第2話


「お前に、そこまで思わせてたなら咲姫の演技もなかなか堂に入ったものだったのかもな~」


 柔らかい笑みが、桜倉と刻まれた石碑に向けられる。


「演技って何んのことよ⁉」


 なおも自身を罵倒する少女の声に対し宗一郎の視線は逝ってしまった咲姫に向けたままゆっくりと語りだす。


「咲姫はな、この桜……。雪姫桜も、この桜餅も大好きだったんだよ」

「はー、んなわけないじゃん!」


 少女の言葉を無視して宗一郎は続ける。どうせ、聞く耳持たないのなら独り言で十分といわんばかりに。


「お前さんと同じ、咲姫も意地っ張りだったのさ。いつだったか、お前さんと咲姫が俺に泥饅頭を食わせようと、躍起になって大喧嘩したことがあったろ?」


 遠い昔の話だった。


「あれは確かどちらの饅頭を食ったかで将来どちらが俺の嫁になるとかならないとかって流れになってたんだよな~」


 宗一郎は昔を懐かしみ、かみしめるように、まぶたを閉じる。


「どっちにしたって食えねーもんは、食えねー。かといって、その場を収める画期的な手段も当時の俺には思いつかなかった。そん時だよ、おまえの婆さんがこの桜餅を持ってきて『これでも食べて落ち着きなさい』って言ってアノ場を収めてくれてのは」


 いくら罵倒しても聞く耳もってない宗一郎に呆れ果て、黙って聞いていたら実に懐かしい話題だった。


「そういえば……そんな、こともあったわね」


 いくら子供の戯事といえど、泥饅頭を最愛の者に真剣に食わせようとしていた事実は雪乃の長い人生にとっても汚点の一つだった事もあり、今更そんな昔の痴態を攻められ、恥ずかしさが声色にも、にじみ出てしまっていた。


「まったくだよ、あんなもん食わされた日にゃ、即効で救急搬送頼まなければならんかったろうしな~」

「なっ! きちんと私の話、聞いてんじゃない!」

「そりゃ聞いてるさ、ただお前さんに事実を聞いて欲しいと咲姫も言ってる気がするんでな」

「事実って何よ?」


 テレと、恥ずかしさからいまいち調子はずれな言い回し。唇を尖らせて拗ねてみるも、全く宗一郎はこちらを向いてくれない。


「そん時だったんだよな~。あれだけぎゃーぎゃー騒いでたお前さんが桜餅みるやいなや俺達のことほっぽらかして桜餅にムシャぶりついたのは」

「あはは……。そっ、そんな事もあったかもね~」


 当時の事は宗一郎に言われるまでもなく良く覚えていた。


「まぁ、泥饅頭を食わせようとしたことも含め若気のいたりってやつよ」


 少女の照れた言葉に宗一郎は、「ふっ」と笑う。


「どちらかというと、色気より食い気ってきがしたけどなー」

「ばか!」


 ここまで意地悪言われたんだから少しくらいなら、蹴っても許されるだろうと少女は宗一郎の足を軽く蹴る。そもそも、あの泥饅頭だってそれなりの意味はあったのだ。

 普通ならあんな泥饅頭なんて誰も食べてはくれないだろう。そんな事は、当時の雪乃も咲姫も分かっていたし、そのくらいの分別はついた。

 だからこそである。


 そんな、無理難題を彼に押し付けたらどうなるか?


