アナザー02 はじめて知る世界
ラオムらに同行して外界を移動する。
少しずつ地形が変わる様を間近に見つつ、モンスターが徘徊する中を進む。正直に言ってかなり怖い。いつ襲われるかわからない状況に置かれ、今更ながらにとんでもない選択をしたものだと思う。
あの時の自分はいったい何を考えていたのか……。
(いや。そんなのはわかり切ってる)
確実に生き延びるためだ。それはよく覚えている。けれど……。
『グオォォンッ』
「ひっ」
どこからか獣らしき鳴き声が聞こえた。あまりに恐ろしい声音に「ただの獣である筈がない」と勝手な想像が働く。こんな状況だというのに、どうして恐ろしい想像ばかりしてしまうのだろう。
いいや、こんな状況だからか?
「あ、あの。皆さんの国ってどこにあるんですか? どのくらいで着くの?」
前を歩く人影に我ながら情けなさを感じる声で尋ねた。声が意図せず震えてしまう。
自分のすぐ前を歩いていた少女が足を止めず振り返る。
「まだまだ……遠い」
「遠いってどのくらい?」
「ん……どのくらい?」
考え込んだ彼女はすぐ横の少年に聞く。
カロスは振り向きもせずに答えた。
「そんなの状況によって変わりますよ。順調に進んで三日くらいでしょうかね」
「カロス、それは我々の足で言えばだろう」
今度はすぐ後ろを歩くルーチェが口を開く。彼女は殿を務めてくれていた。結紘はちょうど両者から挟まれる位置で歩いている。
聞こえて来た言葉に耳を疑う。それって結構遠いって言っているようなものではないか。
「嘘だ。まさか、こんな所で野宿なんてことも……」
「まったく煩い人ですね。つべこべ言わず歩いて下さい」
「いや、さっきからずっと歩いてるんだけど」
「物の例えです、それくらい察しなさい。その頭は飾りですか」
相変わらず辛辣な言葉をグサグサと突き刺してくる。恨みを買われる覚えはまだない筈なのに。
まだ彼の言葉に慣れていない結紘は落ち込むばかりだった。これから先、上手くやって行けるか不安でしかない。心が折れないようにするのが大変そうだ。
「俺何か君に気の障るような事したかな」
「…………」
まったく答えてくれる気配がない。後ろ姿しか見えないから表情もわからなかった。
代わりにルーチェが口を開く。
「少年、気にするな。カロスは誰に対してもあんな感じだ」
「そうなんですか」
(本当にうまくやって行けるのか)
ここまで来て選択を後悔し始めたその時――。
『ギシャア――!!』
「うわぁっ、出た」
「少年下がれ!」
「敵、排除する」
「足手まといは引っ込んでて下さい」
深い茂みの向こうから大きな体躯のモンスターが飛び出す。ルーチェの指示でさり気なくディオサが退避した。
見た目は、爬虫類っぽい。二足歩行で立つモンスターがまっすぐ向かってくる。結紘は十分な距離をとって敵と対峙した。
「あんなのまるで恐竜じゃないか」
恐竜なんて図鑑でしか見た事ない。それにモンスターと遭遇するのも生まれて初めてだ。あんなのに勝てっこないよ。
「いやいや、諦めちゃダメだ。お、落ち着け俺」
何が何でも生き延びないと。
結紘は震える足を強引に黙らせ、武器になるものがないかと周囲を探った。木の棒でも何でもいい。何もないよりはずっとマシだ。必死で探すんだ。
薄暗くて視界が悪い中、右に左にと視線を滑らせる。時より戦う皆の様子を確認する事も忘れない。こっちに向かってきたら回避しないといけないからだ。
しかし、焦りと混乱から思うようなモノを見つけられなかった。危機的状況に弱い自分を心底恥じながら探索を続ける。
そしてようやっと手近な棒を見つけた時。
「危ない。逃げてっ」
「えっ」
『ギシャアァァッ』
思わず悲鳴を上げた。すぐ目の前まで敵が迫ってきている。
(に、逃げないとっ)
そう思いつつ手にした棒を構えた。自分は何をやっているんだろう。身体が意に反した行動をとっている。なんでいうことを聞いてくれないの。
迫る敵を前に、どんなほど命令しても震える足は動かない。動いてくれる気配がなかった。頼みの力も発動してくれる様子がない。
当然だ。今の結紘は酷く落ち着きを失くしている。とても集中できる精神状態ではなかった。緊迫した状況で力が使えるほど、戦い慣れしている訳でもない。
「ダメだ。やられるっ」
覚悟を決めた瞬間、両者の間に小さな影がひとつ滑り込む。間違いなくそれはカロスだった。彼が通った場所には小さな砂煙。
小さな背中から想像もつかないほどの闘志と殺気を迸らせ、薙刀を低く構えて敵を待ち構える。瞼を閉じて視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。そして――。
「我が刃の露と消えよ。
瞼を見開き身体を捻って半回転させ、斜めに切り上げた刃が向かい来る敵を薙ぎ払う。その斬撃の様、三日月の如し。この技には風が纏われていない。
見事な反撃で反対方向に敵が吹っ飛ぶ。飛ばされた先にはルーチェの姿があった。
「ルーチェさんお願いします!」
「了解。仕留めるぞ」
「ん、手伝う」
横合いからラオムが迫る。
正面から迎え撃つルーチェは盾を地につかせて安定させた。受け止める気だ。固定した盾を若干仰け反らせる。
――ガンッ。
「ぐっ、せいっ」
