眠れる森の魔女

『ヨミ、行っちゃった…な』


 私といえば話の分かる女。


 童心どうしんのままに、コインのつかみ取りをしている姿を微笑ほほえましく見ていたけど、彼女(否認)のヨミは彼氏(否認)の私を置いて試練に向かってしまった。


『もぅ』

『早く帰ってきてね』


 スズは、ヨミが転移した場所で待つことにすることにした。





 


ドンッッッ(厚底鍋を置く音)

 

………………

…………

……


 相変わらず暗い場所だよ。


『別に怖くない』


 【神気解放】があるおかげで身体かられる光による空間の把握はあくができているが、一般プレイヤーならこの場所で戦うことはむずかしいだろう。


『静かでも怖くないもん』


 音の反響はんきょうが少ないのは壁を形成けいせいしている素材のせいでもあり、戦う堕天使は動かないタイプなので余計に音が無いのが原因でもあった。


『……』『……』


『……(無言は怖い)』



 暗闇に吹き出される炎の道。



 ける!



 その炎が放たれた場所を辿れば、灰色に近い黒のドレスの魔女風のウェディングドレスを着たしゅがーちゃん。 


 コスプレぽいな。



 と、


『アーマードレス♪』


 しゅがーちゃんの後ろにたたずむフルプレートアーマー。

 そのまま動かないと余計に置物みたいなマーサちゃん。


 赤黒くなった全身鎧にマーサちゃんが苦手な可愛いフリフリがふんだんに使われてるみたい。

 本物のマーサちゃんなら鎧をぎ捨てそうなくらいフリフリ具合。スカートも付いてる。


『正直1・2で、戦闘で厄介やっかいな自慢のメンバーなんだよね。


        だから、


 始めっから本気でいく!』


 ヨミは自分自身に【MP最大値2倍】と【腕と脚での攻撃へ補正】のバフをかける。


『【戦乙女ヴァルキリア】【神剛体】』



ゴキュッゴキュッ……ぷはぁ。



『【死軍の行進デスマーチ】!!!』


 【聖水】を流し込むまでの行程をこなして2倍にしたMPで【亡者の国】で骨の兵をズォォオッっと召喚する!


『1000体出す』


 百体単位で次々に【スケルトン】を召喚し、ただ前に進ませるだけの戦術【死軍の行進】。


 召喚した【スケルトン】を壁にして自分の身体をたくみに隠しながら接近するヨミは、闇しゅがーを骨で囲みつつ、一気に距離をめる。


『私の得意な肉弾戦に持ち込むからっ!』


 クラン内では後衛こうえい役でスピードタイプではない2人は、このまま圧死するのもワンチャンある!


 まぁ、無いけど!


『【フランベ・シャワー】(ボソッ)』


 【亡者の国】は使用者の周囲10メートルを発動範囲とするスキルであり、【スケルトン】の増え方から使用者の大まかな場所はバレるが、素早く動き回って撹乱かくらんするヨミに向いーーー骨の壁など無かったかのごとく、


『【神斧一閃・絶】!!』


 炎を認識する頃には目の前まで炎はせまってきていた。


 炎が移らないために周囲の骨を斧で粉砕ふんさいして侵攻しんこうを食い止める!


『あっぶなぁ〜…』


ーーーしゅがーの【菓子職人パティシエ】の元となった初期職業【料理人】のスキル【フランベ・シャワー】は、炎を放出するスキルではない。


 既存きぞんの火属性スキルに【周辺に広がる】という性質を付与ふよするスキルである。


 その発動対象にはもちろん、スキルで召喚されて肩に乗る【サラマンダー】からき出される炎もふくまれていた。


 つまり、【サラマンダー】の炎が1000体の【スケルトン】を全滅させる勢いで次々と燃やしているのだ。


『召喚キャンセル……やっぱ無理かな?』


 【OTW】特有とくゆうの、そういう感じ=直感……が、丸焦まるこげになった【スケルトン】を召喚獣ではなく炭と認識してるんだろう。


 召喚キャンセル(強制送還)ができない。


『……むぅ』『【星天せいてん】』


『風雷拳!!!!!』


チッ

  

 骨と炎を風と雷で押し出したけど、後方のマーサちゃんが発動した12の盾に防がれた。


 前回の戦いでも、これが厄介で攻め切れなかったんだよなー。


『さすが、クラン最強の盾だね』


 それにしても、なにこれ?


