共通02 運命の選択肢

(どうしよう。もしかしなくても見られた?)

「ねぇ貴方、今の何?」

「えっ」


 眼前に立つ二人の少女に結紘は狼狽えた。

 そんな結紘に茶髪の少女が駆け寄る。崩れた瓦礫の上を滑り、目と鼻の先にまで迫った顔。彼女からは火薬の匂いと花のような香りがした。


 しかし茶髪の少女が持っているのは変な形をした剣。どこかで見たような……あ、ゲームの中に出てきた銃剣ってヤツだ。

 結紘がどこかズレた思考を展開させている間に、少女はすぐ傍まで詰め寄って声を張り上げる。


「ちょっと。ボサッとしてないで答えなさいよ」


 至近距離で響く声で現実に引き戻された。

 ちょっと待てよ。先ほど聞いた言葉の感じからして、彼女達ははっきりアレを見た訳じゃない?


(だったら上手く誤魔化せるかも。えっと……)

「何のことかな。君はいったい誰?」

(バカー。何でそんなありきたりな言葉をっ)


 これでは誤魔化しになっているか危うい。自分の適応の悪さを痛感する。普段以上に言葉が思い浮かばなかった。

 相手を見てみれば、呆れてモノも言えない様子で立ち尽くしている。そこへもう一人の少女が近づいて来た。こちらは動きがゆったりしているというか、緊張感を感じさせない。


「君みたいなの……初めて、見た。興味津々」


 これまたぼんやり、いやのんびりとした口調で話す。不思議な雰囲気がビンビンに出ている。

 近くでよく見たら、彼女の長い髪は毛先のほうが赤かった。茶髪の少女よりも背が高い。一見しただけでは普通の人間だ。

 だが、直感は彼女が人ではないと告げている。でも不思議と恐怖は感じなかった。


「こっち来るな。やる気なら相手になるわよ!」

「ん……何の、事? 貴女は敵?」

「敵に決まってるでしょ。人間を舐めないでっ」


 まったく会話が成立していないがすぐ傍で戦闘が勃発する。剣を腰の辺りで構え、敵に銃撃を食らわせる少女。

 結紘は唐突に再会された戦闘から急いで退避した。危な過ぎるだろう。


「何だかよくわからないけど、今の内に逃げよう」


 少女の視線から解放された事に安堵し、どさくさに紛れて逃走を試みる。

 あんな連中に関わっていられない。命に関わる危険には極力首を突っ込まないのが一番だ。逃げるが勝ちである。

 安全を確認しながら必死に戦線離脱していく。だが――。


「逃げるの、ダメ」

「うわっ!」


 いきなり目の前に現れた金髪の少女。凄い身体能力だ。いや、本当に身体能力か?

 動き辛そうなロングスカートを履いているのに俊敏だな。およそ戦闘に向いているとは思えない清楚な格好だ。

 対峙している二人の身長は、茶髪の子のほうが少し低いみたいである。


 結紘は咄嗟に急ブレーキをかけたが、全力で走っていたので急には止まれない。盛大に悲鳴を上げて少女に激突してしまう。

 直後、結紘の身体に異変が起きる。


(あ、れ……何だコレ)


 一緒に倒れ込んだ二人。結紘は前かがみに手をつき、少女は弾かれたらしく近くで尻もちをついている。フィクションではお約束の、少女を押し倒す構図には残念ながらならなかった。

 まぁ、そう上手い事はいかないものだ。そんな事を期待している場合じゃないし。


「A‐014、覚悟ぉ~!!」

「ちょ、ちょっと待って」

(ヤバい。やられるっ)


 立ち込める煙の中を突き抜け、もう一人の少女が飛び出す。彼女の切っ先がまっすぐ迫ってくる。

 あんな攻撃を食らったら本当に死んじゃう、と思うのに身体は動いてくれない。少女のほうも反応が追いつかない様子だった。

 眼前に迫る刃に死を覚悟し、硬く瞼を閉じたその時――。


「きゃあぁぁっ」

「ん? なぜ悲鳴が聞こえるんだ」


 予想外の事態に恐る恐る瞼を開ける。悲鳴を上げたのは茶髪の少女で、今まさに弾き飛ばされている所だった。

 訳が分からず、もう一人の少女のほうを見ると彼女も驚いているようだ。その表情を見て思う。


(ああ、そうか。これは彼女の力だ)


