第5話 アイアンパンチ


 遡ること一か月前……


 ツンツン頭の少年は自分の部屋でビデオを見ていた。


『ハッハァ! 流石のお前もスーツが無ければただのおっさんに過ぎない! 勝負あったな!』


 テレビ画面の中で鬼みたいな顔をした怪人がぶっとい指を渋いおっさんに向けて指さした。

 おっさんの方はと言えば、綺麗に整えられた髭をしごいて優雅にタバコをふかしている。

 鬼みたいな怪人が叫ぶ。


『流石のジャムもヒーロースーツが無ければ何も出来まい。さあ覚悟しろ!』


 そう叫ぶ怪人だが、おっさんは優雅に葉巻を口から外し、ぷかぁっと煙で輪っかを作った。


『スーツならここにあるぜ』

『なにぃ!』

『バトゥコ!』

『はいよ! 新しいスーツよ!』


 おっさんの声に応じて銀座のママさんみたいな派手な格好の女性がなんかややこしい機械の塊のような物を投げる。

 謎の粗大ごみのような物がおっさんに近づくとスーツから合成音が流れた。


『本人確認終了。スーツ解放します』


 パキャン!


 謎の機械の塊が分解されておっさんへと向かって行くでは無いか!

 そして……


 ガシャン! ガシャン! ガシャガシャガシャガシャン!


 機械が変形しておっさんの体に纏わりつき始めた!

 全てが終わると鎧武者のようなパワードスーツが現れる!


『ヒーロースーツ装着完了! アイアンパンチここに見参!』

『おのれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』


 怪人は悔しそうに叫びながらアイアンパンチに向かっていく。


 ポリポリ……


 それを画面越しに観ていたツンツン頭の少年は、ベッドに寝転びながらつまらなそうにポテチを食べていた。


 彼の名は久世隆幸。


 私立駒谷学園の一年生で精悍な顔つきをしているツンツン頭の16歳だ。


『おのれアイアンパンチ!』

『散々暴れまわったんだから、その罰は受けてもらうぜ!』


 画面の中では怪人とパワードスーツを着込んだヒーローが派手に戦っている。

 それをつまらなそうに見ている隆幸だが、不意に聞こえた音に気を取られた。


 ピロロロロ


 携帯電話が突然鳴ったのだ。

 それを横目でみた隆幸は一旦ビデオを停止させて、電話の方を見る。

 画面には『ラゴ』と出ていて、下に電話番号が書いてある。

 それを見て、はぁっとため息を吐いてから電話に出る。


「もしもし?」

『タカ! どうした? 何で祭りの練習に来ない?』


 隆幸は自身の親友の一人、九曜羅護の言葉にげんなりとする。

 この街ではもうすぐ『宝満祭り』という祭りが行われる。

 800年の伝統を誇る由緒ある祭りで、町のお祭り男たちが一番元気になる時期だ。

 羅護が受話器の向こう側から言った。


『先輩たちも待ってるぞ?  『あいつはいつ来る?』って聞かれて困ってんだ』

「あー……もうちょっとしたら行くよ」

『何時ごろ?』

「あー……そうじゃなくて、中間が近くてちょっとバタバタしてるから試験期間終わってから出るわ」

『中間?』


 不思議そうな声を上げる羅護。

 ちなみに彼も高校生なので本来は中間試験を頑張らねばならない時期である。


「そりゃ金剣高校行ったお前なら勉強いらんだろーが、俺は駒谷の特進コースだからな」

『あーそうか。大変だなそっちも』


 電話越しに困り声を上げる羅護。


 ちくり


 隆幸はそれを聞いて少しだけ胸に痛みを感じた。

 しばしの間、気まずい空気が流れてしまい、不思議そうに電話の向こうの羅護が言った。


『どうした?』

「いや、何でもない。だから中間終わったらそっち行くから。じゃあな」

『お、おい!』


 そう言ってプツリと電話を切る隆幸。

 そして机に置いてある教科書を見てため息を吐く。


「試験勉強なんかしないのに……」


 彼はそう言ってPCしか置かれていない机の上を見る。

 そのまま見ていたビデオの続きを見ようとするのだが……


「あー。やっぱアメリカはダメだな。EよりのDだ」


 そう言って見ていたビデオも切り、やる気無さそうにベッドに寝転びながら、考え込んでいた。


「やる気でねーな……」


 何となくぼぅっとして机に立て掛けれた写真を見る。

 去年のお祭りで撮った集合写真だ。

 お揃いの法被を着た集合写真で端っこに自分達が映っている。

 彼は先ほど電話に出た羅護と自分の笑顔を見てため息を吐く。


(気まずいなぁ……)


 カタン……


 何も言わずにお祭りの写真を伏せさせる隆幸。

 何とはなしに彼は自分の部屋を見渡す。

 ベッドと本棚と机があるだけの簡素の部屋。

 エロ本とエロビがベッド下にあるのはこの時代の風物詩。


 そして、窓には赤い薔薇が小さな花瓶の中で咲いていた。

 それを見て顔を顰める隆幸。


「さっさと枯れてくれた方が捨てやすいのに……」


 渋面で薔薇の様子を見る隆幸。

 薔薇を嫌そうな眼で見ながらぼやく。


「大体、真っ赤な薔薇を飾るってどういう趣味なんだよ……おふくろの薔薇好きはわかるけど息子に押し付けんなって……」


 仏頂面で薔薇を眺める隆幸は、そのまま窓の様子を見てみる。


 窓の外は庭になっており、そこから先はすぐ山に繋がっていてうっそうとした林が広がっている。

 一応、山の地面は他の人の持ち物なのだが、そこは田舎の緩い所で、特に影響を与えなければ好きにやってよいことになっている。

 そんな訳で母親が趣味の薔薇を育てているのだが、そのせいで茨だらけになっていたりするんだが……


 バチリ……バチリ……


 その薔薇だらけの庭の中空で青い火花が散っていた。


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