メイン02 狙われた命

 すっかり辺りは真っ暗で、結紘は送って貰い帰宅する。

 疲れ切った足取りで玄関の扉を開き中へ。


「ただいま」


 返事はない。気にせずリビングまで行くと電話が鳴った。電気がついているリビングの壁際にある電話に向かう。受話器を手に取って応答すると女性の声が聞こえた。


「もしもし結紘?」

「そうだよ、母さん。何」

「ああうん。今日もね帰れそうにないわ~」

「なんだ、そのことか。別にいいよ」


 全然気にしてない。今となっては日常通りだ。

 彼の母親、界導 明美あけみは研究者である。四〇歳である以外、外見の説明は今は省く。今わかって欲しい事は、この家で一番滞在率が低い人物だという事だ。

 今は忙しくしているが、それでも結紘が中学生になるまではできるだけ家にいてくれた。さすがにもう平気なので彼女は研究室にいるほうが多くなっている。帰ってこない事なんて慣れっこだ。


「学校はどうだった?」

「何言ってるんだよ。今日は休日」

「アレ、そうだっけ」

「もう」


 他愛もない雑談をしている所に父親が入ってきた。恰好から風呂上がりだとわかる。

 湯気が立ち上った髪を吹きながらドライヤーを探す。また忘れたらしい。本当にうっかり別の場所に持ち出してはよく忘れるのだ。

 父親は息子の様子を見て口を開く。


「もしかして母さん?」

「うん、そう。今日も帰れないって」

「了解。そんな事だろうと思ってたよ」


 電話を父親と変わり、自分は夕食の支度を始める。殆ど出来上がっている状態だったので温めるだけだ。ちなみに我が家の家事は当番制である。

 母親があの通りだし、父親も基本的に忙しいから空いている日は殆ど自分でやっている。両親が家事をしてくれるのは時間がある時だ。まぁ、当然だな。

 父親が電話を終えてドライヤー探しを再開する。


「ドライヤーどこだったかなぁ」


 そんなことをぼやきながら戸棚を漁っていた。

 結紘は支度をしながら答える。


「そこにないならテレビの傍じゃないか? 紙入れ籠の中に入ってるだろ」

「ああ。そうかもな、どれ」


 言われて移動し、テレビ近くに置かれた籠の中を調べる。雑誌や新聞とかが入っている籠だ。しばらくして「あった」と声が聞こえる。想像通りの展開だった。

 早速ドライヤーを使う彼を横目に見ながら食器を並べていく。


「本当、いい加減変に持ち歩く癖直しなよ」

「ははは……それができたら苦労しない」


 苦笑いを浮かべる父親。ダメだな、こりゃ。

 そんなこんなで時間を過ごしてその日はゆっくり休んだ。食事の最中、テレビをつけると夜のニュースがやっていて大騒ぎになった。例の事件が報道されていたからだ。

 ベッドに入ると思っていた以上に疲れていたらしく、その晩はぐっすりと眠りに落ちるのだった。



 翌朝、いつも通りに学校へ行った結紘。その帰り道。

 季節は春、並木道を飾る桜が美しい。通学路の途中にある川沿いの道を進んで舞い散る花弁を見た。ああ、平和だなぁ。


「昨日の事が嘘のようだ」


 足を止めて川を眺める。昨日の出来事が夢だったらよかったのに、と思いつつ考えた。


 ――君に、我々の任務全般に協力して欲しいのだ。

 ――君に我々の手助けをして欲しいと言ったんだよ。特別隊員としてね。


 脳裏で再生された言葉。まさか高校生になったばかりで、あんな事を言われる事態になろうとは。

 いやいや、世の中にはそういう人もいると思うよ。実際、出会った少女達も同年代らしかったし。それに確か「Arzu」って15歳以上なら戦闘員として活躍できるって聞いたような……。


「いやでも、ないな。俺、普段は身体能力も並だし。それに……」


 戦闘能力はおろか、人前で能力を使うのだって嫌なのに。


(そりゃ、あの時は非常時だったけどさ)