 すぐにわかった。自分の持つ能力で彼女の力を借りたんだ。具体的には、結紘の周囲を見えない壁が守っている。一言でいうなら「結界」だろうか。なかなかの強度だと思う。

 本人にまったくそのつもりはなかったが、命の危険を感じて無意識にやってしまった。


 結紘の持つ特殊能力は「共鳴」である。それは波長のあった対象の持つ能力を、一時的に使えるというもの。対象は生物でなくてもいい。

 だけど、ヒトに対して力を使った事がないから正直驚いている。現れた能力から、金髪の彼女が人でない事が確定した。人間がこんな力をもっている訳がない。


 結紘の脳裏に「星神種アステリアス」という単語が唐突に浮かぶ。なぜその言葉が浮かんだのか、自分でもわからない。どこで知ったのかもすぐには思い出せなかった。

 少なくともテレビで見聞きした単語ではなかった筈だ。


「やっぱり見間違いじゃなかった。貴方、アタシと来て」

「ダメ。君は私と、来る。絶対」

「何よ。邪魔しないでっ」

「邪魔はそっち」


 再び言い争いを始める2人。

 すっかり蚊帳の外状態でまったくついていけない結紘。かといって逃げればまた捕まるだろう。さすがに頭が放心してきた。現実逃避したい。

 本当に何であんな事をしてしまったのだろう。無意識の自分が仕出かした所業を呪ってやりたい。


「このままじゃ埒が明かないわ。貴方はどう思う」

「同感。本人に、直接聞く」

「…………」

「ねぇ、聞いてるの?」

「ちょっと返事しなさいよ!」

「あ……」


 少女の声に結紘は意識を引き戻された。相変わらず睨み合いをしている二人に挟まれ、身動きが取れない。


「えっと……悪い。もう一度言ってくれないか」


 まったく話を聞いていなかったと知り、茶髪の少女は苛立たしそうに地団太をを踏み、もう一方は呆然と首を傾げた。まるで反応が正反対だ。

 結紘は少しビクつきながら返答を待つ。


「まったく信じらんない」

「別に……じゃあもう一度。お願い、私と来て」

「ああっ、ズルい。それはアタシの台詞よ!」

「え、あの」

「コイツの話を聞いちゃダメ。アタシと来なさい」

「ええ!?」


 唐突過ぎる展開に動揺しっぱなしだ。いったいどうしたらいいのだろう。

 それ以前に何が何やら、説明して欲しい。


(他に心当たりはないし彼女達に聞くしかない、よな)

「あのさ。いったいどうして俺を誘ってっ来るんだ?」

「はあっ、今更それ聞く? 決まってるでしょ」

「決まってるでしょって言われても……」

「君は特別。特異点、だと思う」

「アタシの台詞取るな!」


 この二人との会話、疲れる。喧嘩をするなら他所でやって欲しい。

 戦闘を再開しそうな様子の少女達を前に困惑するばかりだった。結局詳しい話も聞けないままだ。どうしたらいいんだよ、この状況。誰かいい方法を教えてくれ。


 でも、ここまで聞いていて幾つかわかった事がある。

 まず二人は敵対関係にあるようだ。最初から刃を交えていたのでほぼ間違いないだろう。

 次に彼らは「特異点」として自分を欲しがっている。多分、人間なのに特殊能力を持っていると感じているからだろうな。実際はちょっと違うんだけど。

 本当に厄介な連中に見られてしまったものだ。


 後は茶髪の少女のほうの服装だ。

 こちらは動きやすそうなショートパンツに襟つきの上衣。手を保護するための手袋を着け、防水が施されたブーツを履いていた。戦闘服というに相応しいデザインだ。

 しかし一番気になるのは胸や肩に着いた紋章タグである。あれは、たまにテレビで見かける特務機関のものだ。名称は確か「Arzuアルズ」だったか。


(逃げられないなら、どっちかに協力して保護して貰うしかないか)


 これ以上留まっている訳にはいかない。こうなったら詳しい話は助かってから聞けばいいか。

 そう心に決めた結紘は、改めて前方に目を向けた。既に小競り合いを始めている少女達。


 人間で武装して戦う茶髪の少女と、特殊能力を使いおそらく人間ではない金髪の少女。

 さて、どっちを選ぼう。どちらも結構強そうだけど、明らかに敵対しているから一度選んだら後戻りはできない。

 先ほど発揮した結界の能力は既に失っている。もともと長い時間維持した事のない力だ。単純に時間きれで効果が失われただけである。

 選んだ瞬間にもう一方は確実に襲ってくるだろう。


 これは、今後を左右する重大な選択肢だ。

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