メイン

メイン01 人間として生きる少女

(早く、早く決めないとっ)


 この期に及んで迷っている自分にイライラする。こんな時くらい即決できればいいのに。


「きゃあぁぁぁっ」

「はっ!?」


 悩んでいると、唐突に少女の悲鳴が木霊した。茶髪の子のほうだ。

 急いで状況を確認すると、彼女はもう一人の攻撃に対して受け身になっていた。目にも止まらぬ素早い連続攻撃を受けている。アレも特殊能力か何かか。


「決めた。放っておけない!」


 結紘は覚悟を決めて戦闘の最中に飛び込んだ。まっすぐ両者の間を目指す。


「この、嫌。止めてーっ」

「止めろぉー!!」


 意気込んで飛びかかり、襲っているほうに体当たりする。運よく相手の身体を突き飛ばして少女を背後に庇った。

 突き飛ばされた少女は上手く着地し、こちらを睨んで呟く。


「君、敵?」

「ごめん。俺は彼女と行く」

「貴方……ありがと」

「話は後。一緒に切り抜けるよ」

「うん」

(ああ、言っちゃった……)


 どう考えても一番戦力にならないのは自分だ。

 でも、やるだけやってみるか。



 唐突に少女のもとへ通信が入る。


「ツッ……虹雛いりす、そっちはどうだ?」

里道さとみ隊長。現在A‐014と交戦中、至急応援を求めます」


 どうやら相手は彼女の上司らしい。声の感じから中年男性で、大分渋い声色だ。通信機越しに妙な雑音が聞こえる。


「残念だがこっちも戦闘中だ」

「っ、他にも敵が?」

「ああ、厄介な能力持ちだ。……と判断……各……退……」

「隊長、よく聞き取れません」


 途中から雑音が酷くなり通信困難になる。応戦しながらの通信だからだろう。敵は容赦なく攻撃してくる。敵は見た所武器らしい物を使わず体術で応戦していた。

 結紘は適当なモノを拾い敵に投げつけたり、振り回したりした。瓦礫と化した物では能力は発揮できないようだ。


 今は人も殆どいないし能力を使ってもいいんだけど、何を使ったらいいんだろう。思考がごちゃごちゃしすぎていて思いつかない。


「悪い……以上通……できそうにない。健……祈る」

「え、ちょっと!」


 通信が切れた。虹雛と呼ばれた少女は向かう敵の拳を剣で受ける。


「仕方ないわね。適当に相手して切り上げるわよ」

「う、うん。わかった。俺は何をすればいいんだ?」

「そうね。貴方、さっきのアレできる?」

「さっきのって共鳴の事か」

「共……何でもいいわ。見えない壁を張ったでしょ、アレよ」


 要領を得ない口調だったが、特殊能力を使えと言っているのは間違いなさそうだ。けれど――。


「あの見えない壁は俺の力じゃないんだ。それでなくてもぶっつけ本番で人相手に使うのは……」


 失敗する可能性が強い。個別の自我を持つ存在とは共鳴するのも難しいのだ。ある程度知っている相手ならともかく、初対面の相手と波長合わせるなんて……。

 結紘は「通じ合った対象の能力を借りる力」と簡単に言った。能力を奪うのではなく、応じた力を得るだけだとも。ちょっと意味が違うかもしれないが、大体伝われば今はそれでいい。

