舞い散る桜雪に想いを乗せて

日々菜 夕

第1話


この物語はフィクションです。登場する人物。地名、団体名等は全て架空のものです。



 数十年振りに帰省した故郷。すっかり変貌してしまった町並み。

 そんななか唯一少女にとって変わらぬ笑みで接してくれる宗一郎そういちろうに喜び以上の切なさを覚えていた。

 彼ならば、ずっと自分の隣に居てくれたのではなかったのではないか?

 後悔と積年の想いに囚われる人生。それが自ら可能性を否定して選んだ後悔。

 もしも、時間を巻き戻せたなら果たして自分は他の後悔を選択するのだろうか?

 ほんの数年間彼と恋中になれただけで満足して逝けたのだろうか?

 その後他の女性と仲良くする彼を笑って許せるのだろうか?

 全ては終わった事。

 過ぎ去ってしまった過去。

 現実は変わらない。


 一般的な桜前線より一足先に満開になるこの町の桜達。

 枝垂桜の亜種であるそれは小さく純白の花を咲かせる事が話題となり町興しのための興行手段として重宝に扱われている。

 散り際に甘い香りを発する事で他の枝垂桜との差別化をされていて、花の色も形も違う。

 ここ美咲市では桜が満開になると町は白く染まる。一般的な桜色とは淡く柔らかい桃色とされているが、ここ美咲市では純白。


 ――知り合いもどれだけ生き残っているだろうか?


「 ちゃおー、久しぶりね、元気してた? って、応えられるわけないか」


 アハハと笑う少女の声が人気ひとけのない平日の墓地にそえられていた。

 墓参りに来たというのに、少女は花もなければ線香すら持参してない以上――この笑い声だけが唯一少女の用意したたむけの品といえた。


「ん~ やっぱし、ケーキでも買ってこればよかったかな?」


 久しぶりの帰郷ですっかり変わった町並みを散策がてら見かけた菓子店が脳裏に浮かび上がる。

 意外だったのは和菓子を扱う店が多かったことだろう。洋菓子を専門に扱っていそうなたたずまいをした店ですら銘菓とうたわれ、いかにもお土産用ですってな感じで、饅頭セットとかがしっかり自己主張していた。

 積年の恨みがてら嫌味のつもりで買ってきてもよかったが。さすがにあのアニメ風パッケージに包まれた饅頭セットをそんな自己満足のために使うのはためらわれた。


 なぜ古めかしい絵本風のイラストがあの様に可愛らしい雪姫様に変わってしまったのか店主に伺ってみたところ、なんでも昨今は『ソノ方が売れる』そうなのだ。

 古めかしい絵本風の絵と違いあの美少女イラスト風の雪姫様は祖母に似すぎていた。個人的な好みとしてはぜひとも食してみたいので帰りにでも買って行く予定だが。

 桜倉さくらと彫られた墓前で笑みを浮かべる少女と、ここに眠る咲姫さきは旧知の仲であり、親友と呼ぶに等しい間柄であると同時に、同じ男性に恋をした恋敵でもあった。

 こうして再会するのも数十年振り。風の便りで亡くなったらしいと聞き訪ねてみれば、すでに一周忌も終わり。残された家族も彼女の居なくなった生活にすっかり馴染み、違和感を感じさせない日々を送っていた。


 彼女の死因が長い間患ってきた病状の悪化によるもので高齢だった事もあり、家族にとって近い将来そうなるであろう結果が予想しやすかったのだろう。ある意味すでに心の準備は出来ていたからでもあった。

 ただ、その猶予期間があったにもかかわらず一つだけ実現できなかった事。それが、現在ここにいる雪乃ゆきのとの再会である。

 どうしても彼女に会いたい、会って想いを伝えたい。それが咲姫の最後の願いであった。

 その願いを叶えるべく咲姫の夫である宗一郎は方々てをつくしたが結局手応えはなく先日、当人の気まぐれな来訪でようやく現状報告が出来た次第であった。

 昨今所有して当たり前となってきた携帯電話でも所持し定期的にやり取りをしてていたならば状況報告も容易であったろうが、アナログ的な思考回路で構築された雪乃にとってそれは大切なものを失う要因として遠ざける対象の一つになっていた。