 仕方なかったとはいえ、何であんな事しちゃったんだろうと後悔してるんだ。人を助けらたのには後悔してないけど、結果的に面倒な事に巻き込まれちゃったし。

 変わった武器を振り回す人達に目をつけられたのは辛い。何とかして諦めて貰えないかな、と考えていると――。


 ――パキンッ。


「えっ、うわ!」


 寄りかかっていた鉄柵が寸断された。鋭利な刃物で切られたようにスッパリだ。バランスを崩し、危うく川側に転落しそうになる。

 全神経を集中して踏みとどまり逆方向に身体が傾く。今度は踏みとどまれずに尻もちをついた。痛む尻を擦っていると、眼前にある鉄柵の上に人影が降りる。かなり小柄だ。


「ちっ、しぶとい奴ですね」

「君は誰!? 今のは君がやったのか」

(ていうかこの人、薙刀持ってる!)


 こんな町中で武器を持っているとか普通じゃない。見た目は子供だが明らかに危険人物だ。

 しかも激しく舌打ちしてこちらを睨んでくる。めちゃくちゃ怖いよ。殺意がひしひしと伝わってくる。直感した瞬間、結紘は身体を起こして走り出した。相手を追及している場合じゃない。


「カロス、しくじった」

「ちょ……こっちにも。て、君はっ」


 昨日の金髪少女だ。え? さっきの黒髪少年と仲間なの。

 背後から先ほどの少年が迫る。


「少し手元が狂っただけです。今仕留めます」

「ええ!? 今仕留めるって言った」


 冗談じゃない。結紘は危険を承知で車道側に飛び出した。この辺りは車どおりが少ないから運が良ければ引かれないだろう。それよりも今、最大の危機は背後の危険人物達だ。


(何としてでも逃げ切るぞ!)


 こんな所で死んでたまるか、と必死に足を動かした。角や回り道をフルに活用して敵を負けないかと試みる。しばらく進んだ所でふと背後を顧みた。現在地は路地を抜けた通りの所だ。


「はぁ、はぁ。大分走ったけど、巻けたかな?」

「浅はかですね。君はバカなんですか」

「嘘、回り込まれてる」


 なんて奴らだ。全然引き離せていない。

 しかし一人足りないぞ。少女のほうはどこに行ったんだろう。周囲を確認しようと首を回しかけた時、気配もなく背後から羽交い絞めにされる。触れる感触から相手が女だとわかった。

 女の力なら、と抵抗を試みるも相手の力は意外と強い。本気で抵抗しても抜けられる気がしなかった。


(あんな華奢な身体のどこにこんな力がっ)

「捕まえた。ねぇ、貴方本当に来ない?」

「何、言ってるんだ。当たり前だろ……」

(正体の知れない連中についていくバカがいるか。相手がどんなに可愛い女の子だったとしても!)


 最後の通告とばかりに告げられた言葉に即答を返す。

 すると彼女は少しがっかりした様子で前方の少年を見た。拘束がさらに強まり思わず悲鳴がこぼれる。


「残念。危険分子は排除、言われた。だから……カロス」

「ええ。しっかり押さえておいてくださいね」

(うわぁ、ちょっと待って。ひょっとして俺、選択ミスった?)


