アナザー05 支給品
あれは15年前、結紘の父・界導晴彦が任務で外界へ出た日のことだ。機動部隊に同行する形で現地に赴くことになった。
本来彼は前線で活動することはない。所属はあくまでも前線のサポートがメインだからだ。でも今回はどういう訳か同行するようお達しがあった。
任務の内容はある地点の調査だ。
わざわざ非戦闘員を同行させるほどの任務。すべては、突如発信された謎の信号を受信したのが始まりだった。今では出歩くのも危険な外界で、このような信号が確認されたのは初めてのこと。
そしてこの調査は今回で三回目の試みである。一回目と二回目は失敗に終わっているのだ。その理由は――。
「はぁ、なんで我々がいく羽目になったんでしょうね」
「報告書を見なかったのかい。例のポイントは星装器はおろか、その使い手をも寄せつけないからだよ」
そう、調査すべき場所には通常の武装か非戦闘者でしか近づけない。星装器は不具合を起こし見えない力に弾かれ、その使い手もまた次々と不調を訴えた。何らかの干渉を受けているように。
力ある者を寄せつけない場所とでも言うのか。それとも、単純に他者の侵入を拒んでいる?
「それは知ってますが、なぜ俺達の班がって意味ですよ」
もっと暇そうな所くらいありそうなのに……、とボヤく同期の男を横目に道中を歩く。
十数日~一ヶ月ほどかけて目的地へと向かう。地形が変化し続ける外界は、晴彦ら一般の公務員には危険すぎた。モンスターも徘徊していて常に恐怖に晒される毎日。昼も夜も問わずだ。
いくら機動部隊が護衛してくれているといっても限界はある。戦闘の只中に置かれる緊張感は、それだけで精神と体力を大いに削った。
疲れを残さなよう休みつつ歩み続ける。
そして、目的地の間近まで迫った時。この任務で一番の難関が待ち構えていた。
「すみません。ここからは皆さんだけでお願いします」
「はい、話は聞いているので大丈夫です。ここまで護衛ありがとうございました」
「我々はここで待機してますので、何かあったら報せて下さい」
「了解です」
平静を保って言葉を交わす。
さあ、ここからが大変だ。なんとかして、調査ポイントまでたどり着かなければならない。モンスターに遭遇しないことを祈りつつ、慎重に歩みを進めていく。
数十分後、やっとの思いで無事目的の場所に辿り着いた晴彦。同じ班の面々と手分けして調査に当たる。機材や簡易本部の設置を行って調査した。
モンスターに遭遇することなく数日を過ごす。
しかし、これといった収穫は得られなかった。確かに反応はある。それでも何か変わったモノがある様子はなく、生物の姿も見当たらない。周辺にある物質も機動部隊が持ち帰るような物ばかりだった。どれを調べても例の信号は発せられていない。
「おかしい。確かに今も信号を受信しているのに……」
「何か見落としがあるんでしょうか?」
「でも、目ぼしいものはすべて調べたわよ」
「これとって生物もいないですよね~」
ここにあるのは植物と乾いた大地、ささやかな水辺くらいだ。
「そろそろ食料も尽きるな。今回は撤退しよう」
「残念ですがそうしましょう」
帰りの分を考えて余裕がある内に判断を下す。
手際よく荷造りをして、その場を後にしようと背を向けた時だった。後方から強烈な反応とともに光の柱が立ち上ったのは――。
「なんだ?」
不審に思い背後を振り返る。眩しい光を浴び思わず目を細めた。
徐々に範囲を広げていく光の柱。近づいてくるのがわかるのに足が動かない。光が消え、気がついた時にはまた先程と同じ風景が広がっていた。ただ一つの違いを残して。
「……界導さんがいない」
「どこに行ったんだ?」
「まさか、今の光がっ」
動揺を隠せないメンバー達。そこへ異変を感じ取った機動部隊が駆けつける。不思議なことに星装器も彼らも不調を覚える者はいなかった。謎の信号も消失。
その後、数ヶ月にも渡って捜索が行われたが、界導晴彦の消息は掴めなかった。謎の信号もあの日以来音沙汰がなく彼の生存は絶望的。
しかし、皆が諦め始めていた半年後に彼は見つかった。生まれたばかりの赤子を抱いて。保護された彼は行方不明時の記憶が殆どないにも関わらず、腕に抱いた子供を自分の子だと頑なに主張したという。
後に彼の妻・明美による極秘の検査で、その赤子と遺伝子が一致しているのを確認。ただし同時に子供からは正体不明の遺伝子も検出されたという。
彼女が子供の今後を考えて、この事実は秘匿され遺伝子の一致のみが資料として提出された。
どこの誰と作ったか不明な子供。本来ならば家庭内でのトラブルが起きない筈がない。
しかし子供にとって幸いだったのは、明美が研究者であったことである。
彼女にとって「血が繋がっていない」など些細なことだった。それ以上に未知の遺伝子を持つ子供と、夫が経験したであろう体験のほうが興味をそそる内容であったと言える。
