第36話 未来の答え
「……………………」
隆幸はしばらくの間、物思いにふけった。
そんな隆幸を見て、これ以上はそっとしとこうと思った羅護は練習を始めている。
その一方で隆幸はなにかれともなく、ここ数日で起きたことを考えてみる。
(なんかわかんなくなってきたな…………)
自分が信じていたものが物凄くちっぽけなものに変わっていくのを感じる。
真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきたのだ。
(無駄じゃないのか…………)
効率というのは大事で、数字化はわかりやすい可視化に繋がる。
だが、効率が良ければ良いという物でもない。
そこに落とし穴があって、「ここだけ良ければ後は問題ない」と見る者を誤解させる。
勉強だけ出来れば良いと聞いてひたすら勉強だけやっても常識や道徳が無ければ、ただの頭でっかちの人間になり、人から必要とされなくなる。
良い学校に行き、良い就職先に入れば、良い人生が開ける。
だが、それは道徳や常識を兼ね備えた上での話である。
全てをかなぐり捨てて、『それだけ』しかやらない人間に未来などない。
(どうしようかな?)
何をやれば良いのかわからなくなってきた隆幸。
すると、あるものが目に入った。
「…………(じー)」
ツギオが小さな箱を練習している羅護へと掲げている。
それを見て不思議に思った隆幸は尋ねた。
「お前何やってんの?」
「録画してるの。未来でも見れるようにね」
「未来はそんなことも出来るのか…………」
そう言って箱を掲げるツギオを感心したように見つめる隆幸。
ちなみに当時は携帯に動画する機能はないので、隆幸にとってビデオと言えばハンディカメラの方だ。
やがて羅護の練習が終わるとツギオは小さな箱(スマホみたいなもの)をポケットに入れた。
「どしたの?」
「……いや、昨日のこと謝ろうと思ってさ……昨日はゴメン」
そう言ってポリポリと頭をかく隆幸。
ツギオが嬉しそうに笑う。
「どしたの急に?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」
少しだけ逡巡して隆幸は尋ねた。
「何で未来に祭りが必要なんだ?」
隆幸の言葉に不思議そうな顔になるツギオ。
「何で要らないと思ったの?」
あっさりと返された言葉にキョトンとする隆幸だが、少しずつ思いついたものを言ってみる。
「だって前時代的で古いし?」
「未来でもやってて、未来でも求められてるのに?」
「あっ……」
ツギオの言葉に焦る隆幸だが、なおも言い返す。
「低俗だし、卑猥なこと歌うような祭りだぞ?」
「子供の作り方は千年経っても変わらないよ?……挿れ方は増えたけどね」
そう言ってどや顔になるツギオだが、隆幸はこう聞いた。
「でも未来に祭りは必要無いだろ?」
「未来が祭りを必要としてるよ? 誰がそんなこと言ったの?」
そう言って笑うツギオ。
「今だって昔の伝統工芸の技術を復活させようとすることが多いんでしょ? それと一緒だよ」
そう言ってツギオは練習用の木刀を手に持つ。
「刀だって本来は戦国期よりも鎌倉期の刀の方が価値高いけど、同じ物作れなくなってるでしょ? 無くなった技術は無くなってから残しとけば良かったって後悔しても遅いんだよ?」
「…………」
何も言い返せなくなって絶句する隆幸。
ツギオは懐かしそうに話した。
「僕が小学校の時にさ、パッカールって言うウィルスが流行しちゃったんだ」
「パッカール?」
「まあ、パンデミックっていうやつ? それのせいで、その年の祭りは無くなったんだ」
「そんなことが……」
未来での出来事に眉を顰める隆幸。
「その時は二年も祭りが中止になる羽目になって大変だったよ? 初老会の人も神輿を担げないからどうするのかって揉めてたし」
「千年経ってもその辺が変わらないのか……」
ちなみにこの町では神輿は初老の人間が担ぐことになっている。
ツギオは悲しそうに言った。
「その時なんだけど……町が『虚無』になってたよ」
「……虚無?」
「うん」
悲しそうにツギオは言った。
「町の魂が無くなって抜け殻みたいになってた」
「……まあ、そうなるわな」
これまでの大人の様子から何となく察する隆幸。
「その時にみんな気付いたんだ。『祭りが無くなったら、ずっとこうなる』って。おっさん達が言ってたよ? 『魂が無くなった町は地名でしかない』ってね。自分達の魂は祭りで継承されてたんだって」
「魂の継承……地名……」
隆幸が不思議そうにツギオの言葉を連呼する。
「地名って何だ? どういう意味?」
「だって、人がただ寄せ集って住んでるだけの場所は『ただの地名』でしょ? 別に周りの人間が何しようと無関係なんだし、出入りはその人たちの勝手だし、自分のことしか考えなくて良いんだもん」
「……なるほど」
住んでいる場所がどういうものかは、住んでいる人によって変わる。
ただ住んでいるだけの場所に思い入れなんかあるわけがない。
「前にも言ったけど、高層マンションに住んでる人とか全っ然祭りに出てくれないし、町内会とかも全然手伝わないし、ただ住んでるだけだよ? その人達にとってはただの地名なんだよ?」
「な、なるほど……」
人間は誰しもがその土地に合わせるとは限らないし、ただ住んでいるだけの場所は地名である。
だが、そこに魂があると『拠り所』になる。
そして、ツギオは自分の銀色の髪をサラサラと流した。
「僕だって、元をただせば他の土地から来た移民だよ? でも住んでるだけなら地名でしかない。けど、僕らはこの金剣町に寄り添うようになったから『住民』になったんだ」
「……寄り添って初めて住民……」
隆幸は呆然とツギオの言葉を繰り返す。
移民が移り住んだ国を崩壊させるのは、彼らにとって地名でしかないからだ。
移り住んだ人が土地の文化に寄り添うことで、はじめて『住民』になる。
そして……
「寄り添う物が無かったら、結局は住むだけになるでしょ? 祭りは寄り添うきっかけを与えてくれるんだ」
ただ、『俺達に合わせろ』と言っても、どうしていいかわからなくなるのが人間である。
都会の人が田舎に来て、いきなり面食らう所でもある。
こういったことはいらないと思いがちだが、その土地の常識を知る上で大事なのである。
「こんな感じで飲んで遊んで練習して作業して、苦楽を共にしたからこそ、『町の常識』も伝わるんだよ。めんどくさいしきたりだけ押し付けたりして何がわかるの?」
大人から子供へ道徳や常識を伝えることが出来るのなら、『その土地の常識』を移民に伝えることもできる。
どんなにカッコいいことを言っても雪国と南国では常識が違う。
また、同じ町でも常識は人によって違う。
お互いを知るためにもそれは重要なのだ。
「ただ住んでるだけなら便利な土地はもっとあるから、そこに行けば良いと思う。けど魂はここにしかない」
そう言って、ツギオは下を指さした。
「魂か…………」
隆幸は静かに呟く。
するとツギオは辺りを見渡して言った。
「未来にこの風景を残したいんだ。それで十分じゃないかな?」
ツギオに言われて辺りを見渡す隆幸。
そこは見飽きるほどに見た風景だった。
棒振りの練習する者
獅子振りを練習する者
それらを教える者
祭りで使う道具を準備する者
祭りで遊ぶ小道具を準備する者
楽しそうにしゃべっている者
残すべき全てがそこにあった。
隆幸は静かに目を伏せた。
「そうか……」
そう言ってスタスタと歩いて行った。
それに気づいた羅護は慌てて尋ねた。
「お、おい! どうしたんだタカ!」
「今日は帰るわ」
それだけ言って隆幸は帰って行った。
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