 虹雛は斬り合いながら思案を巡らせ、下がると同時に自らが持つ武器を示す。


「だったらコレ! このコに能力を使って」

「え、それ特殊な能力とかあるのか?」

「詳しい説明は後。いいからやってみて」

「わかった」


 結紘は言われた通り彼女の武器に触れた。本来なら対象に触れなくても発動できるかもしれないが、何分まだまだ不慣れな力だ。確実に効果を得られる方法をとる。


 虹雛の武器、名を「マグナテリス」と共鳴を果たす。不思議な武器だ。本当に力を感じる。共鳴した途端に発現した能力が彼の全身を包み込む。

 炎熱を帯びた身体、輝く瞳。握り込んだ拳からは燃ゆる熱が放出される。全身からも闘気の如きオーラが出ているようだった。


「これなら、いける!」


 結紘は力の限り踏み込んだ。特殊能力を使っている間は身体能力も強化される。よって、常人を越えた動きも可能となっていた。

 決して速度に特化している風ではなかったが、それでも十分な程の速度が出る。


「はあぁぁぁっ」


 至近距離まで敵に近づき、全身全霊を込めて引く。拳に纏わせた熱が極限まで高まっていくのを感じた。


「コロナインパクト!」


 脳裏に浮かんだ言葉を叫び、引いた拳を前方に突き出す。高ぶった熱が敵に向かって行き弾けた。激しい爆炎を上げる。その輝き、太陽の如し。


「くっ、想定外。撤退……する」


 攻撃をもろに受けた少女が逃げて行く。今も持てる力を使い切った結紘に追う気力は残っていない。それ以前に、戦意を失った相手と戦うのは嫌だった。

 極限状態だったとはいえ一応は一般人である。何度か荒い息を繰り返し、ついに立っていられなくなって座り込む。いや、倒れ込んだと言うべきか。


 虹雛が走り寄ってくるのが見えた。心配そうな顔で何言かを言っている。

 しかし、余力の残っていない結紘はそのまま成す術もなく意識を手放すのだった。



 何だろう……声が聞こえる。知らない声だ。


「へぇ、この子がね~。見た所普通そうだけど?」


 男の声だった。声が遠のいたりしているけど、割とはっきり聞こえる。


「本当よ。もう凄かったんだから」

「意外ですぅ。確かに奇妙なエネルギー反応は受信してましたけど……」


 今度は女性、どちらも年若い声だ。


「本当にそれ、彼だったのかい」

「そこまでは判断しかねます。初めて見る反応でしたので」

「何よ。アタシの話が信じれないって言うの? あんなのが他にゴロゴロいたら嫌よ」

「まぁまぁ、虹雛さん落ち着いてよ。僕としても信じたいのは山々なんだから」


 いったい何の話をしているんだろう。自分の事を言われている気がするが、気のせい……じゃないよな。

 結紘は徐々に覚醒していく意識を感じて瞼を開けた。入って来た光に思わず目を細め、上体をゆっくりと起こす。周囲に首を動かすと、こちらに注目する視線が三対。


 一人はついさっき出会った少女、虹雛だったか。他にも20代くらいの男性が一人と、同年代くらいの少女が一人いる。もしかしたら少女のほうは年下かもしれない。

 虹雛が腰に手を当ててこちらを半ば睨んできた。え、何で?


「やぁ~っと起きた。まったくあんな所でぶっ倒れるなんて、いい神経してるわ」

「え、あ……あ?」

「またまたそんな事言って。めっちゃくちゃ心配してたじゃないですかぁ」


 凄い動揺っぷりでしたよ、と少女が茶化す。言われた彼女は必死に弁護しつつ口止めを計ろうとしていた。結構仲がいいのかな。


(でも、この人達。いったいどういう人達だ?)


