アナザー06 取扱い説明

「なんだコレ?」


 いまいち用途のわからないステッカーや円盤などが入っている。

 ケース内のスペースには余裕があり、必要に応じて補充するのではと想像できた。ケースの大きさも同封されていたベルトポーチに入るくらい。

 くっきり色のついた物から、半透明の物まで種類豊富だ。しかしコレ、見た目通りの使い方をするのだろうか。ステッカーは張る物だとわかるが、円盤は……。


(他には何もないし、これ単体でどうしろと?)

「ダメだ。わからない」


 考えても答えが出そうにない。こうなったら誰かに聞くほうが早いだろう。

 今後の方針が決まった所で早速行動に移す。結紘は謎の物体群を持って部屋を出る。その足で斜め向かいの部屋にいるであろうラオムを尋ねることにした。部屋にいてくれているといいのだけど……。

 カロスに聞く手もあったが、本音を言えば怖いから最後の手段にしたい。そう考えると会えるかよりも、彼女がちゃんと説明してくれるかのほうが心配になってきた。


(どうかいますように。問題が解決しますように!)


 扉の前で強く祈りながら、そっとノックして返答を待つ。呼吸を数えて少しの間待っていたが返答がない。まさか、いないのだろうか。早速大ピンチ!?

 言っておくが、ここで会えなかったらかなりヤバいぞ。探そうにも詳しくない土地で迷子になる可能性が高過ぎる。見つけられる自信どころか、無事に部屋へ帰ってこれるかも怪しい。

 頼む。頼むから返事をしてくれ――!!


「やっぱダメか」

「……誰?」


 諦めて立ち去ろうとした時だった。ようやく過ぎる返答が扉の向こうから聞こえたのは。


「あ、俺……結紘です」

(なんだ。いるんじゃんっ)


 危うく探すか、カロスに聞くかする所だったよ。いやいや安心するのはまだ早い。

 必死に安堵で緩む気を引き締めつつ、扉を開けて顔を出した彼女に笑顔を向けた。手に持っているソレを見せて「使い方を教えて欲しい」と願い出る。


 静かに物体へ視線を向けたラオム。しばし動かず、やがて「あ、支給品」と呟いて結紘を部屋に招き入れた。一瞬戸惑い、本人に再度確認してから恐る恐る招きに応じる。

 こんなに早く女子の部屋に入ることになろうとは思わなかった。男子としては喜ばしいことかもしれないが、はっきり言って女子の部屋に入るのは初めてで緊張する。


 むしろ緊張が勝って内装に目を向ける余裕がなかった。彼女の背中を見ながら目的のことだけを頭に縛りつける。というか、そうしないと目的まで白紙になりそうだ。

 今回は教えて貰いに来ただけ。やましい理由なんてない、普通だと自身に言い聞かせる。とにかくこの物体の使い方がわからないと、今後必要な時に困るだけだ。必要なことなのである。


(はぁ……なんでいい訳みたいになってるんだろ)


 未だに緊張しているにも関わらず、そんな感情が脳裏に過った。

 まったく、しょうもない言葉だけは規制知らずだ。呑気に思考内を駆け巡っている。今は全然必要性のない言葉ではなく、これからする質問の内容でも浮かんでてくれればいいのに。

 けれど、そんな言葉に限って引っ込んでしまって見つけられない。


 机を促されて荷物を下ろし、椅子を勧められて着席する。

 ラオムは僅かに逡巡してから奥のキッチンに向かう。お茶でも入れるつもりなのだろう。結紘は「お構いなく」と断るが、彼女は気にせず作業を始める。


 しかし、その手つきはどうにも危なっかしい。茶葉あったっけ、と言わんばかりの様子で棚を漁り、あまり使ってなさそうなヤカンを引っ張り出す。

 だがすぐ思い出したようにポットを使い始めた。遠目にポットを見つめて思う。アレはアウトドアでも使える独自のエネルギーで動くヤツだ。動力が電気ではなく、外界で得られる物で賄える特別製。


(そういえば、部屋の明かりも電気じゃなかったな)


 今になって自室を見て回った時のことを思い出す。

 機器らしき物は幾つかあったが、殆どが電気に代わるエネルギーで動く物らしかった。大体メカ自体があまり多くない印象だ。

 ひょっとして必要最低限しか使ってないんじゃないか?


