星の落とし子

秋紬 白鴉 (読み トキツムギ ハクア)

共通01 二人の少女

 結紘きづなはただ、漠然と目の前に広がる光景に立ち往生していた。完全に放心した頭で、まったく飲みこめない状況の中に立っている。

 何であんな事をしてしまったのだろう。今でも自分の決断がわからない。


「ねぇ、聞いてるの?」

「ちょっと返事しなさいよ!」

「あ……」


 少女の声に結紘は意識を引き戻された。目の前には二人の少女が睨み合いをしている。

 一人は短い茶髪で栗色の瞳をした活発そうな少女。もう一人は白金の癖のない長髪で、ルビーレッドの瞳をした大人しそうな少女だ。

 結紘はちょうど彼女達に挟まれる位置に立っていた。


 やっちまった、そう感じる余地もない。それほど周囲の惨状は酷い物だった。荒れ果てたショッピングモールの広場。数えきれない死傷者と悲鳴。

 全然意味がわからない。人々が襲われている以外は。


「えっと……悪い。もう一度言ってくれないか」


 まったく話を聞いていなかったと知り、茶髪の少女は苛立たしそうに地団太をを踏み、もう一方は呆然と首を傾げた。まるで反応が正反対だ。

 結紘は少しビクつきながら返答を待つ。


「まったく信じらんない」

「別に……じゃあもう一度。お願い、私と来て」

「ああっ、ズルい。それはアタシの台詞よ!」

「え、あの」

「コイツの話を聞いちゃダメ。アタシと来なさい」

「ええ!?」


 唐突過ぎる展開に動揺しっぱなしだ。いったいどうしたらいいのだろう。それ以前に何が何やら、説明して欲しい。

 本当にどうしてこんな事態になってしまったのか。それは、ほんの数時間前に遡る。



「おい、起きろ。朝だぞ」

「んん……後十分」

「何が後十分だ。いい加減起きろ」

「ん、まだ……」

「まったく。仕方ないな」


 部屋まで起こしに来た男性がため息をついて窓辺に向かう。彼は外光をさえぎっているカーテンに手をかけ、勢いよく開け放った。

 遮る物がなくなり、容赦なく注ぎ込まれる光が結紘を襲う。


「うわっ! 眩し」

「やっと起きたか?」

「んあぁぁ、もう少し寝かせてくれよ。……って、父さん!?」


 何でここにいるんだ、といった顔で目の前の人物を見据えた。寝ぐせのついた格好で、何とも情けない顔をして固まっている。


 界導かいどう 晴彦はるひこ、43歳。結紘の父親だ。

 髪、瞳のどちらも黒いごく平凡な容姿の男である。身長は結紘と同じくらいで、スラリとした体形の爽やか系。

 息子の目から見ても、結構綺麗な人じゃないかと思う。決して目立つ容姿ではないけれど。


「まだ寝ぼけてるみたいだな。昨日言ったろ、今日は休みだ」

「あ、ああ。そうだったっけ?」

「はぁ。さっさと目を覚ましてこい」

「うん。そうする」


 促されて顔を洗いにふらふらと歩き出す。

 そんな息子の姿に、父と呼ばれた男は苦笑を浮かべた。


 顔を洗った後、いったん自室に戻って身支度を整える。今日は学校が休みなので私服だ。

 二階の自室から一階のリビングに行き、父親が作ってくれた朝食を食べた。そこそこ広い室内にはテレビの音が響いている。


『次のニュースです。昨日、午後八時頃。沖津圏中央区で大規模なモンスタースクランブルが発生しました。被害は……』

「うわ、またかよ。しかも結構近いじゃん」


 聞こえてくる情報に思わず顔をしかめた。

 モンスタースクランブル。それは、生態系の変化によって生まれた生物が人間の住む土地に現れるという事件。言ってしまえば、自然現象的な事故だ。今となっては日常である。


 この世界はかつて「地球」と呼ばれていた。と言っても、数百年も前の話だが。