 やられる、と瞼を閉じた。直後、背後にいた少女が唐突に離れる。すぐに前方から金属がぶつかる音が聞こえた。

 恐る恐る瞼を開けると、虹雛と桧杜が敵と対峙している。後で知った事だが、結論が出るまでの間彼らがこっそり警備&尾行をしていたらしい。


「ふふふ、また会ったわね」

「会いたくなかった。邪魔、もの」

「邪魔はそっちよ!」


 少女の拘束から結紘を解放し、女同士で対峙する虹雛。

 もう一方では桧杜と少年が睨み合いを繰り広げていた。一色即発の空気が流れる。


「まさか昨日の今日で騒ぎを起こすとは。今までとは随分と違うんだね」

「こちらにも事情があるんです。お忙しいようなら邪魔しないで下さい」

「そうはいかない。目の前の殺傷は阻止するよ」


 武器を構えたまま会話している。凄いな、俺にはそんな余裕ないよ。

 気合いがかち合った時、両者の刃が火花を散らす。どちらも引き下がる気はない。一歩も引かぬ攻防が続いた。


「目的の障害と確認しました。面倒なので一緒に始末します」

「了解。第一目標を変更……はあっ」

「くっ、この程度? えいっ」


 純粋な近接戦闘を繰り広げる少女達とは別に、桧杜のほうは変化球のような戦闘が繰り広げられる。


 風を操る攻撃を避け、腰から下げたケースから何か丸い物体を飛ばす。敵が薙刀でソレを弾いた瞬間、今度は右手から小さな短剣を飛ばした。地面に突き刺さったモノを見て戦輪だったとわかる。

 短剣は細い糸がついていて自在に引き戻しが可能だ。攻撃の間を縫って迫る敵の刃を伸ばした糸を張ってガード。かなり丈夫な糸のようで切れない。


 少女達のほうも白熱していた。

 拳と剣がぶつかり合い、受けきれない攻撃は回避。銃剣を使う虹雛も巧みに体術を組み込み、隙をついて敵に蹴りを入れる。あんな大きくて重そうな武器を持っているのに動きは素早い。

 戦況も拮抗していて戦闘力の高さを見せつけている。


「もう面倒ね。こうなったら!」

「待て。それは不味いっ」


 虹雛の持つ銃剣が熱を帯び始めた。

 それを見た桧杜が制止するも、敵の攻撃に阻まれ応戦せざるを得ない。


「くらいなさい。ブレイドヒート!」

「あっ」


 大きく振りかぶった剣身から熱の刃が放たれる。刃は敵目掛けて飛び、周囲の障害物を焼き払って直撃した。刃が通った後に黒い焦げ目が残る。


「やった……あっ」

「やれやれ世話が焼けますね」

「ごめん、なさい……」

「まぁ、いいでしょう。いったん退きますよ」


 敵の攻撃から仲間を救い出した少年。

 弱弱しく頷く少女を連れて去って行く。勝利を逃し、追跡を要請する桧杜。虹雛がこちらに近づいて来た。


「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「危なかったね。怪我はないかい」

「はい。ありがとうございました」


 それぞれに礼を言う。彼女は口をへの字に歪めて文句を言ってくる。


「まったく余計な仕事を増やしてくれたわね。こっちも忙しいのよ」

「え、はい。すみません」

「謝らないで。余計に困るわ」

「じゃあなんて返したら――」

「簡単よ。とっとと仲間に加わりなさい!」

「それは嫌だっ」


 さも当たり前とばかりに言ってくる彼女に即答した。確かに面倒をかけたのは悪かったと思う。けれどそれとこれとは話が別だ。

 二人の間で入れ、入らないの言い争いが勃発する。いつまで経っても続きそうな予感を感じた桧杜が間に割り込んだ。


「まぁまぁ、ごく一般的な人としては普通の反応だし。その辺にしてあげようよ」

「どこが普通なのよ。あれだけの力があって協力を拒否るとかあり得ないわ」

「力があるから嫌なんだよ。人に見られるんだぞ!」


 そりゃあ、そっちは武器だからいいよ。でも俺のは違う。力を使っている所を見られたら、マジで平穏な生活が壊れる。


(それ以前に力を使うのだって禁止されてるのに……あっ)

「しまったぁー!!」

「ひえっ、な、何?」

「どうしよう。今日父さんは仕事だった筈」


 バレる、確実にバレる。

 ニュースでは報道されない情報も、父親の仕事先では知ることができるのだ。あんまり仕事の話をしないから忘れかけてたが、結紘の父親はArzuの関係者である。

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