 【天翼】を発動して4枚になっても速度は変わらないっていうか、もっと操作が難くなったんだけど!


ーーー翼が無い人間にとって、

 翼を操作して飛行すること自体が難しいはずなのに、さらに翼が増えたことで、操作の難易度がね上がる。


 かろうじて前に進んでいるヨミが異常だった。


『えええ!?』


 焼けれて倒れた【スケルトン】が地面に残す炎の壁を【神激】で突破した先に家が建てられていた。

 

 チョコレートの屋根、色とりどりのお菓子がはめ込まれた壁。


 ポッキーとあめで作られた窓枠。クッキーの扉。 



ーーーちょっ、ちょっと、止まれぇええい!?


ーーーぁ、


ーーーゔああああああああ!!!



 少年・少女(+ヨミ)の夢の家をヨミは体当たりでぶち壊してしまった。


 それは、盛大せいだいに。


………………

…………

……


 土煙ではなく……お菓子の粉末ふんまつが舞う中で、ゆっくりと目を開ける。


ーーー【金剛ダイヤモンド】を使わされた。


スキル

はじけるグミ】【菓子職人パティシエ】スキル

 衝撃を受けると周囲に炸裂するグミ。


『ッ』


 全人類が夢見た家を壊して突入したヨミには、その罰のように散弾のグミが襲いかかられていた。


 ヨミはネームド装備の【?の指輪】からアイギスαあるふぁを目の前に展開したのだが、急遽きゅうきょ、【黒金剛】を発動することをいられることとなる。


 それは、


 ヨミの逃走経路をふさぐように展開していた【星天】の盾にグミが反射して、前面にしかれないアイギスαの裏……つまり、真上や背後からグミに襲われたからだ。


スキル

【コーティング】【菓子職人】スキル

 特定の対象を固める。


 私と一緒に家の中にいたしゅがーちゃんにも同様どうようにグミが襲いかかっているはずだと思ってたのに。裏切られたわ。

 小さな身体を【わたあめ雲】で包んで内側を固めたしゅがーちゃんは、わたあめのクッション性との二重構造こうぞうでグミの弾丸を防いでいたなんて。


 しかも、【星天】でガチガチ守ってるし……マーサちゃんも過保護だなぁ。


 ガードした4枚の光翼がボロボロになるだけになってしまったし……


ネッチャァァ…


『気持ち悪い……【光翼】解除』


 グミ襲撃中に【わたあめ雲】の隙間すきまから伸びていた闇しゅがーの杖がヨミに粘性ねんせいの真っ白な物体を飛ばしていた。


 その白い物体は強力な接着剤となっている。


『【ガムガム・シロップ】』

『【ハニー・パヒューム】』


 甘い匂いーーー毒!ーーー【危険察知】は反応しない?ーーーていうか、私【異常状態無効】だったわ。


 ーーーやわらかっ


 わたあめ雲を消して姿を現したしゅがーちゃんの手のひらから、ほのかに甘い風が顔を通り抜けるだけ。

 

『【マシュマロ・キャノン】』


 人間大のマシュマロが地面に張り付いた足を無理やり離しかけていたヨミに柔らかい感触かんしょくを与えて吹っ飛ばす!!!


 マシュマロの高い弾力性ノックバックを受けて、ガムと共に張り付いた地面ごと壁へと吹き飛ばされるが、一度、闇ルルとの戦いで壁にめり込まされたヨミには分かる。この壁は硬い。


『【エデンのその】!』


 やっぱり。


 レベルを上げている私のHPなら即死はないけど……全然、回復しない。


 本来のヨミのHP自然回復量は充分にあり、戦闘中に最大HP(少ないが)をすぐに回復している。


 だが、


 新たに手に入れた称号【神罰】が神に関わるものに特効を与えるという効果を持っているために、【神気解放】状態のヨミの自然回復力は一般プレイヤー並に下がっている。


 【OTW】でいう特効はのことであり、【神族】で【神族】のスキルを使用するヨミにはつね2が付くこととなるからだ。

 

