心者だとわかったみたいに――。


「お前、何か武術とかスポーツとかやってたりしたか?」

「いや特にはないですけど」


 身体を動かすのは別に嫌いじゃないが、あまり目立ちたくはなかったし特別興味のあるものがなかった。切羽詰まった時にうっかり力を使ってしまう心配もあったし……。

 平常心の時なら絶対に使わないけど、気持ちに余裕がなくなった時までは自信がない。自分でも気づかない内に誘惑に負けてしまうこともあるだろう。


 そんなこんなでスポーツの類には全力を出し切れない所があった。別に悔しいとか、嫌だなと感じるくらい夢中になる訳でもなかったから気にしなかったけど……。

 結紘が躊躇いもなく答えた内容に彼は小さく唸る。一瞬だけ考える様子を見せたが、すぐさま豪快な態度で言い張った。


「なら槍とか棍棒がおすすめだ。ちょいと重いが、テキトーに振り回してるだけで十分戦える」

「えっ、剣とかじゃなくて?」

「相変わらずの単細胞ですね」

「はははっ! 今日も手厳しいな。けど、剣や銃は扱うのには多少の技術がいるんだ」


 ゲームのように装備したら即戦力になる訳じゃない、と彼は言う。

 確かに銃はそんな気もする。だが、まさか剣までその括りに入るとは思わなかった。


「想像し辛いか? まぁ、本格的に訓練するってなら止めねーけどよ」

「でも仲間の能力や、武器で選ぶのもいいんじゃないかしら」


 唐突にずっと静かだったもう一人が口を挟む。


「そういう考えもあるな。お前、能力は?」

「え、えーっと。その……」

「なんだ? わかんねーのかよ」

「いえ。なんというか……こう相手の調子と合わせて力を借りるっていうか」


 いざ説明しようとすると難しい。今までこんな風に尋ねられたことが少なかった。

 だからか、変に考え込んでしまう。ラオム達に説明した時も結構支離滅裂だった。本当にあの時はちゃんと伝わってよかったよ。

 言いながらもっと適切な言葉があった筈だと思う。でも思い出せない。雲をつかむような説明にカロスが呆れて口を開く。


「つまり共鳴って言いたいんでしょう」

「そうソレ!」

「ふーん、変わってんなぁ。強いのかソレ」

「それはなんとも……」

「簡単に言えば、一人では何もできない力ですね」

「なっ!?」


 勝手な解釈を言われ結紘は言葉も出ずに固まる。

 間違ってはいないかもしれないが、言い方がなんとも嫌な感じだ。密かに相手を睨みつけて気持ちをやり過ごす。むっとはなったが長引かせない。


 彼らの話から、ある一定のチームを組んでいるようだ。二人一組が基本だとは聞いていたが、やっぱりそれだけじゃないようだ。だから一緒に戦う仲間の能力や武器を参考にもするのか。いろいろな所に参考となるポイントがあるんだな。

 二人の言葉を聞き、改めて一緒に戦うことになる者達に意識が向く。


「ん? 俺って二人と同じチームになるんだよな?」

(訓練って言われたし、そうだよな?)


 特に所属チームを言い渡された訳じゃない。

 でも今までの状況から考えて……。結紘は二人を交互に見て返答を待った。カロスが眉間にしわを寄せている。あの顔、もう何度目かな。既に見慣れ始めているのがなんとも言い難い。


「不本意ですが……」

「ん、一緒だよ」

「ああ、やっぱり。よかったぁ」


 今からまったく知らない人と組まされたらどうしようと焦ったよ。

 はっきりと確認が取れたことでもう一度考えてみる。二人の武器や能力……といってもあまり詳しくはないんだけど。


 僅かに見た一端と、聞いた話をもとに思案した。

 たしかラオムが空間を操る力で、カロスが風系、ルーチェが光を操るものでディオサが治癒全般と言っていたか。武器のほうは格闘が主で特にない奴と、薙刀、剣盾って感じだったな。

 戦い方のほうはまだよくわからない。とにかく強いっていうのはわかったけど……。


(うーん。参考になるような、ならないような……)


 割とバランスが取れてそうな面子だ。

 こういう時ゲームっぽい思考になってしまうが、前衛と後衛、サポートと役割がはっきりしていると感じた。ここに自分が入る隙があるのかと不安を覚える。

 考えれば考えるほど決まらなくなっていく。頭の中がグルグルと混乱していた。


「あ、余計な知識を取り得れた所為で判断が鈍ってますね」

「うっ……何故それを」

「全部顔に出てますよ。まったく単純明快な人です」


 敵に思考を読まれそうな間抜け、と余計な一言も加える。

 いちいち落ち込みそうになるが何とか堪えて選別に集中した。いい加減に決めないと周りがうるさくなる一方だろう。何がいいか、何なら使えそうなのか。

 実際に触ってみて確かめる。重すぎても困るし、使い方が想像できない物も危険だ。練習してどうにかなりそうな武器に辺りをつけて絞り込む。

 自分の特殊能力がもっと戦闘向きだったらよかったんだけど……。


(まあ、俺の能力はいろいろなことに使えるだろうし……)


 でも、カロスも戦うだけの能力じゃなさそうなんだよな。聞いた話によると。

 ぶつぶつと呟きながら様々な武器を手に取ってみる。ダメだ、どれを持ってみても手に馴染まない。これじゃない感が半端なかった。


「俺、ちゃんと身を守れるようになるんかな」


 武器が肌に合わない感覚に辟易する。正常な感性だと思うが、今置かれている状況から考えたら情けないことこの上ない。

 まさか一般人としての感覚に落ち込む日がこようとは――。


「いい加減に決めて下さい」

「わ、わかってるよ。えーっと、じゃあコレ!」


 煮え切らない様子の結紘にとうとうカロスが端を発した。

 慎重なのはいいことだが、行き過ぎるとただの優柔不断な人である。調達しなければならないのは武器だけではないのだ。簡単な防具も選ばないといけない。


 武器ひとつにばかり時間をかけられないと言われてしまう。

 当面の武器だからそこまで悩まなくてもいい、とハザックが言った。どの道破損や路線変更といった理由で、ある程度したら武器を新調するだろうからと。確かに一理あるな。

 散々悩んだ結果、結紘は一番意識を引かれた棍棒を選ぶ。刃物よりもまだ持っていて怖くないから。

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