アナザー03 到着

 やり方を知らない結紘を除く三人と一匹で、輪を作って地に手を乗せる。意識を集中させて大地に干渉した。足りない分は他の二人が補ってくれる。

 やがて辺り一帯に淡い光が広がり、場の空気が変わって行くのを感じた。野営をするには十分なスペースが安全地帯になったのがわかる。自分の中の直感がそう告げているのだ。


「凄いな」

「ふふ、これくらい大した事ないぞ」

「簡単です。人間にはマネできないでしょうけどね」

「いやいや本当に凄いよ」

「ふふん」


 褒められたラオムが胸を張った。その仕草がちょっと可愛い。つい見入ってしまいそうになるのを堪え、何をしたらいいかと指示を請うた。

 気合いの入り過ぎを注意されつつ薪集めを指示される。


『改めて確認するけど、怪我人はいないわよね?』

「俺は大丈夫です」

「守ってあげたんですから当たり前です。あ、ボクは平気」

「私も良好」

「今回は苦戦する相手ではなかったからな。掠り傷程度だ」


 自信たっぷりに言い切るが、逆にディオサは血相を変えた。


『掠り傷を舐めてはダメ。ちゃんと見せて、治すから』

「す、すまない」

『あらあら、謝らくていいのよ。これがワタシの役目ですもの』


 ディオサの特殊能力は「薬神之秘術やくしんのひじゅつ」という治癒能力だ。他にも解毒や呪いの解除などもできる。

 代わりに彼女はサポート特化のため戦えない。攻撃能力をまったく持ち合わせてないのである。


 ルーチェを座らせ、身体をよじ登って傷の手当てを行う。優しい光だ。見ているだけでほっと落ち着く。

 周囲が作業に移るのに気づいて慌てて行動を開始した。遠くに行きすぎないよう注意を払いながら乾いた枝を集めていく。辺りでは未だ獣や鳥の鳴き声が響いていた。


(暗い所で聞くと不気味だな……)


 さっさと終わらせてしまおう。

 自然と早鐘を打つ心臓に急かされる。焦り過ぎて木の葉を踏みつけてしまった。


「おわっ」


 派手にすっ転ぶ。思いきり尻を打ちつけてヒリヒリするのを感じながら、ぶちまけた枝を集めて回った。すべて集め終わると、今度は慎重に歩き始める。

 野営地に戻ってくると準備を終えたらしい面々に出迎えられた。遅かったなと声をかけられ、近寄ってきたラオムが薪の半分を持ってくれる。


 茜晶石せんしょうせきを使って火をつけた。この石は外界で入手できる物で、衝撃を与えると火が出る鉱石だ。透き通った茜色していて美しい。

 もやはダンジョンというべき外界は便利なモノがいっぱいある。


 初めて見る鉱石に驚いたのもつかの間、ラオムが特殊能力を使って食料を取り出した。調理器具も一緒に出している。

 なるほど、道理で荷物が少ない筈だ。必要最低限しか持ち歩いていない様子がずっと気になっていた。


「便利だな。どうやってるんだ」

「ん? どう?」

「彼女に聞いても無駄ですよ。壊滅的に説明が下手ですから」


 疑問に疑問風な態度で返した少女。すぐさま横やりが入り説明がなされる。聞かれた当人は首を傾げたまま眉間にシワを作るばかりだ。本当に説明を期待できる雰囲気じゃない。

 カロスは焚火の調整を行いながら料理を手伝う。今回の料理担当はルーチェらしい。


(ん、あれ)


 本人がダメなら他に知ってそうな人物に聞こう、と思い背後を顧みる。その際にまた引っかかりを覚えた。引っかかったのは焚火を見ているカロスだ。

 何ていうか……焚火を調整する彼の手つきに少し違和感が感じられる。火にくべる薪を取る際に、少し指先が彷徨っている気がしたのだ。視線を動かし予備の薪もすぐ近くにあるのに。


「気のせいかな……」


 思わず呟く。声は小さなものだったが、カロスは耳聡く聞き取った。微かに肩を震わせる。


「ジロジロと見ないでよね。何か用ですか」


 姿勢を変えずに鋭く睨みつけてきた。今までで一番怖い。

 反射的に後退してしまう足を踏み留まって質問する。


星神種アステリアスって特殊能力を持ってるんだよね。皆の力って何なのかなって」

「会って間もない奴に教えるバカがいると思いますか?」

「もちろん無理にとは言わないよ」


 大げさともとれる態度で慌てて言い加えた。それ以上口を挟める気がしないでいると、食事の支度をほぼほぼ済ませたルーチェの笑い声が響く。


「あはは! カロス、教えてやりな」

「ちっ、仕方ないですね」


 思いのこもった舌打ちが聞こえる。彼は渋々といった体で答えた。

 まだ能力を公開していない二人について解説しよう。


 まず説明してくれている当人、カロス。

 彼の特殊能力は「花鳥ファニィアォ風月フォンユエ」という四つの特性を持つ力である。花は探知&感知、鳥は陸空での移動、風は攻撃(風)、月は反撃&反射だ。技には各々、特性に応じた文字を冠する。

 能力を聞けばわかる通り、数ある星神種の中でも非常に強い部類の力だった。


(なるほど。風使いだと思ったのは、能力の一端に過ぎなかったんだ)

「複雑そうだけど強いな」

「そうでもないさ。なっ、カロス」

「う……まぁ、そうですね」


 さすがに弱点までは明かせないらしい。当たり前だな。

 気にせずに他のメンバーの話を聞いていく。最後に未だ考え込んでいるラオムについてだ。


 彼女の特殊能力は「空間操作」である。

 名前の通り自分周囲の空間を操作できる力だ。一定距離(範囲)の制限があるものの応用が利き、空間移動に空間隔離=結界、空間圧縮など幅広い。

 こちらは純粋な攻撃能力がある訳ではないようだった。


「……特殊能力って皆こうなのかな」

「どういう意味?」


 いつの間にか身近に寄っていた少女が口を開く。唐突な顔のアップに戸惑いそっと後退さる。


「ルーチェさんのもだけど、皆強力で使えそうな力ばかりだし」

「我々の力は生物の進化の証だ。特別素晴らしいものではないさ」

「はぁ」

「そんな事よりも! ボク達の説明は終わりました。次はそっちの番です」

「ああ、ごめん。えっと……」


 食事に移りながら自分にわかる範囲で説明していく。ここにいる中で一番パッとしない特殊能力だけど、使いようによってはかなり強いと思う。強いと言うよりは便利、かな。

 もしかしたら判明していない部分もあるかもしれない。あの時まで使った事なんてなかったから。物心ついた時に発現した時ぐらいだ。


(あの時は家の中だったから本当によかったよ)


 外だったら大変な騒ぎになっていただろうな。

 あれ以来、両親からきつく禁止される事になったのだ。


「ほほう。そういう仕組みか」

「面白い力ですけど……地味」

「地味なの?」

「だって、要するに共鳴できる対象がなければ無力って事でしょうが」

「でも……一人で行動する事、少ないと思う」


 え、そうなの?

 彼らの事情はよく知らないので首を傾げるしかない。助けを求めてルーチェを見る。


「我々と言えど、外界で単独行動をするのは難しい。滅多にしない行為だ」

「うん。基本は二人一組」


 どうやら彼らも決して万能ではないらしい。人よりは強いが最強の存在ではないようだ。もっと強い印象を持っていたのが思い込みだったと知る。

 ほどなくして食事を済ませ、各々に自由行動を始めた。武器類の整備をする面々を横目にラオムへ歩み寄る。


「あの、ラオムさん」

「ラオムでいい」

「じゃあラオム。……助けてくれてありがとう」

「ん?」

「ずっと言えなくてごめん。本当はすぐ言うべきだったんだけど、タイミングが掴めなくて」


 結紘は座った姿勢で勢いよく頭を下げた。

 一方の彼女はまったく意に返した風もなく見つめてくる。本当に掴み辛い表情の持ち主だ。そっと覗き込んでくる仕草に思わずドキっとした。なんでこんなに近づいてくるんだろう。


「あの、さ。俺、男の子なんだけど……」

(勘違いしそうになるよ)


 さすがに会ったばかりの子には不味い。変な気を起こして嫌われるのはまっぴらだ。何とかして距離を保たなければ。

 けれど今回は身動きがとり辛い。座っている姿勢で間近に迫られ、前かがみになっている彼女と向かい合う形。下手に動いたらいろいろな所が当たりそうだ。


(それはそれで魅力的……って)


 ダメだ、ダメだ。こんな下心満載なんて恥ずかしすぎる。恋人どころか、友達になる以前の女子に向ける感情としては不衛生だ。なにより良心が痛む。

 動けないまま、思春期の男子らしい感情と格闘する結紘。今は何も考えるな。考えちゃダメだと自分を諭した。


 そして向こうからどいてくれないかな、と期待して視線を戻す。だが、相手はまったく離れる気配がない。どうしたらいいんだよ。


「あ、ああ。あのっ!」

「ん」


 意を決して声を絞り出した時、唐突に彼女が離れた。願いが通じたのだろうか。

 否、そうではなかった。彼女の様子を見ればわかる。平常通りのラオムの様子が、たまたまであると告げていた。


「仲間、助けるのは当然。それに……」

「それに?」

「君の珍しい、は人間の中では辛いから」

「えっと。もう少しわかりやすくならないかな」

「わからない? わかりやすく……ん?」


 ダメだこりゃ。口をもごもごさせるだけで、ちゃんとした返答にはならない。

 結紘は考えた。こうなったら自力で読解するしかない。君の珍しい、は……うーん、特殊能力の事かな。だとすると人間の中では辛いってなんだ。どういう風に辛いんだろう。

 まさか一緒にいると傷つける、て意味じゃないだろうな。だったら凄く嫌だ。俺の力で傷つく人なんて辛すぎるよ。


(でも、この先人と戦う事もあるんだよな)


 嫌な事実に思い至ってしまった。想像したくなかったよ。

 でもあり得ることなんだ、と結紘の表情に翳りがさす。急に暗くなったのを見てラオムが心配の色を見せた。大丈夫かと聞いてくる。

 結紘は「大丈夫」と生返事を返す事しかできなかった。



 そして約五日後、結紘を連れた一行は本国へ帰還するのである。

 目の前に広がる町並みに感嘆の息を零し、結紘は目の前に広がる景色にただ魅入られた。


 自分が住んでいた町は異なる自然と一体化したかの如き様式の建物。行合う人も実に光彩豊かだ。いや、今となってはかつての国なんて一つも存在していないから少し違うかもしれない。

 中でも一番驚いたのは、通りすがる人々の中に獣と言っても差し支えない者らがいた事だ。

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