メイン03 抵抗の末に……
能力は使うなと言われていたから怒られる。ああ、ヤバいよー。
一人で頭を抱えている結紘の様子に、桧杜は苦笑いし虹雛は意味がわからないといった表情をした。
「変な奴ね。そんなに慌てる事なの」
「慌てる事だよ!」
「あはは、大変そうだね。こっちもご両親には悪いと思ってるよ」
「え、俺の両親を知ってるんですか?」
なにやら納得した様子の彼に今度はこちらが疑問に思う。
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それは昨日の事。
「隊長、無事に送ってきましたよ」
「ああ。ご苦労さん」
結紘を自宅に送ってきた桧杜。
各部隊毎に用意されている部隊室に戻って通常業務に戻る。
「うーん、界導……どこかで聞いた覚えがあるんだよねぇ」
「何よ。まさかまた女絡みじゃないでしょうね」
「そんな訳ないでしょ。僕には可愛い妹……ごほんっ、何を言わせる気だ」
「勝手に言ったんじゃない。ホント、相変わらずよね」
作業の合間に関係のない話で盛り上がってしまう。ちなみに今室内にいるのは三人だけだ。彩乃は先に帰らせてある。彼女はまだ中学生なので休日の勤務時間は午後五時までだ。
それでも彼女は、本日分をきちんと終わらせているので全然困らないが。時刻を確認した隊長が虹雛に声をかける。
「午後8時だ。虹雛は上がっていいぞ」
「わかりました。では、お先に失礼します」
「ヒナちゃんばいば~い」
「お疲れさまでした」
高校生の彼女も休日は午後六時までだ。これ以上の勤務には手続きが必要になる。日曜日はどの学校も休みなので基本的に朝から詰めているのだ。
大人組は八時頃まで続く。早い日は七時くらいで上がれるが、遅くなる日は九時以降になる事もあった。まぁ、深夜を越えるような事態は早々起きやしないが……。
部屋には男二人が残される。非常に静かだ。
「やっぱりどこかで聞いた事があるんだよな」
「まだ言ってるのか」
「いや、だって結構珍しい字だし」
「そんな事言ってねーで、さっさと資料を確認しろ」
「はい。……あっ」
こちらに目を向けた里道に「何でもない」と会釈を送り、取り寄せたばかりの資料に目を落とす。
資料の内容は本日保護した結紘に関するものだ。余程の事がない限りは個人資料は調べないが、今後の事態に備えて必要と判断されたので仕方ない。
桧杜は資料に記された文字を追って納得がいく。
資料には、結紘の両親についての記載があった。その人物の一人が以前耳にした人物だったのだ。思わぬ所で繋がっていたものだ、としみじみ思ったのである。
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驚く少年に桧杜は答える。
「もちろん。界導教授にはいろいろとお世話になっているよ」
「母さんのほうですか?」
てっきり父親のほうかと思った。
母親の研究機関が彼らと関係があると聞いた覚えはない。まぁ、普通に考えて言えるような内容ではないと思うが……。
「そうだよ。教授のおかげで僕達は戦えているようなものだし」
「そうだったんだ。知らなかったよ」
割と仕事に関しては秘密の多い両親だから初耳だ。本当に簡単にしか聞いていなかったのである。
戸惑う結紘は、彼らの誘導で安全な場所に移動していく。
「早いとこ受け入れちゃいなさい。武器を持たないでうろつくなんて、殺して下さいと言ってるようなものよ」
「ヒナちゃん、普通は違うからね」
「だいたい、あんな事があって命を狙われるとか考えないコイツが悪いのよ!」
「声が大きいよ。一般人がいるんだから抑えて」
「ふん。周りに人なんていないじゃないっ」
「…………はぁ」
すぐ横で問答を繰り広げている二人を横目に街道を歩く。話に割り込む隙が無い。
むしろ会話に加わりたくないな。あまりにも物騒な単語が飛び交っているから。彼らが護衛してくれていたのは心強いけど、これはこれで目立つような気がする。
やっぱり提案を受け入れるしかないのか。いやいや、まだ結論は出さない。平穏を諦めてたまるものか。
耳の痛い会話が続く中で歩き続け、気がつくと自宅の手前まで来ていた。なんとか五体満足で帰ってこれた訳だ。ほっと胸を撫でおろし、結紘は傍らの二人を顧みた。
「あの、今日はありがとうございました。俺はこれで失礼します」
「ちょっとまだ話は……」
「うん。それじゃあまたね」
まだ何か言いたげな虹雛を半ば強引に諫めて去って行く。離れていく最中、チラチラとこちらを振り返って睨んでくる彼女が怖い。けど我慢だ。俺は、あんな眼差しに屈しないぞ。
簡単に降参してたまるか、と気合いを入れて自宅の扉を潜った。
結局その夜、帰宅した父親にこっぴどく絞られる羽目になる。
翌朝からは本当に大変な日々が続く。
授業中だから人目もあるし大丈夫だと思いきや、さり気なく事故を装って危険が迫る。
一番危なかったのは体育の時間だ。用具が倒れたり、変な物が混ざっていて当たりそうになったりした。挙句の果てにはすれ違う人に殺されそうになる始末。
登下校中はもちろん、ちょっとした外出に至るまで騒動が続いた。
車が突進してくるは、通行止めで迂回すればマンホールの蓋が開きっぱなし。ご丁寧にそこには泊ケ山まで設置されている。
工事現場の近くを通ろうものなら狙いすませたよう鉄骨に落下。
