第35話 お猿さん

「最近……色んな会社に派遣で行ってるけど、祭りに行ってる子と行ってない子は一発でわかるよ」

「何故です?」


 不思議そうに隆幸は不思議そうに尋ねた。

 それぐらいで大きな違いなんて生まれないだろうと考えていたのだが、悲しそうに京堂さんは言った。


「そうなんですか?」

「そうだよ」


 隆幸の言葉に京堂さんは笑いながら言った。


「ちゃんと大人の世界をわかって仕事に来ている子が多い。後輩の面倒をよく見る子も多いし……ほら、タカ君も子供会とかで後輩の面倒見ることがあるでしょ?」

「確かに……」


 子供の面倒は難しいが、それを若い時に経験すると、後でこういったときに困らないのだ。

 祭りとは色んな人のしがらみがあるもので常識を学ぶ場でもある。

 そこでは苦労もするが、常識や道徳の大切さを学ぶ場でもある。

 京堂さんはわらいながら言う。


「そりゃ、?」

「そ、そうですね……」


 言われて絶句する隆幸。


(そんな差があったなんて!)


 隆幸が絶句していると一人の青年が京堂さんに声を掛けた。


「京堂さんお久しぶりです!」

「おー♪ 元気か!」

「はい! お陰で助かりました!」

 

 そう言って頭を下げる青年。

 隆幸が不思議そうに尋ねる。


「どうしたんですか?」

「実は進路相談の時に色々教えてもらったんだわ。実はな……」

「ごめーん。マッキーちょっと手伝ってくれんけ?」

「わかった! じゃあ、後でな!」


 そう言って慌てて立ち去る青年。

 すると京堂さんは苦笑して言った。


「彼も大学進学とやりたいことのどっちを選ぶか悩んでてね。『大学なんて意味があるんですか?』って聞いてたんだよ?」

「そうなんですか?」

「そうだよ」


 そう言ってクスリと笑う京堂さん。


「どうも『若者の内は夢を持って挑戦し続けろ!』みたいな言葉に感化されちゃって、それで自分探しの旅に出かけようか悩んでたみたいだね」

「そういや最近流行ってますね……」


 不思議そうな隆幸。

 ちなみにこの時代には自分探しと称して外国に行くのが流行っていた。

 だが、京堂さんは笑う。


「だから、教えてあげたんだよ。『そんなこと言ってる奴は君の人生の責任を取らない。そんなことやっても自分は手に入らないし、それで自分探せた奴は一人も居ない』ってね」

「へぇ~」

「……そうなんですか?」

「世の中そんなもんだよ」


 若者を囃し立てて謎の行動に駆り立てさせる人間はいつの世も居る。

 だが、そんな人間は責任を取らない。


「僕たちの時代にもヒッピーとか居たけど、その若者が路頭に迷ってても、そいつらは責任取らなかったからね。大人としてそんな道を応援するわけにはいかないよ」


 若者は色々をやりたがるが、老人は結果を知る。

 新しいやり方も大事だが、その大半は今までにもあったもので、その結果を知るのも大事なことなのだ。


「たとえは悪いけどヒロポン、覚醒剤、シャブ、スピード、S……これは全部一緒。名前を変えて同じ犯罪をやろうとする連中は多いし、犯罪まで行かなくてもダメビジネスとか多いよ?」

「そんなことがあるんですね……」

「金を稼ぐのに手段をえらばない人達だからね」


 嫌な話ではあるが、言葉が変わってもやることは変わらない。

 覚醒剤とて今でこそヤバい薬と認知されているが、『疲れを取って頭をスッキリさせるお薬』と偽って売ったのが違法販売の始まりだ。

 そして……

 

「こうやって、道徳や常識を学んでいくんだよ。

「……あっ……」


 言われて隆幸は気付いた。

 大人たちに揉まれることで道徳や常識のありがたみがわかるのだ。

 常識や道徳はただ鬱陶しい理想だけではない。


 


 実利を重んじて常識を打ち破った利益を上げる者は多々いるのは事実だ。

 そしてそれらは全て理論上、理屈の上では完璧だが、そういった利益はすぐに露と消える。

 理屈や理論の落とし穴に……

 そして何よりも恐ろしいことがある。


「こういったものは一度失うと取り戻すのが大変なんだ……」


 京堂さんがぽつりと言った。


「祭りが失われると、この空間が永遠に無くなる。大人の経験を学ぶ場が無くなれば常識や道徳が磨かれることは無い。結果、簡単な常識でわかることすらも分からなくなり……」


 そう言って京堂さんは持っていた隆幸の携帯の返し……


「こうなる」


 画面にはクロコダイルと呼ばれる麻薬に手を出して手が爛れている人が居た。

 そのグロい画像に思わず目を背ける隆幸。


「彼らだって昔はこんなものに手を出すような人間ではなかった。だが、辛い現実に追われていく内に常識を見失い、道徳を失う」


 悲しそうに呟く京堂さん。


……


ぽん


 京堂さんは隆幸の肩を叩いた。


「がんばってね」


 そう言って京堂さんは去って行った。


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