鈍い音を立て、重さのかかった盾ごと敵を上に飛ばす。敵が浮かび上がった一瞬を狙い反撃に出た。
ルーチェの手が光の粒子を集め瞬時に剣を生み出す。彼女の特殊能力「
同時にラオムも渾身の一撃を叩き込む。空間にトンネルを作り、瞬間移動をして素早い連続攻撃を繰り出した。
直後、ルーチェの攻撃も加わる。光の剣は自在に伸縮してしなやかな刃で切り刻む。アレでは剣というよりも鞭だ。
「これでとどめだ。ラオム、カロス!」
「はい」
「うん」
一度着したラオムと走り込むカロスが返事する。
ルーチェが長くしなる刃を一度後方へ下げ、振り抜く。敵に向かう刃は無数の糸へと形状を変えて動きを封じた。バランスを崩した体躯が激しい音を上げて地を滑る。
『ギシャアッ』
「はあぁっ」
「ふんっ」
ラオムとカロスの攻撃が交差。同時にヒットする。
最後の足掻きをしていたモンスターが息絶え地に伏した。
動かなくなった敵を遠くで見つめる結紘。すっかり腰が抜けてしまっている。その体たらくを見たカロスが一言。
「無様ですね」
そう言った。蔑んだ、というよりは失望した感じの声音だ。
(まったくその通りだよな)
何もできなかった。返す言葉がなくて俯く。こんなにも情けなくて、弱くて、ちっぽけだ。抗う事すら、敵の攻撃から逃れることすらできなかったのである。
戦力外以上の結果に唇を噛みしめるしかない。力なく座り込んだまま、自分の無力感に打ちひしがれた。
「今からでも引き返すか?」
ルーチェの声が降ってくる。帰るか、と聞いて来た。
本当ならそうしたい。けど……なんだか負けたようで嫌だった。いくら彼らが普通じゃないにしても、もっとできることがあった筈だ。
静かに決意を固めて立ち上がる。意識的に足へ力を送り、地面を踏みしめた。
「いや、帰らない。どの道自力じゃ帰れないし……」
一度深呼吸をする。気持ちを落ち着かせてから口を開く。
「戦うのは正直嫌だけど、それでも……皆さんと行かせてください。強くなって見せますから!」
渾身の気持ちを込めて言い放つ。これが今の全力で本心だ。
まだまだ知らないことが多すぎるけど、今はっきりと道が定まった気がする。少し流されている感はあるが気持ちは変わらない。
一連の様子を見ていたルーチェが微笑み、ラオムもまっすぐとこちらを見ている。カロスは物調面のままだ。
「よかろう、良い心構えだ。改めて一緒に行こう」
「はい!」
「ん、いろいろ教えてあげる」
一通りの顔を見た結紘は最後に少年に視線を向ける。今の所、一番身構えてしまう相手だ。
彼は表情はそのままに、チラリとこちらを見てすぐに反らした。薙刀を強く握り直してボソリと言う。
「好きにすれば」
「そうさせて貰うよ」
「ふんっ」
「よし。話も決まった所で移動するぞ」
物陰に隠れていたディオサが合流し、ルーチェの仕切りで再び歩き出す。どこかに野宿できる場所がないか探すのだ。見上げた空はすっかり暗くなっていた。
十数分後、手頃な場所を発見した一行が野営の準備を始める。本来は暗くなる前にやるのだが、今回は不測の事態もあり遅くなってしまった。まぁ、こんな時もあるさと各自作業していく。
まず最初に行ったのは安全地帯の設置である。
「安全地帯の設置ってなんでするんだっけ?」
「はぁ、そんなことも知らないんですか。本当にその頭は飾りなんですねぇ」
「うぐっ……」
隙あらば辛口発言をしてくるカロス。言葉の棘が小さな痛みを伴う。それでも素直に「教えてください」とお願いすれば、案外丁寧に教えてくれた。
「外界の地形は時間の経過とともに変化します」
「うん、それは知ってる」
「当然野宿している間も変化は起きていて寝ている間に別の場所になっていた、なんて事態になりかねません」
「た、確かに」
素直に頷いて見せる結紘に、彼は少しだけ表情の緊張を解いて続ける。少しだけ柔らかい感じの面持ちになった。
「下手をしたら地面が割れて真っ逆さま、も起こり得るんです」
「……怖いなソレ」
「だからこそ安全地帯を設置する必要がある。要は地形が変わらないよう一時的に固定するんですね」
「うんうん」
「頷いてますがちゃんと聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。続けてくれ」
安全地帯を作る方法は二つある。
一つは道具を用いて固定する方法、もう一つは三人以上の特殊能力を合わせて生成する方法だ。言うまでもないが前者は人間側が、後者は星神種にしかできないやり方である。
正確には前者は星神種でもできる方法だ。しかし、専用の道具が必要で作るにも技術がいる。結果的に特殊能力を使ってやったほうが楽なのだった。
「地形を固定する道具は町作りをする上でも基礎ですよ。どの町にも大型の安定装置があるというのに……」
「あはは。ごめん、忘れてた」
「本当に頼りにならない。もやし以前の問題ですよ」
頭痛を催した様子で眉間を押させる彼に申し訳なく感じる。
話を聞いてみれば授業で聞いたことのある内容だった。当たり前すぎて抜け落ちてしまっていたのだ。安定装置があるおかげで町が成り立っているのを忘れるとは、我ながら感覚がマヒしているよ。
結紘は大いに反省するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます