第10話 お手本

 見本を見せるように促された隆幸は模造太刀を地面に置いた。

 そして数歩下がり、そこで深呼吸をする。


ピリ……………………


 不思議とまわりの空気が静かになる。


「……………………あれ?」


 ツギオが不思議な空気に感づいて練習を止める。

 

(……………………)


 隆幸は自然に気合が入ってきた。

 高揚しつつも心が静かになる不思議な感覚を身に纏い始める。


「「「……………………」」」


 周りの人間も手を止めて見始めた。


スッ……


 手を腰に当て、静かに前に出る隆幸。

 数歩前に出て、一本太刀の前で止まり、ゆっくりと腰を下ろし、膝立ちになる。


スッ……


 静かに一本太刀を掲げ持って立ち上がる。


ピシッ……


 太刀の先は震えておらず、静かに隆幸がゆっくりとまわりながら後ろに下がる。

 そして、その太刀を持ってゆっくり構える。


「「「……………………(ゴクリ)……………………」」」


ブンブン……ブンブン……


 全員が思わず固唾をのむ中、隆幸は静かに頭を振って……


「おりゃぁ!」


 棒振りを始めた!


ビュオウ! ブォン!


「おりゃぁ! えぃ!」


 風切り音がするほど鋭い振りなのに綺麗に描く刃先。

 斬りながら前へ前へと進むのだが、その運足に揺るぎが無い。


「えぃ! はぁ!」


 ビュオン! ヒュン! シュッ!


 下段の横薙ぎから流れるように上段からの唐竹割りに変わり、瞬時に突きへと移る!

 その誰が見ても「上手い」と感じさせる振りに全員が息を飲む。


「おりゃぁぁぁぁぁ!! えぃ!」


 獅子の前まで行くが一度下がるのだが、その下がり方も激しく、辺りを圧倒する迫力があった。

 そして再び斬りながら前へと進む。


「おりゃぁ! えぃ!」


ビュオォォウ! ブォォォン!


 それによってますます激しくなる振り。

 風切り音がますます激しくなっていく。

 そして演武は最高潮へと向かう!

 

「えいぃぃぃ!」


 最後の一撃に向かって腰を下げて力を溜める隆幸。


コォォォォ……


 最後の一撃の為に吸う音が静かに辺りに響き……


「ヨイヤァァァァ!!!」


 最後の「ヨイヤ」が終わり、太刀を背中におさめる隆幸。


パチパチパチパチ……


 小さな拍手が辺りに響く。


「さっすが! タカは上手いな!」


 羅護が嬉しそうに笑う。

 汗を流した隆幸がゆっくりと羅護の方へと向かう。


「ちょっとなまってるなあ……」

「練習してけば戻るやろ」

「それもそうだな」


 そう言って笑う隆幸。

 すると、ツギオも隆幸の所へと来た。


「凄いよタカ! 太刀が上手いんだね!」

「まぁな」


 ちょっと得意げになる隆幸。

 すかさず羅護が声を上げる。


「良い調子やん。今年も祭りでるんやろ?」

「……ま、まあ出ようとは思ってるけど……」


 さらっと「出ない」から「出る」に変わっている隆幸。

 何だかんだ言いながら祭りが好きな男なのだ。

 そんな隆幸を見て嬉しそうに笑うツギオ。


「じゃあ、一緒に出るんだね!」

「そんなとこかな?」


 そう言って上機嫌に答える隆幸。

 すると後ろの方から声が聞こえた。


「タカ?」


 全員が声の方へと向くと一人の可愛らしい女の子が居た。

 ショートカットに丸顔の少女で可愛らしい感じの子だ。

 それを見た瞬間、隆幸の顔がきしむのだが、羅護が陽気に声を掛ける。


「よう、遥華(はるか)! そっちの練習は終わったん?」

「うん! こっちは終わったよ! それよりもタカは今年も出るの?」

「あ、あー……」


 嬉しそうな女の子に対して微妙な顔になる隆幸。


 彼女の名は「常盤 遥華(ときわ はるか)」


 隆幸や羅護の同級生であり、幼馴染であり……まあ色々と関係のある女の子である。

 隆幸はポリポリと頭をかいて呟く。


「今日はちょっと顔を見せに来ただけだから、そろそろ帰るわ。じゃあな」


 そう言ってくるりときびすを返す隆幸。


「ちょっ! ちょっと待ってよタカ!」


 慌てて追いかけるツギオ。

 二人の影は路地裏へと消えて行った。


「タカ……」


 二人の消えた路地を切なそうに見つめる遥華。

 それを見て困り顔になる羅護。


「あー……大丈夫だって。また顔を出すようになるさ」


 そう言う羅護の顔も微妙に心配そうであった。


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