 高い自然回復力で戦闘中に受けた小さなダメージなどを無視してきたが、ダメージと回復がほぼ拮抗きっこうしている今は、ヨミは計画的に回復しなければいけなくなった。


『HP回復のベッドだよ!(ドヤッ)』


 唯一ゆいいつ


 自身じしんへ使える回復(系)スキル【エデンの園】の木々を自分と壁の間にやすことで衝撃を吸収させると共に、その果実であるポーションが割れることで回復する。


 あー、回復は気持ちいい。


 (※ちなみに、回復は気持ちいい)


『【サラマンドル:超火力】』


 マシュマロごとサラマンダーの火炎放射で燃やされてしまう。


 そこに、ヨミに対する容赦ようしゃはない。


『焼きマシュマロになるとこだった』


 炎の中から少女がけ出す。

 

 巨大マシュマロと拘束こうそくガムは溶け切り、ヨミの周りの空間がねじれている。


 単純な話。

 

 私の身体が炎より高温になっているからだ。


……服は燃えてないよ?



スキル

熱暴走オーバー・ヒート

 体温を限界まで引き上げることができるスキル。



 どこからどこまで上げれるかは使用者次第しだいである。


 しかし、使用者はヨミであった。


『一気に上げる!!!』


 ヨミは特別ではあるが、

 身体は人間のいきを超えていないため、人間は約42℃で死ぬ。


ーーーしかし、炎を耐えるには炎を越える必要があり、約1900℃以上の温度になる必要がある。


 500…800…1100…1400…1700…2000!!!!!


 【ダイヤモンド・ドルフィン】戦でパッシブスキル【竜鱗りゅうりん】をたヨミの身体は温度差などの2次的なダメージに適応てきおうし、ダメージを受けはしないが、ダメージを受けないからといっても、もちろん熱いものは熱い。


『限界は3秒』

『【神速】【神威かむい】、MP強化!』


 内側から放たれる逃げることのできない異常な体温を、我慢がまんと狂気でえ切るのは3秒が限界。


 本当は5秒までいけるかも…だけど、肉体の限界を超えてしまうとリスポーンを飛ばして強制ログアウトしてしまうので無理はまた今度にしよう!


『秘技!』


 【神速】で速度を上げたヨミが走り出す。


 【神威】でがっしりと両手でつかんだから刀身全体へ、赤→白に変色し、寒く暗い空間を蒸気と共に照らすが進む。


 いろいろなお菓子で迎撃げいげきされるが、全てが当たる前に熱によって柔らかくなり、斧がヒットしたお菓子を溶かしていく。


『【飴細工あめざいく:大蛇】』


『細工って言うほどの大きさじゃーーーわぷぅ!?』


 飴で出来た蛇の体当たりを斧でむかえると、斧にれた部位から溶けて液体になることで大量の飴が波のように小さな身体に押し寄せる。


『ぐぐぐぐぐぅっ』


 飴の中は動きづらいけど、この距離ならっ!


 女神との戦いでまっていた斧の【邪気】(仮)を支払い、刀身を長くする!


 スキル【かぶと割り】!


『……飴で出来たしゅがーちゃん…?』


『【ハニー・パフィーム】』


 再び甘い香りがヨミを包み囲む。


『またこの匂い?は?』


 回復が期待きたいできない状態での完全な不意打ふいうちにヨミは慌てて臨戦態勢りんせんたいせいになったが、そのスキルに【危険察知】は反応しない。


 つまり、攻撃系のスキルではない。


 そのことが、

 ヨミをさらに混乱させて警戒けいかいゆるませることとなった。


茨姫いばらひめ】』


 このスキルは使用者を眠らせてしまうが、眠っている間は周りに広がる茨の森が使用者を守り、敵を迎撃する攻守可能なスキルである。


 代償だいしょうである【睡眠すいみん】は、

 しゅがーの保有ほゆうする称号【夢の旅人ドリームウォーカー】によって夢の中でも意識をたもち、【ブラウニー】のパッシブスキル【一夜ひとよたわむれ】によって寝ている間にもアバターを動かすことができる。


 つまり、闇しゅがーは寝ている間にも戦闘が続行できる。


『くっ』


 【茨姫】は代償が大きいために発動範囲が広く、茨の殺傷さっしょう能力も高くなっているため、すでに範囲内に入っていたヨミは、侵入者を迎撃する茨の相手をする必要があるが、【熱暴走】後のヨミの動きは繊細せんさいさを欠ける。


 このままだと不利になると考えたヨミは、『【刃嵐】』を使って一気に茨を切り離した!


