4 想いを届ける歌



「私、まだ生きてるときね? 声が出ない病気だったの」


 ユキは、自分の過去を語り始めた。


「昔から体が弱くてね? 気づいた頃には喋れなくなっちゃってて」


「それで、その病気は治せないって、お医者様に言われてたの」


「私それを聞いて、えへへ、いっぱい泣いてて……生きたいって思わなくなっちゃってて」


 消え入る様で、今にも泣きだしそうな表情。俺は静かにユキの言葉に耳を傾けた。


「そんな時に、おにーさんの歌を聴いたの」


「お母さんに連れられて買い物してた時、ほんの少しだけど聞こえてきたの。すっごくいい曲だなって思って……」


「それから私、お父さんのギターで学校に行けない日におにーさんの曲を練習してたの!」


「あんまり曲を覚えていなかったけど、おにーさんみたいに、誰かに私の事を伝えたいって思って」


 この後の話を、俺は知っている。


「楽しかったなー……自分の事を、音を通じて伝えられる。こんな私でも、誰かと話せるんだって思って、夢の中で歌まで練習しちゃった」


「こんな私でも、生きてていいんだって思えたんだー……まあ、結局死んじゃったんだけどね?」


 無理に笑う少女の顔を、俺は真っすぐ見れない。

 誰かと繋がりたい。こんなにも純粋で健気な想い。

 それが報われる事は、無かったのだ。


「ごめんね? おにーさん……多分私、おにーさんに憑いちゃったみたい。未練って言うのかな? いっぱい迷惑かけちゃった!」



 ユキに、その言葉は――



「だから、だからね、もう――」



 その言葉は――言わせたくない。


「――馬鹿なこと言うなよ!」


 ユキの瞳から、涙が零れた。



「俺は、俺は! 迷惑だなんて思っていない! むしろ、ユキは俺を助けてくれたんだ!」


「俺みたいなやつでも、誰かに喜んでもらえる、誰かの為に歌えるんだって、ユキが思い出させてくれたんだよ!」


「だから――だから、ユキは何も悪くないんだ。謝らなくて良い、良いんだよ……」



 ユキは大声で泣いていた。

 周りの通行人が怪訝な目で俺を見ているが、そんな事はどうだっていい。


 今はこの少女の隣で、その悲しみを分かち合いたかった。



「……ぐすっ」


「……泣き止んだか?」


「……泣いてないもん」


 無理のある言葉に、俺は微笑んだ。

 きっと、この少女の悲しみを一緒に背負うことは俺にはできない。それなら、ほんの少しでも和らげてあげたい。

 そう思った俺は、ユキにある提案をした。


「なぁユキ。ライブ、やってみないか?」



 スピーカの音量、よし。ケーブルの接続、よし。

 エフェクターの設定も――問題ない。

 

 てきぱきと路上ライブの準備をする俺の横で、ユキが恐る恐る俺に話しかける。


「ねぇ、私、無理だよ。だって誰にも聞こえな――」


「――関係ないよ。ユキに、見てて欲しい」


 そうして俺は、MCも無しに歌い始めた。



 まずは掴みに、有名な曲。


 人が集まったところで、オリジナル曲。


 畳みかける様にして、中堅バンドのカバー曲。


 箸休めにバラード曲。 


 落としたならば、盛り上がる曲を。



 決して上手ではない俺の歌。だがそんな事は何も関係ない。


 心を込めて。想いを込めて。

 自分の為ではない、誰かの為に。

 音に、曲に、歌詞に込められた想いを伝える。


 その全てが、ユキが思い出させてくれた、歌う意味。

 初めて歌で誰かが喜んでくれたあの日の感動を、今呼び覚ます。


 そうして何曲か歌い終わったころには、今までに見たことのない人数が俺を中心に輪を作ってくれていた。



 俺の隣には歌を聴いて、いつの間にか笑顔を取り戻しているユキが居る。

 今の君なら、きっと伝わる。俺が伝えて見せる。

 

「ユキ」


「えっと」


「一緒に歌おう」

 

「……うん!」


 ユキと俺の、最初で最後のライブが始まる。



『今日はお集まりいただき、ありがとうございました!』


 マイクを通じ、俺は叫ぶ。


『次が最後の曲です。俺の歌じゃないんですけど』


『この曲は、俺の大切な友達が作った曲で、今はその……遠くに行っちゃったんですけど……すげー良い曲なんで、聴いてください』


『想いを、届ける歌』



 曲名を伝え、演奏を始める。


 俺のギターの音がスピーカーを通じて空気を揺らす。


 単純で、それでいて、心に響くコード進行。


 ユキも合わせて、ギターを弾き始める。


 そして誰にも聞こえない歌をユキは歌いだす。


 サビ。俺の出番だ。


 ユキの歌に合わせて、コーラスパートを歌った。


 二人の声が合わさり、美しい和音を奏でる。


 ユキも楽しそうに、その美しい歌声を響かせている。


 見物人の殆どはそのに首をかしげている。

 言葉の無い、ほとんどギターだけの歌。それでも――



 路上ライブを見物していた二人。

 示し合わせたかのように不思議そうな表情で顔を見合わせていた。


「なんか変な曲だねー。歌ほぼ無いし」


「ホントだね」


「でもさー、何か分かるよねー。伝わるって言うか、なんて言うか。この曲――」


「すっごい……だと思う」



 ――それでも、俺は信じている。


 例え歌が届かなくても。

 ユキの想いと願い全てを、俺が代わりに伝えるんだ。


 不意に、周囲が明るくなった。

 日没に合わせ、イルミネーションが始まったのだ。

 色とりどりの街灯が次々と点灯し、降り続けていた雪を照らし輝かせる。

 きらきらと舞い落ちる光が、まるで華やかなライブステージのような空間を作り上げてくれた。


 ユキと俺は、歌を歌う。例え聞こえていなくても歌い続ける。

 今日のこの演奏を、俺は一生忘れないだろう。


 想いは伝わる。どんな方法だって。



 曲が終わり静寂が訪れた。

 そんな中、最前列にいた二人の女性が拍手を始める。

 それは連なり、大きな輪になって広がって行った。



 盛大な拍手に包まれる中――



 「私、おにーさんにはちゃんと伝えれてなかったね」


 「――ユキ?」


 「おにーさん、ありがとう!」

 


 ユキはそう言い残し、いつの間にか居なくなっていた。

 そして二度と、俺の前に姿を現すことは無かった。


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