「はぁ、どうなってるんだよ」
必死に暗殺を逃れて愚痴る結紘。
雑過ぎる。途中から暗殺の仕方が冗談めいていて、ギャグなんじゃと思えるくらいだ。直接襲われるのは恐ろしいが、さり気なく狙われるのも気が休まらない。助けてくれる人がいるとはいえ、さすがに疲れてきた。
「もう……無理だ」
降参だ。一週間くらいは粘ったがもう限界だった。
もはや楽しんでいるのではと疑う罠の数々に、とうとう根を上げる。結紘は疲れきったその足で、以前訪れたArzu本部へ向かう。
「そうか、これからよろしく頼む。協力、かんしゃするよ」
「……はい。よろしくお願いします」
突然の来訪だったのにすんなりと局長に会わせて貰えた。待ち構えていた、という感じだ。
身の安全、というか日常を条件に申し出を受け入れる。ようやく決心をつけてくれた、と先方は大喜びだったがこちらは最悪だ。既に疲れ切っていた何も考えたくない。
辛うじて一言を絞り出し、結紘は迎えに来た里道に連れられて第三部隊の部隊室に通される。
「ふっふふ、ようやく観念したようね」
扉の向こうに入ると、仁王立ちした虹雛が待ち構えていた。勝ち誇ったかの如き顔でこちらを見据えている。見ていると凄く悔しくなった。
拳を握りしめたい衝動を抑えて丁寧に向き合う。そして一礼。
「これからよろしくお願いします!」
「ええ、ビシバシ行くわよっ」
「お、お手柔らかにお願い……します」
涙目になりそうな顔を根性で捻りつぶして笑みを浮かべる。ダメだ、拒否反応の所為か苦笑いしか浮かばない。
なんとも面白い? 状態で睨み合う二人を見かねた桧杜が間に入った。
「はいはい。ヒナちゃん、あまり追い詰めないで上げてね」
「ぶー」
「結紘くん、こちらこそよろしくね」
「は、はい。沖田さん!」
「名前でいいよ。堅苦しいのは苦手だし、苗字だと……ちょっとイメージがね」
「はい。桧杜さん?」
何を気にしているのか知らないが、言われた通りにすると優し気に微笑んでくれる。
これから一緒に行動するメンバーを見回して結紘は見据えた。この先に訪れるであろう現実を。
その後は数日の間、いろいろと忙しい状況に置かれた。
「はぁ、まさかたった一週間で転校する羽目になるとは……」
Arzuの特別隊員となった結紘は、今後の事も考え理解のある学校に転校する事になったのだ。
一般の生徒も通っている学校だけど、授業は単位制で生徒側が時間割を選択する仕組みになっている。まぁ、大学みたいと言ってしまえばそれまでだが、このタイプの授業形式をとっている高校はここだけである。少なくてもこの町では。
急な途中編入だったのである程度はArzuが保証してくれた。けど、心が追いついていない。
(そりゃ、任務とかで遠出する事も考えれば仕方ないんだろうけど……)
任務の度に欠席していては出席日数とか、いろいろヤバい事になるだろう。可能な限り自由が利くようにという配慮なのもわかる。学校側もそのほうが多少は楽になるというモノだ。
なによりいちいち長い説明をする必要がない。諸々の事を手短かに済ませられる。
「父さん、複雑な顔してたな」
(無理もないけど)
母親のほうは「じゃあいずれ会うかもね」なんて気楽な事を言っていたけど。今更な気もするので特に気にしていない。
結紘は午前の授業を終えて午後は本部に行った。今日は午後から任務があると聞いているからだ。
本部、第三部隊、部隊室。
入室して挨拶を済ませた彼を待っていたのは研究機関へ向かい、戦闘訓練を受ける事だった。どんな任務かと身構えていたのに拍子抜けだ。
別に訓練がどうとか言う訳でない。ただ任務と聞いていたから驚いただけである。
(てっきり、もっと実戦的な事をやるのかと思ってたよ)
考えてみたら自分は戦闘経験なんてほぼ皆無だ。いきなり戦えと言われても無理な話である。戦う以前に、まだ自分の武器を持っていなかった。話になる云々以前の問題だろう。
でも、ちょっと気になる事があった。
「あの。質問いいですか?」
「ああ」
「なぜ戦闘訓練を研究機関でやるんですか」
戦闘訓練をするならここでもいい筈だ。道場なり、訓練場なりがある筈である。
里道は最もな疑問だと頷き、丁寧に教えてくれた。
「我々は機動部隊という役割に所属しているが、機動部隊の戦闘員になる者はある条件が課せられる」
「じょ、条件?」
「そうだ。その条件とは、個人専用の武器『
「え……」
なんだか引っかかる言い方だ。まるで普通の人には使えない、みたいな。
その疑問には桧杜が補足してくれる。
星装器は対モンスター、または星神種に対抗する事のできる武器類。
素材自体が彼らを研究、外界からもたらされたモノである。ただし使い手を選ぶ。適合するように作られるが、きちんと使えるかは制作時の試験や完成後の調整で判明するのだ。
つまりは素質があっても、上手く適合するかは出来上がってみないとわからない。さらに言えば、適合する素質がなければ武器を使えないのである。
「本来なら適合するかを試験してから配属先が決まるんだけど……」
「それって……もし適合しなかったら……」
「前線では戦えないって事ね」
背後から聞こえた声に振り返った。
視線の先にはたった今来たばかりといった体の虹雛がいる。彩乃は学校でここにはいない。
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