「ん、できた。はい」

「ありがとう」


 苦戦しつつもお茶を入れ差し出される。礼を言ってそれを受け取り、そっとひと口を口に含んだ。危なっかしい作り方だったが味は普通だった。

 ラオムがこちらをじっと伺っている。問いかけるような視線に気づき、素直に美味しいと伝えた。安心した様子で椅子に座る彼女と向かい合う。


「えっと、早速聞いてもいいかな?」

「ん、どうぞ」

「うん。じゃあ、まずこれは何?」


 そういって結紘は、謎の石をはめ込んだ装飾品を持って見せる。彼女はじっとこちらの手元を見つめて口を開く。抑揚の乏しい声音だった。


「通信石……うーん、通信機?」

「いや。聞いてるのはこっちなんだけど」

「んっと、ね。こうして周波数を合わせると遠くにいる仲間と話せるの」


 言いながら彼女は自分の首飾りを操作してみせる。金属部分に捻られる部位があって、そこを回すと周波数を調整できるらしい。なるほど、完全に通信機だな。

 まずはひとつ解決だ。ついでになぜ3つも装飾品があるかも聞いておく。だいたい想像は突くけど……。

 案の定、ラオムは「好きなのを選んで」と答えた。やっぱりそうなるよな。石さえはめれば、どれでも使えるという。続いて結紘は薄くて平たい端末らしき物体を持つ。


「ならこっちは?」

「それは地図とか見れるヤツ」

「つまり、情報端末ってこと?」

「鍵を開けたり、分析したりもできる」

「結構多目的な感じなんだな」

「ん、そう」


 結構便利そうだ。さて、問題は使い方である。どうやって電源を入れるのかと聞く。

 ラオムはまた自分でやって見せながら教えてくれた。


「通信石と一緒。力を込めるの……こう」

「おおっ」


 彼女の不思議な力を受け、端末が起動する。これは凄いぞ。力を込められる者=持ち主がいれば充電もいらないときた。

 早速実践してみる。力を込めるって言うのはピンとこないが、多分いつも通りに能力を使えばいい筈だ。ここにいるのはラオムだけ。うん、問題ない。


「……あれ、動かない。なんで?」

「ん。力、ちゃんと込めてない。集中する」

「してるんだけどな。なんでだろう」

「ビビッと感じて、スーッて入れるの」

「ええっ。全然わかんないよ」


 突然難解な擬音語を交えて説明し始めた。さっぱり意味が掴めない。

 それからしばらく悪戦苦闘を繰り広げる。妙な感覚論を叩き込んでくるラオムには最後まで困惑するばかりだった。けれど、何十回とやっている内にコツを掴めてくる。


「はぁ、はぁ……これでどうだ!」


 ――ピコンッ、と電子的な音を響かせて端末が起動した。

 や、やっとだ。やっと動いてくれたよ。から元気ともとれる笑い声を漏らし、机に突っ伏す。顔は全然笑ってない。疲れ切った面持ちで起動した端末を見る。

 しばらく謎のロゴマークが立体映像で映し出されていた。だが、すぐにプツッとまた沈黙してしまう。


「え、ちょっと嘘だろ」

「ああ。最初に入れた力……少なかったみたい」

「ええ、俺結構頑張って込めたよ?」

「後は力が途切れた、とか」

「マジか……」


 力のコントロールを強要してくる端末だ。まだうまく扱える自信がないよ。便利なような、不便なような、よく解らない道具だった。

 脱力感を感じながら、最後に残った道具類を見せる。箱に張った複数のステッカーや円盤だ。疲れ切った声でどう使うのかと問いかけた。またもや彼女はじっと凝視してくる。


「これ、便利」

「は、はあ。具体的にはどんな感じ?」


 するとラオムは口を閉じて思案した。

 しばらく沈黙していたが、やがて席を立ち自分の物を持ってくる。自分のよりもずっと量の多い箱だ。指でひとつひとつ確かめながら、適当な物をいくつか取り出す。

