アナザー

アナザー01 人間をやめた少女

(確実に生き延びるためには、やっぱりこっちだ)


 結紘は気持ちを定めて迷わず足を踏み出した。攻撃の巻き添えを受けないように気をつけながら少女のもとへ走り寄る。


「俺、君と行くよ」


 そう声をかけた相手は、金髪の少女だった。

 彼女はこちらをチラ見して小さく頷く。視線は対峙するもう一人に向けられたままだ。


「わかった。貴方、連れて行く」

「ちょっと、どうしてそうなるのよ! 人類裏切る気!?」

「そう言われてもこっちだって命がけなんだ。仕方ないだろっ」


 飛んで来た言葉に思わず反論し、さり気なく少女の後ろに隠れる。情けないけどこっちは丸腰だ。幸い少女は気にした様子もなく庇ってくれた。

 そっと後ろ姿を見る。こんな荒れ果てた場所に立っている姿すら美しい。外光を浴びた金髪が輝いていて綺麗だ。彼女は体術を使う拳闘士スタイルらしかった。


 怒り心頭といった雰囲気の少女が襲い掛かる。

 銃剣を振りかざし、距離をとっては銃弾を浴びせ、金髪の彼女の攻撃を受け流す。白熱した戦いが繰り広げられる中、不意にあらぬ方向から声がかかった。少年の声だ。


「ラオムさん、何やってるんですか」

「ん、カロス」


 継戦しながら会話は続く。

 結紘が声のするほうを見やれば、上階からこちらを見下ろす小さな人影が見えた。やっぱり少年だった。小学生くらいの男の子だろうか。どうやら彼女の仲間っぽい。


「撤退命令が出ました。そんな珍竹林は無視して戻りましょう」

「ち、チンチクリンですって!!」

「あ、間違えました。無駄にうるさい……猿?」

「誰が猿よ! 失礼にも程があるわっ」

「……確かに失礼でしたね。猿に」

「ムキィーッ」

(うわぁ……)


 わざと聞こえるように言っている少年。なかなかにえげつない。

 凄まじい貶しっぷりに、ラオムと呼ばれた少女は「怒らせるのダメ。面倒になる」と制止した。もう手遅れだと思うのは自分だけだろうか。

 ますます逆上して過激になる敵。あれはあれで、冷静さを欠いているからいいのかもしれない。けれど何をしてくるかわからない怖さがある。


 敵の銃剣が徐々に熱を帯びていく。

 危険な気配を感じて身構えるラオム。離れた所にいる少年カロスは余裕そうだ。


「これでもくらえっ」


 熱気で揺らめく刃を大きく振り上げ、勢いよく降りぬいた。中距離から強烈な熱の刃が飛ぶ。彼女の武器には何か特殊な力が備わっているのは明白だった。

 周囲の瓦礫を燃やしながら向かってくる。


「ああぁっ」


 小さな悲鳴を上げる結紘を、身を翻したラオムが抱え込む。直後、彼女の瞳が輝き、二人の姿は熱の刃が起こした爆発の中に消えていく。



「あ、れ?」


 次の瞬間、結紘はラオムに抱えられ上階にいた。視界の端、ラオムの隣にはカロスがいる。


「ラオムさん、そのもやしっぽいのは何ですか」

(もやしって俺のこと、だよな)


 なんて失礼な。確かに少女に庇われている体たらくだけど。

 でも、もやしはない。抵抗の意味も込めて相手を睨む。しかし、彼はまったく気にしていない様子だ。一方でラオムは感情の読めない表情で口を開く。


「もやし? ううん。今回の戦利品」

「戦利品、ね。まあ良いですけど……急ぎましょう」

「うん」

「えっ、おわっ!?」


 脇に抱えられたまま飛び退る。白煙を上げた中を移動する影。二人は常人離れした身体能力で颯爽とその場から撤退するのであった。



 ――バシャンッ。

 突然、冷たい感覚が結紘を襲った。


「うわぁっ」

「あ、起きた」


 慌てて飛び起きると全身びしょ濡れ。傍には容器を抱えたラオムの姿がある。間違いなくこの状況は、水をかけられたと判断。


(うわ……下着までぐしょぐしょだ)

「もう何するんだよ!」

「ん、目覚し」

「人起こすのに水かけるとか、昔のフィクションじゃあるまいし」


 マジで勘弁して欲しい。

 気落ちする間もなくくしゃみが出る。風が当たって寒い。


「カロス、乾かしてあげな」

「ええ!? こいつの為にボクの能力使わせる気ですか」


 他の人の声がして確認する。さっきまで気づかなかったが、彼女の近くには先ほど見た少年と見知らぬ女性が立っていた。少年のほうは近くの横倒しになった石柱の上に腰を下ろしている。

 カロスと呼ばれた少年が小言を垂れながら、渋々歩み寄ってきた。


(ん? あれ、何か……)


 カロスの歩き方に違和感を覚える。何が、とはっきりは言えないが若干普通と違う。


「ルーチェさんに言われたから特別です。勘違いしないで下さいね」

「え、ああ。ありがとう」

「ふん」


 彼が手の平から風を起こして翳してくる。柔らかい風が結紘の全身を優しく包み、完全に濡れていた衣服や髪を綺麗に乾かしてくれた。彼は風使いなんだな。なかなかに器用そうだ。

 寒さを感じなくなって少し落ち着いたのか、改めて周囲にいる人らに目を向ける。自己紹介も前なので結紘の視点ではわからない部分もあるが、一応すべて伝えておこう。


 まずカロス。歳は13歳、身長は134.5cmの華奢で小柄な少年だ。顔立ちも大分童顔である。

 髪は紫黒色で毛先のほうが緑色をし、瞳は綺麗な青紫。肌が白い。左利きだ。棘のある表情でこちらを睨んでくる。手には薙刀を所持し、中華風の衣装を着ていた。

 気になるのは彼の瞳がこちらを見据えていない事だ。目を反らされているのだろうか?


 次にルーチェと呼ばれた女性。外見の年齢は20代半ばで、身長は170.0cmと高く真面目そうな印象を受ける。セミロングの髪は琥珀色、瞳はレモンイエローで肌は褐色。長くはないが耳の先が尖っている。

 唇が少し厚めでなかなかに色っぽい部分がある。右利き。こちらは軽装だが鎧を纏い、武器らしい物は所持していない。強いて言うなら盾だろうか。


(あの人はエルフっぽい感じだな)


 最後にラオム。身長は160.5cmで髪や瞳の色は省く。年齢は17、いや人間ならまだ16歳か。

 肌は白い。左利き。大人しそうな印象を受けるが、水をかけて来るとか戦闘の様子を思うに結構激しそうだ。それに話し方が少し特徴的かな。

 まあ、こんな所だろう。あくまで外見的な部分だけど……。


(個性的な面子だなぁ。もしかして選択間違えたかも?)

「さて、と。君の話はラオムから聞いている。近くでよく見させて貰うよ」

「は、はい」


 結紘は下手に逆らわず頷いた。長靴を踏み鳴らしてルーチェが近づいて来る。

 眼前まで迫った彼女は、片膝を地につき結紘の顎を掴んで瞳を覗き込む。しばらく視線を逸らせずにいると、今度は全身をじっくりと眺めて小さく唸る。

 緊張で身体が強張るのを感じながらただ待つ他なかった。やがて――。


「なるほど。興味深い例だな」

「ルーチェさん何かわかったんですか?」

「大体はね。非常に珍しい存在だよ」

「ふーん。ボクには頼りないもやしにしか見えないけど……」

「特殊な個体とは大概そういうものさ」


 無暗やたらに力をひけらかす輩よりはずっといい、と彼女は言った。

 どうしよう、全然意味がわからない。


『ルーちゃん、そろそろ戻らないと』

「え、今の声何!?」


 唐突に響いた謎の声。直接頭に響くような女の声だった。周囲を探すが、声の主らしき人物は見当たらない。いったいどこから聞こえているのだろう。

 すると、ルーチェが大きな笑い声をあげた。


「すまない。驚かせてしまったな」

『ワタシはここよ』


 そういって目の前に小さな影が降り立つ。その姿にまたもや驚いた。


「ええっ、シマリス!? 動物がしゃべった!」

『初めまして』


 派手にひっくり返った結紘を見て更に笑うルーチェ。腹を抱えて苦しそうに声を上げている。

 ひとしきり笑い飛ばした後、彼女の指示で全員が自己紹介を済ませた。


 結紘を大いに驚かせたシマリスは、名をディオサと言った。

 毛並みは純白で瞳は赤紫。身体の大きさは頭から尻尾まで入れると大体30㎝くらいか。大きさは一般的なリスっぽい。声の感じからおそらくメスなのだろう。

 彼女はゆったりとした口調とは裏腹に、素早い動きでルーチェの肩まで登って行く。あそこが彼女の定位置のようだった。普通のリスでないのは明白だし、アレも星神種なのだろう。初めて見たよ。


(いやいや、星神種自体に会うの初めてじゃないか。何思ってるんだよ俺)

「何一人で百面相してるんですか。趣味なんですか?」

「そんなんじゃないけど……」

(なんかカロスって子、言い方キツイな~)


 警戒しているにしても棘々し過ぎているような……。嫌われているんだろうか。会ったばかりの人に嫌われるってどんなだよ。ちょっと落ち込むなぁ、なんて結紘が感じていると声がかかる。


「さぁ、我々もそろそろ国へ帰るぞ。君も来い」

「はい、もうどうにでもなれって感じです」


 どの道、こんな所に一人放り出されても困る。結紘は今いる現在位置すらよくわかっていなかった。ただ一つわかるのは、ここが町や都市の中ではないという事だ。下手したら現在進行形で変動し続ける外界である可能性もある。むしろそっちの方が可能性が高い。


 外界は時間の経過とともに地形が変化し続けている。モンスターも徘徊し、人間が普通に生き延びられる環境とは言い切れなかった。わかりやすく言えば、不思議のダンジョンだ。

 現状では、人間が安全に生活できる土地は限りなく少ない。モンスターのほうが人類よりも圧倒的に多い時代なのだ。


 いつだったか、ニュースなどで知った情報が頭を次々と通り過ぎていく。辺りも大分暗くなってきたし、今は従うしかない。

 結紘は歩き始めた彼らの後を、急いで追いかける事にするのだった。

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