 突如として起きた未曾有の天変地異によって、地形も環境もすべてが変わった惑星。地名はおろか国の境すら同じものは存在しない。今もどこかで大地は変わり続けている。


 もはや地球とは呼べない独自の世界と化したこの惑星は、モンスターと呼ばれる異常な進化を遂げた生物が徘徊するようになってしまった。

 人々は限られた土地の中で生活している。


 結紘はまだ遭遇した事はないが、モンスター以外にもヤバいが存在がいるという。本当、なんて言ったっけかな。ニュースでは「アンノウン」としか報道されないからよく覚えていない。

 でも、どこかのメディアで見るか聞くかした気がする。


(できるだけ見ないようにしてたからな……)


 自己嫌悪っていうか、とにかく触れたくない情報だった。

 見れば、聞けば、どうしても思い出してしまうから。あの秘密を。


「おや、ボーっとしてどうした? 飯不味かったか?」

「いや、そんなことないよ。今日も凄く美味しい」

「そいつはどうも。なら悩み事か」


 相談ぐらいは乗るぞ、と気を聞かせてくれる父親。

 結紘は「何でもない」と答えて箸を動かした。実に平穏だ。世界のどこかでは物騒な事件が飛び交っているのに、自分はまだ一度もそれらに遭遇した事はない。

 別に刺激が足りないとかは思っていないぞ。普通にいい日常だと思っている。できれば、この先もそうあって欲しいと感じていた。



「行ってきます」


 そう声をかけて家を出た。実家の前、「界導かいどう」の表札の前を通り過ぎる。今日は新作のゲームを買いにショッピングモールに行く予定だ。


 今年16歳になる彼は高校一年生。

 平凡な顔立ちに夜空を思わせる青みの強い黒髪。しかし、だたの黒髪ではない。光を反射する様はまるで星空や宇宙を感じさせる。瞳の色は空色で、身長は172.4㎝で63.6kgだ。


 沖津圏東区、それが今結紘がいる場所である。

 町並みだけはどこか地球の面影を残していた。。しかし、遠目に見える自然が違う。空も違う。昔の地球人が見たらファンタジーにしか見えない風景の中に、現代風の町がある感じだった。

 住宅街を進む結紘は、いくつか角を曲がって大通りに入り、横断歩道を渡って東区でも広い部類に入るショッピングモールに入って行く。


「ねぇねぇ、コレ可愛くない?」

「ええっ。絶対こっちのが可愛いよ~」

「うお、新作出てんじゃん。マズッたなぁ」

「はい。はい。よろしくお願いします」


 ショッピングモール内に入ると、様々な音が聞こえてくる。自然と耳は届く言葉を聞きながらエスカレーターに向かって行った。

 その時だ――。


 ――ドカーンッ!!


 突如轟いた爆音。ガラスや物が破損する音に煙。地面を走る炎が辺りを支配した。


「え、爆発? どういう事だっ」


 エスカレーター手前で爆風に巻き込まれた結紘。幸いにも怪我はしなかったが、吹き飛ばされて少し離れた柱の辺りに倒れる。

 急いで身体を起こして周囲を見回す。酷い惨状だ。あまりの事に思考停止してしまいそうになる。


(まさか、モンスタースクランブル!?)


 真っ先に思い浮かんだのは、今朝ニュースで聞いた単語。そう思ってモンスターの姿を探すが見当たらない。

 モンスタースクランブルじゃないのか。でも、煙で視界も悪いしすぐには判断できなかった。


「とにかく避難しないと」


 ポケットに入れていたハンカチを取り出して口元を覆う。煙を吸ったらダメだ。

 足元を確認しながら安全な道を探して移動した。更に聞こえた爆発で建物が揺れる。壁に寄りかかって揺れをやり過ごし、ゆっくりと進んでいくと銃声が聞こえてきた。


(じ、銃声!?)