 見やすいように机上に並べて示しながら教えてくれた。


「コレ『浮遊』のシール。靴に張ると少しだけ浮かべる」

「ほう」

「移動の時とか便利」

「そうだね」


 なんとなく想像はできる。落下時とかにも活躍しそうだ。

 靴以外には張れないのか、と問えばそうではないと知ることができた。身体のどこかに張ればいいらしい。ラオムはすぐ横に並べた別のステッカーに指を移動させる。


「こっちは『鎖』のシール。敵に張って捕まえるの」

「なるほど拘束するんだね」

「ん、そう」


 更に隣へ指が動き、円盤を示して言う。

 円盤は、青い本体に黒い線で奇妙な模様が描かれたものだ。なんとなく機械を連想させる模様。


「このコは地面に投げて使う。効果は、索敵」

「へぇ、投げちゃうんだ」


 細かい説明もしてくれる。要約すると、一定範囲内の敵が見えるらしい。障害物とか地形とかが透けて見えるんだとか。

 よく見れば、彼女が机上に並べてくれた物はすべて自分に支給されたのと同じだった。彼女なりに考えてくれているらしい。


「でも、私達はあまり使わない」

「どうして?」

「カロスが全部わかるから」

「ん。カロス、力とっても強い。沢山技を持ってる」

「なるほど」

(これって多分、パーティ内で一番能力が優れてるってことだよな)


 見た目は一番幼い感じなのに凄い奴なんだ。確かに、戦闘ではとてもカッコよかったけど。

 でも話の感じだと、戦闘以外でもいろいろと便利な能力を持っているようである。技が沢山あるというのにも興味が湧いた。沢山ってどのくらいなんだろうか。


(でも、聞いて教えてくれるかな?)


 明らかに彼からは嫌われているし難しそうだ。気になるけど、焦って関係を悪化させるのはよそう。でもダメもとでラオムに彼のことを聞いてみる。

 しかし、彼女は首を傾げるばかりで教えてはくれなかった。口止めでもされているのだろうか。いや、まさかな。さすがにそこまでやる奴かは……ちょっとよくわからない。


「すみません。ラオムさん、ちょっといいですか?」

「あ、カロスだ」


 一通りの使い方を教えて貰った頃。扉の向こう側から聞き覚えのある声が届く。すぐに声の主を察してラオムが扉に向かって行く。結紘も気になって後を追った。

 彼女が扉を開くと、声の主が礼儀正しい所作で待っているのが見える。しかしすぐに、こちらへ気づいて表情を険しくした。


「やっぱり貴方もいましたか」

「おう、いちゃ悪いのかよ」


 よっと嫌味な感じで答える。何もしていないのにあの顔なんだ。ちょっとくらい良いよな。

 だが、対する彼はまったく気にした風もなく視線をラオムに戻す。俺と彼女とで態度が違うように見えるのは気のせいだろうか。なんであんなに嫌うんだよ。本当に誰に対してもなのか?


「ちょうどいいです。貴方もつき合って下さい」

「へ?」


 結紘があれこれと考えていた間に、話しが済んだ様子の彼から言葉がかかる。まったく話を聞いていなかったので間抜けな声で応じてしまった。不味い、また嫌味を言われるぞ。

 しかし、予想に反して帰ってきた言葉は至って真面目なものだった。


「実戦に丸腰で挑むつもりですか? 別にそれでもいいですが……」

「カロス、選ぶの手伝ってくれるって」

「うわあ! 行きます。武器は欲しい!!」

「当然です。さあ、モタモタしてないで行きますよ」

「はいっ」


 大慌てで返事をする結紘。素直に武器は欲しい。いくら何でも死にたくはないからな。

 さっさと先を歩いて行ってしまうカロスを、結紘は急いで追った。その隣にはラオムの姿もある。

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