 何となく想像はつくけど確かめた訳ではない。

 怪訝な顔をしていると、男性がそっと歩み寄り手を差し出す。


「初めまして。僕は沖田おきた 桧杜ひのとだ、宜しく」

「よ、よろしくお願いします」


 桧杜と名乗った彼は、身長183.5cmの21歳。細身で気さくそうな雰囲気のする男性だ。

 髪はハニーブラウンで瞳の色は黒。右利き。


 彼と握手を交わして状況を聞いてみる。

 あの後、意識を失った結紘を合流した彼らがここまで運んだという。特殊能力を目撃した彼女の報告を受け、彼らの隊長は上へ報告に向かっているらしい。

 今後の処遇が決まるまでは帰る事もできないようだ。厄介な事に首を突っ込んじゃったな、と肩を落とす。そんな様子を見た桧杜が苦笑いを浮かべる。


「ところで貴方。結局は何者なの? あの力は何?」

「何もとと言われても……あっ」


 さっきまで少女同士で言い合いをしていた二人がこちらに向かってきた。

 言いかけてふと思い出す。そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。


「何よ」

「えっと、まずは初めまして。俺、界導かいどう 結紘きづなっていいます」

「ああ、自己紹介まだったわね。保科ほしな 虹雛いりすよ。所属は……」

「それはまだいいんじゃないかな」

「それもそうね」


 虹姫は16歳で、身長は155.3cm。比較的にバランスのいい体形をしている。

 髪は茶色で瞳は栗色だ。気の強そうな表情が印象的で、どことなくお嬢様っぽい。右利き。


 一般人に明かし辛い情報だったらしく口止めされる。続いてもう一人の少女が丁寧に会釈をした。


「こんにちは。わたしの名前は桜咲さくらざき 彩乃あやのです」

「よろしく」

「はい。よろしくお願いします」


 彩乃は今年で14歳になる少女だ。身長は156.0㎝でまだまだ幼さの残る容姿をしている。

 髪の色は赤茶色で、瞳は青。右利き。長い髪を結いあげていて、体形はスレンダー。


 一通り自己紹介を終えた所で、彼らの隊長である里道さとみ 敏一としかずが入室する。皆が彼に歩み寄って行く。


 里道は年齢38歳。身長177.4cmのがっしりした体形の男。

 髪は黒く、瞳は若干薄いグレー。だらしなくない程度に髭を伸ばしている。右利き。


 色々と聞きたい事がある様子の彼らを制し、彼はこちらに視線を向けた。


「君、すまないが一緒に来てくれないか」

「はい。いいですけど……」

(大丈夫かな。ヤバい事にならないといいけど)


 不安を感じながら彼について歩き出す。

 長い廊下を歩き、エレベーターに乗って、とある部屋の前までやって来た。扉には「局長室」と札がかかっている。意図せず唾を飲む。急に緊張して来た。

 里道が扉をノックすると、中から入室を促す声がかかる。中へ通されると、そこにはデスクの向こうに腰かせる男性と秘書らしき女性が待ち構えていた。重々しい空気。こういうのは苦手だ。


「君が報告にあった少年だね」

「は、はいっ」

(うわぁぁぁ……やっちゃったよ)


 手短に自己紹介を聞かされる。こちらも自己紹介をした。

 返事をした声が裏返る。急に恥ずかしくなって視線を落とすと、相手は気にするなと微笑んでくれた。怒っていないようで少し安心する。


「慣れない場所に連れてきて悪かったね。さて、単刀直入に言おう」

(ごくりっ)


 また唾を飲みこんでしまった。落ち着け~、俺。

 相手は気にした素振りも見せず、手を顔の前で組んで視線を送る。


「君に、我々の任務全般に協力して欲しいのだ」

「へっ。あの、今なんて……」

「君に我々の手助けをして欲しいと言ったんだよ。特別隊員としてね」


 聞き返した言葉に、ゆっくりと言い直してくれる局長。声になかなかの圧力を感じる。お願いしているようで、命令しているかのようにも聞こえた。

 果たして、こちらに拒否権はあるのだろうか。ここは子供らしく断ってみる?


(正直言って、これ以上首を突っ込みたくない!)


 それでなくてもかなりヤバい状況なのに。思いっきり見られちゃったんだよ。これ以上誰かに見られるリスクは回避したい、けど。


「どうかね」

「嫌です。謹んでお断りします!」

「…………」


 沈黙が非常に痛い。そして視線、怖いよ。怖すぎるって。


「はぁ~。困ったね」

(いやいや、困ってるのはこっち)

「局長、ここは少し時間を与えてはどうでしょう?」


 それまで静聴していた女性が口を開く。視線だけを彼女に向け、局長は思案した。


「ふむ、そうだね。じゃあ今日は帰ってよく考えてみてくれ」

「うぅ……はい」


 失礼しますと声をかけて里道とともに退室する。

 これからいったい、どうなってしまうんだろう。結紘は先行きが不安になってしまうのだった。

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