 救助が来たのだろうか。それにしては様子がおかしい気がする。

 銃声は意外と近くから聞こえてきているようだった。不味い、巻き込まれたら大事だ。冗談じゃないぞ。


 町中で武装が許されているのは専門の期間だけだ。しかも非常時のみと決まっている。今が非常時なのは明白だからおかしくはないにしても、展開が早いような……。

 こんなに早く救助って来るんだっけ?

 頭の中がごちゃごちゃとまとまらないまま、必死に出口を目指した。


「…………っ」

「あれ。今、何か聞こえたような」

(気のせいだったのか)


 移動中、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

 最初はよく聞き取れずに気の所為かと思う。だが、聞き間違いではなかった。視線の端にある瓦礫の下に足を挟まれている女性を発見。女性の腕には赤ん坊が抱かれている。


「大丈夫ですかっ」

(片足が挟まって、身動きが取れなくなっちゃったのか)


 急いで女性に駆け寄った。足を挟まれている以外、怪我はないようだが。

 彼女の足を挟んでいる瓦礫は意外と大きかった。普通に考えて、一人ではどうにもできないな。対応に戸惑っていると女性は結紘に赤ん坊を差し出した。


「あの、すみません。この子をお願いできますか」

「でも貴方はっ」

「私は無理です。せめてこの子だけでも助けて下さい!」


 お願いします、と懇願してくる女性。

 本来ならば、彼女の申し出を受け入れて赤ん坊だけを助けるだろう。高校生一人で瓦礫を撤去するのは無理だ。道具だってないし、銃声が聞こえている以上は探している余裕はない。けど――。


(助かっても、この子は母親を失う事になる)


 非常事態だというのにそんな事が思い浮かんでしまう。

 方法が、ない訳じゃない。結紘は周りを見回して他に人がいないかを確認した。今なら煙の恩恵もあって大勢に見られる心配はない、よね。

 そう自問自答してしまった。ええいっ、迷っている場合じゃないな。


「すみません。ちょっとだけ身を伏せていてくれますか」

「え?」

「絶対に見ないで欲しいんです。お願いします」

「え、は、はいっ」


 意味がわからないという顔をする彼女。当然の反応だが説明はできそうにない。状況が状況だった事もあり、彼女は指示に従ってくれた。

 女性が子供を守るように身を伏せるのを確認して行動に移る。手頃な場所に何かないかと視線を滑らせた。


(咄嗟に思い浮かばないもんだな。お、あれなら)


 結紘は柱の傍に置いてあった観葉植物に近寄る。他によさそうな物がないし、これでいいか。

 不安はあるものの時間がないのでここは即決。幹に触れて瞼を閉じ、呼吸を整えて集中する。観葉植物に宿る大自然の力が身体に満ちていくのを感じた。

 次の瞬間、開かれた結紘の瞳は夕日色に変化。身体にも変化が起き、効果が消える前に女性のもとに戻る。


「どうか上手くいってくれよ」


 腕を瓦礫の下に滑り込ませ、指先にまで意識を集中させた。瓦礫に触れる腕の、ひとつひとつの細胞を植物へと変化させていく。

 そして変化したは腕は、植物が地に根を張るように伸びて瓦礫を内側から粉砕するのだった。


 今の結紘の身体能力なら持ち上げる事もできた。しかし、それをしなかったのは目立つからだ。怪力どころの騒ぎじゃない。

 瓦礫を粉砕した彼は、女性が目を開けるよりも早く身体を元に戻した。自由になった身体を起こして驚く女性。女性の前に膝を折る。


「今の内に逃げて下さい」

「あ、ありがとうございます」


 自分の身に起きた事が理解できずに呆然としていた彼女を促す。

 自分も逃げようと立ち上がった時。


「ねぇ、今の……」

「えっ」


 唐突に聞こえた声に今度は結紘が驚いた。目を見開いて声のしたほうを振り返ると、そこには二人の少女が立っていたのである。

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