 それが彼女達の目的だった。

 もしも、本当にどちらかの饅頭を彼が一口でも口にしたなら冗談抜きで食べてもらえなかった方は彼を諦めるという真剣勝負でもあった。

 その、二人の想い全てを一笑に付されたみたいで、すっごくむかついたのだ。

 だから、咲姫の分までけっとばしてやった。


「まぁ、そう怒るなって。俺だって、毒気を抜かれなかったら、お前の饅頭食べようと思ってたんだからさ」

「はへっ!?」

「だっつーのに、お前さんときたら饅頭放り投げて手~洗いにすっとんでっちまうし。戻ってくるやいなやバーさんから桜餅ふんだくって俺達の分まで食おうとするし。んな状態で仕切りなおしもなにもあったもんじゃなかったろうが」

「あっわわわわ……」


 何十年もたってから、知りたくもなかった事実を告げられ雪乃の頭はパニックにおちいる。

 今ここにおいて宗一郎が嘘を付く意味はない。

 ならば事実であろう。

 とするならば、勝負は雪乃の勝ちで、彼は自分の……いや、彼のお嫁さんになれる権利を、文字通り放り投げたという事になるのである。


『いや~~~~~~!!』


 イヤ過ぎる! 墓に眠るライバルより先に自ら墓穴を掘っていたとは、なんたる大失態。


「んでま~、こっからが本題なんだが」


 本題も何も、元凶は自分で現状も変わらない。


「あんとき桜餅を食ってたお前さんの笑顔が可愛くってな~。それで、俺も和菓子を作るようになったのさ。あん時の笑顔を俺の手で演出してみたいっていう俺なりの愛情表現だったのさ」

「ぁふ、をぃあは……」


 動揺全開の雪乃に気付かず宗一郎は昔話の佳境に入る。

 というか、意味不明な呪文か何かを唱えているようなので無視する事にした。


「だからなんだよ、あいつが桜餅を憎んでたのは。いや、正確には憎もうとしてた理由だな。ほんとは、この桜も桜餅も大好きなくせに、なんくせつけて嫌い、だとか苦手だとかぬかして。お前さんに張り合って洋菓子好きを演じては俺に作ってくれと、せがんでみせだしたのは。でもな、死んじまってからも張る意地なんてないだろ? 好きなくせに最後の最後まで意地張って食おうとしなかった。家の仏壇に供えようとするとさっきのお前さんみたくどやされるんでなぁ。たまにこうしてこっちに持ってくるのさ」


 言いたい事を全て言い切った達成感。それに反発する言葉がなければ蹴りも飛んでこない。

 これでようやく長年に渡って咲姫が築き上げてきた誤解も解けたと宗一郎はいつも通りに咲姫の眠る墓に桜餅と桜を供える。

 そして、そのまま日常会話を楽しむかのように手を合わせず「咲姫、今日もお前さんが大好きだった桜餅作ってきたよ、どうだい、今回のは結構な自信作なんだぜ」最後まで見事に意地を張り通した伴侶に伝えた。


「だったらさ、こんどはボクの番だよねっ」


 視線を雪乃のにかえた宗一郎の表情は渋かった。


「えー、だって咲姫は幸せになれたんだよ! 今度は、ボクのことも幸せにしてよ!」


 いや、それは無理だと宗一郎は頭を振る。


「なんでさ!? 今だってボクのこと好きなんでしょ!?」

「あぁ……そうかもな」

「だったら、なんの問題も無いじゃない」


 しかし、宗一郎は承諾してくれない。


「なに? 見た目とか気にしてるわけ? だったら、そんなことどうとでもしてあげるよ。老体で愛し合うのがいやなら若さ調整してあげるし。もちろん中身だってきちんと調整してあげるから。また子作りだって出来る身体にしてあげるよ」

「いや、べつにそういう事じゃない」

「じゃあ、なんでそんな意地悪ゆーの? それともなに? 咲姫に操でも立ててるってこと?」


 宗一郎がすまなそうな顔で頷く。


「あー、そう。分かった。じゃあさ」


 柔らかい春風に乗って甘い香りが、少女の銀髪をなびかせ一瞬だけ少女の顔を隠す。


「死んだ後なら文句ないよねっ」


 空色の瞳をキラキラと輝かせ、語尾にハートマークを、そえた言い回しで少女が提案すれば、老人も。


「ああ、好きにすればいい」


 あっさりと了承し、笑みで答えた。


「あはは、ありがとうお兄ちゃん」



おしまい

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舞い散る桜雪に想いを乗せて 日々菜 夕 @nekoya2021

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