女性として普通の間隔が薄かった。いや、優先すべき内容がある場合は他のことなど気にない。そう考える人物だった。
おかげで結紘は、仲睦まじい家庭で育つことができたのである。
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(思えば恵まれてたんだよな。母さん、よく怒らなかったよ)
実際喧嘩している所なんて殆ど見たことない。自分の前ではしなかっただけかもしれないけど。
「ちょっと聞いてますか?」
「え、何か言った」
「呆れた。全然聞いてなかったんですね」
「ご、ごめん」
歩きながら考え事に集中していた。まったく話を聞いていなかったことに小言を言われ、素直に謝っているとルーチェが再度説明してくれる。
「明日。実地訓練をするから準備しておけよ」
「はい。わかりました」
「足を引っ張るようなら、容赦なくやりますから」
「ええっ!?」
めちゃくちゃ敵意のこもった声音で言われて後退った。自然と身体が反応してしまう。
部屋に向かう道中、質問はないかと問われる。しかし突然聞かれても思い浮かばなかった。いや、ひとつあるか。
「どこで訓練するんですか?」
「心配はいらない。割と近場だよ」
「いえ、そういうことではなくて……」
森なのか山なのか、それとも海や川だろうか。行く場所によって準備しておく物が違うだろう。
本格的なサバイバルとかアウトドアなんて知らない。けど、ある程度想像がつく範囲で準備しておきたかった。最も私物なんて殆どないのだが……。
そう伝えると、対する彼女は「そんなことか」といった態度で応じる。
「全体を通してみるなら森かな。けど川や岩場にも行く予定だ」
「え……訓練ってまさか数日ぶっ続け?」
(いきなりそれは……ハードだなぁ)
必要なのは十分にわかっていた。けれど、まさか町について早々にまた外に行って、合宿みたいなことをする羽目になろうとは。もっと順々にやっていくものと思っていた。
きちんと確認したところ、実地訓練は数日にかけて行われるらしい。だた向かう場所は近場とはいえ初めて行く場所だ。
最低限の情報を引き出した結紘は、用意された部屋に入り考える。
ちなみに彼の部屋はラオムやカロスの近くだ。ルーチェとディオサの部屋は大分離れていた。ひとまず知り合いが近くにいる状況に安堵する。
会ったばかりとはいっても、まったく知らない人よりはマシだ。
「すみません。今、よろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼します」
部屋を割り当てられてすぐ、扉をノックする音が響く。
続いてかけられた言葉に返事を返すと一人の男性が入って来た。彼の腕にはそこそこ大きな荷物が抱えられている。互いに挨拶をした。
「結紘さんですね。少ないですが、こちら支給品になります」
「支給品?」
結紘は首を傾げて聞き返す。相手は特に驚きもせず答えてくれた。
「こちらに来られる方々は私物を殆ど持たれない人が多いので。皆で検討してきた結果、僅かながらに支給品をお渡しすることになっています」
「なるほど。ありがとうございます」
(殆ど持ち物がないのって俺だけじゃないんだ……)
同じような状態で来る人々がいるという事実に苦笑い。やっぱり事情のある人が多いのかな。元は人だった者もいる、という話を聞いた時からもしかしてと思っていた。
結紘は荷物を受け取って室内の机の上に置く。退室する彼を見送って早速中身を確認した。中身は衣服が数着と保存食、生活に必要な最低限の小物。ベルトポーチに常備薬が少々と後は……。
「なんだろう。何に使うんだ?」
不思議な物体がいくつか入っていた。その一つ一つを手に取って凝視する。
まずは黒い箱だ。中には透き通ったアクアグリーンの石と、それを取りつける窪みがある装飾品が複数。形状は腕輪、イヤーカフ、首飾りの三種類。
「これは……はめればいいのかな」
カチッと音が鳴るまで石をしっかりとはめ込む。すると石は一瞬光り、沈黙した。
ん? なんだこれ。さっぱり意味が解らない。ええい、次だ。
次に長方形の薄いものを手に取る。形状、触り心地などは端末っぽいぞ。もしも想像通りの物なら、どこかに電源がある筈だ。黒光りするソレを注意深く調べる。
(ない。電源がないぞ)
どうやって使うんだよ!
結紘は叫び出したくなる心境を呑み込む。短気を起こしてはいけない。これが精密機械だったら大変だ。渡されて早々に壊すなんて展開は避けたかった。
仕方なく残っているケースを調べることにする。これで最後だ。手に取ったソレを同じように改めていく。パカッと開いて中を見ると……。
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