4 想いを届ける歌
「私、まだ生きてるときね? 声が出ない病気だったの」
ユキは、自分の過去を語り始めた。
「昔から体が弱くてね? 気づいた頃には喋れなくなっちゃってて」
「それで、その病気は治せないって、お医者様に言われてたの」
「私それを聞いて、えへへ、いっぱい泣いてて……生きたいって思わなくなっちゃってて」
消え入る様で、今にも泣きだしそうな表情。俺は静かにユキの言葉に耳を傾けた。
「そんな時に、おにーさんの歌を聴いたの」
「お母さんに連れられて買い物してた時、ほんの少しだけど聞こえてきたの。すっごくいい曲だなって思って……」
「それから私、お父さんのギターで学校に行けない日におにーさんの曲を練習してたの!」
「あんまり曲を覚えていなかったけど、おにーさんみたいに、誰かに私の事を伝えたいって思って」
この後の話を、俺は知っている。
「楽しかったなー……自分の事を、音を通じて伝えられる。こんな私でも、誰かと話せるんだって思って、夢の中で歌まで練習しちゃった」
「こんな私でも、生きてていいんだって思えたんだー……まあ、結局死んじゃったんだけどね?」
無理に笑う少女の顔を、俺は真っすぐ見れない。
誰かと繋がりたい。こんなにも純粋で健気な想い。
それが報われる事は、無かったのだ。
「ごめんね? おにーさん……多分私、おにーさんに憑いちゃったみたい。未練って言うのかな? いっぱい迷惑かけちゃった!」
ユキに、その言葉は――
「だから、だからね、もう――」
その言葉は――言わせたくない。
「――馬鹿なこと言うなよ!」
ユキの瞳から、涙が零れた。
「俺は、俺は! 迷惑だなんて思っていない! むしろ、ユキは俺を助けてくれたんだ!」
「俺みたいなやつでも、誰かに喜んでもらえる、誰かの為に歌えるんだって、ユキが思い出させてくれたんだよ!」
「だから――だから、ユキは何も悪くないんだ。謝らなくて良い、良いんだよ……」
ユキは大声で泣いていた。
周りの通行人が怪訝な目で俺を見ているが、そんな事はどうだっていい。
今はこの少女の隣で、その悲しみを分かち合いたかった。
◇
「……ぐすっ」
「……泣き止んだか?」
「……泣いてないもん」
無理のある言葉に、俺は微笑んだ。
きっと、この少女の悲しみを一緒に背負うことは俺にはできない。それなら、ほんの少しでも和らげてあげたい。
そう思った俺は、ユキにある提案をした。
「なぁユキ。ライブ、やってみないか?」
◇
スピーカの音量、よし。ケーブルの接続、よし。
エフェクターの設定も――問題ない。
てきぱきと路上ライブの準備をする俺の横で、ユキが恐る恐る俺に話しかける。
「ねぇ、私、無理だよ。だって誰にも聞こえな――」
「――関係ないよ。ユキに、見てて欲しい」
そうして俺は、MCも無しに歌い始めた。
◇
まずは掴みに、有名な曲。
人が集まったところで、オリジナル曲。
畳みかける様にして、中堅バンドのカバー曲。
箸休めにバラード曲。
落としたならば、盛り上がる曲を。
決して上手ではない俺の歌。だがそんな事は何も関係ない。
心を込めて。想いを込めて。
自分の為ではない、誰かの為に。
音に、曲に、歌詞に込められた想いを伝える。
その全てが、ユキが思い出させてくれた、歌う意味。
初めて歌で誰かが喜んでくれたあの日の感動を、今呼び覚ます。
そうして何曲か歌い終わったころには、今までに見たことのない人数が俺を中心に輪を作ってくれていた。
俺の隣には歌を聴いて、いつの間にか笑顔を取り戻しているユキが居る。
今の君なら、きっと伝わる。俺が伝えて見せる。
「ユキ」
「えっと」
「一緒に歌おう」
「……うん!」
ユキと俺の、最初で最後のライブが始まる。
◇
『今日はお集まりいただき、ありがとうございました!』
マイクを通じ、俺は叫ぶ。
『次が最後の曲です。俺の歌じゃないんですけど』
『この曲は、俺の大切な友達が作った曲で、今はその……遠くに行っちゃったんですけど……すげー良い曲なんで、聴いてください』
『想いを、届ける歌』
曲名を伝え、演奏を始める。
俺のギターの音がスピーカーを通じて空気を揺らす。
単純で、それでいて、心に響くコード進行。
ユキも合わせて、ギターを弾き始める。
そして誰にも聞こえない歌をユキは歌いだす。
サビ。俺の出番だ。
ユキの歌に合わせて、コーラスパートを歌った。
二人の声が合わさり、美しい和音を奏でる。
ユキも楽しそうに、その美しい歌声を響かせている。
見物人の殆どはその歌のない歌に首をかしげている。
言葉の無い、ほとんどギターだけの歌。それでも――
◇
路上ライブを見物していた二人。
示し合わせたかのように不思議そうな表情で顔を見合わせていた。
「なんか変な曲だねー。歌ほぼ無いし」
「ホントだね」
「でもさー、何か分かるよねー。伝わるって言うか、なんて言うか。この曲――」
「すっごい良い曲……だと思う」
◇
――それでも、俺は信じている。
例え歌が届かなくても。
ユキの想いと願い全てを、俺が代わりに伝えるんだ。
不意に、周囲が明るくなった。
日没に合わせ、イルミネーションが始まったのだ。
色とりどりの街灯が次々と点灯し、降り続けていた雪を照らし輝かせる。
きらきらと舞い落ちる光が、まるで華やかなライブステージのような空間を作り上げてくれた。
ユキと俺は、歌を歌う。例え聞こえていなくても歌い続ける。
今日のこの演奏を、俺は一生忘れないだろう。
想いは伝わる。どんな方法だって。
◇
曲が終わり静寂が訪れた。
そんな中、最前列にいた二人の女性が拍手を始める。
それは連なり、大きな輪になって広がって行った。
盛大な拍手に包まれる中――
「私、おにーさんにはちゃんと伝えれてなかったね」
「――ユキ?」
「おにーさん、ありがとう!」
ユキはそう言い残し、いつの間にか居なくなっていた。
そして二度と、俺の前に姿を現すことは無かった。
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