 それに、そんなものが無くても気持は伝えられる。例えば――そう、舞い散る桜雪に願ってみればいい。


『あの人に逢いたいと』


 この地に伝わる雪姫伝説の有名な一節。


 ――真摯な想いを叶えるべく舞い散る桜雪は想い人に引き逢わせてくれる。


「まったく、先に行くなら行くって言ってくれよなぁ!」


 ほら、雪姫物語と同じく想い人がやってきた。ただ伝承と大きく違い彼は、すっかり老いがにじみ出てしまっているけど。

 もっとも、物語の真実を知る者が今でも存命していたなら『そんなもの当然だ』そう言ってせせら笑ことだろう。


「ホント、お兄ちゃんってばおじいちゃんぽくないよね~」

「ふっ、ガキにしか見えん、ばーさんよりはましなつもりだよ」


 見た目だけで言ったら中学生か――いや小学生だと間違われても仕方がない容姿であるのは自覚している。雪乃の家に伝わる秘薬のおかげだ。

 咲姫の眠る場所を案内してくれる予定だった当人は散々時間を潰してもなお足りない程の時間をようし、ようやく案内場所に到着した。


「ってかさ! 案内人の方が案内場所に遅れて着くってどうゅことよ!」

「んなもんっ、てめーが勝手に先いっちまったからだろーが!」

「それにっ! あんた、咲姫に恨みとかあったわけ!?」


 宗一郎は、『手向けの品はこっちで用意するから気にするな』確かにそう言っていたはずである。

 ならば咲姫の好物だった洋菓子を手作りで用意するものだとばかり思っていたからこそ、ケーキやクッキー等を買ってこなかったのだ。

 にもかかわらず彼が、持参してきたタッパーの中身は誰がどう見ても和菓子。

 しかも、彼女が最も嫌っていた【桜餅】だった。

 この桜餅は美咲市を活性化させる重要な商品であったため、この町で生活する限り嫌でも目に止まる。その度に咲姫は怨念を込めて睨みつけていたものだ。

 それほど露骨に敵意むき出しで嫌っていた物を、満面の笑みで墓前に供える意味に嫌味以外のなにがあろうか?


「あ、いや」


 あまりの剣幕にたじろぐ宗一郎に対しさらに雪乃が詰め寄る。


「それに、その花はなに!?」


 宗一郎の持ってきた桜を睨む。


「げっ、もしかして勝手に取ってきちゃまずかったか?」


 すまんすまんと宗一郎は苦笑いでこの場を乗り切ろうとするが雪乃はそれを許さない。


「そんなもん、お兄ちゃんだったら、いくらでもとってかまわないわよ! なんなら幹ごと引っこ抜いたって文句いわないし!」


 可愛らしい少女の顔が般若面に豹変し宗一郎を指さす!


「あんたねー! 咲姫が桜餅だいっきらいだったの覚えてるでしょ!? それとも、もうもうろくしちゃって分からなくなっちゃったならその頭に刻み直してあげましょうか?」

「あ、いやだからこれはだな」


 しどろもどろになりながらも、なにやら言わんとする宗一郎――しかし、雪乃のついずいは止まらない。


「いい、! 忘れちゃってるならボケた脳ミソに刻み込みなさい! 咲姫はこの桜がだいっ嫌いだったの! 和菓子がだいっ嫌いだったの! だから、この桜を使ってる桜餅がだいっきらいだったの! いい、今度こんな物持ってきたら、いくらお兄ちゃんだって許さないんだからね!」

「は~~~」


 ようやく自分の言いたい事が言えそうになったと、宗一郎は長く重いため息をはく。


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