『【灯火ともしび】』


『…………また?』


 しゅがーが寝ながら放つ【灯火】も攻撃スキルではなかった。


 それどころか、

 ヨミに向けて放れた訳ではなく、近くにあった茨の先に灯ることで茨がトーチになっていた。


 私のHPが少し回復してるし。


『何なのか分からないけど、油断していたら死ぬんだよ!』


 斧をりかぶり【稲妻いなづま斬り】を放つ!


『大きくな〜れ、大きくな〜れ』


ーーーその火トカゲって、デカくなるの!?


 サンショウウオくらいのサイズから、コモドドラゴンくらいのサイズに大きくなったトカゲ……もとい【サラマンダー】に稲妻が走る。


『くそっ』


 炎には雷は、いまひとつか。


『【ソフト・キング・クッション】』


『わぁーい♪』


 しゅがーのり出す謎スキルに気をくばっていたヨミだが、真上からキングベッドサイズのやわらかそうなクッションの魔力にあらがうことはできなかった。


 なぜなら、

 【ツインネック・ヒュドラ】戦のさいに【ソフト・クッション】の圧倒的な柔らかさをその身に味わっているからである。


………………

………… 

……


『ハッ!?』


 私、寝てた…?



         



 余談よだんではあるが、

 【OTW】ではゲーム内であらかじめ設定することで寝ることが可能になる。


 だが、


 限度が3時間なために、本当に寝たい時以外に使うプレイヤーはいない。


 しかし、プレイ中に寝てしまうプレイヤーは少なからずいる。


 だが、


 ヨミのように戦闘中に寝るのは異常であった。


『童話スキル【毒殺林檎スノー・ホワイト】』


スキル

【毒殺林檎】【童話】スキル

 【仮死かし】と【猛毒もうどく】を付与する。


 

 【仮死】とは、【睡眠】の上位の状態異常であり、【仮死】になると次にダメージを受けた時にしか起きられない。


『【回避】!』


 あれは、危ない!


 毒々しい紫色のリンゴの形にまとまった液体はあきらかに毒状態にされそうなスキルであるが、状態異常が効かないヨミが寝ている現状にヨミは疑心暗鬼ぎしんあんきおちいった。


『【灯火】【ハニー・パヒューム】【アロマ・エッセンス】』


『また、ねむぃ…』


 私がたまたま聞いたしゅがーちゃんのあだ名は【メルヘン・クッキング】。


 クッキングの部分は想像できたけど、メルヘンってルルちゃんのキノコの方がメルヘンぽくない?


って思ってた。


 茨の森、甘い香りが充満じゅうまんした空間、はかなくれる灯火。確かにメルヘンだわ。


『どれもが私を眠たくさせてくるんだ』

『催眠術ってこと?』


 正確には感情値にあるの【ストレス値】をリラックス効果のあるスキルで下げることで、睡眠を促進そくしんしているのである。


 つまり、この戦術はリラックス効果のあるスキルを発動するごとに無効を無視する眠気からのがれられなくなるのだ。


ーーーヨミは【茨姫】を発動される前に闇しゅがーを倒さなくてはいけなかのかもしれない。


『【わたあめ雲:羊雲よううん】』


『くっっ』

 

 まぶたも身体も重たいのに、わたあめの雲がそこらじゅうに…!


 睡魔すいまおそわれてヨロヨロのヨミの手加減なしのジャンプにより、飛散した小石がわたあめに触れるとーーー放電&爆発する。


『やっぱり…………ハッ、また寝た!?』


スキル

【雷おこし】雷

 触れると周囲に放電するお菓子。


『【芳醇な甘味、ほろ苦さ、甘い甘いチョコはいかが?】』


『今、それは、ヤバっ』


 地面にも【金平糖☆爆弾】と【雷おこし】が散りばめられており、下手にりられない状況のヨミは壁に斧を差し込むしかなくなっていた。


 壁に張り付いたヨミに、大量のチョコが放たれる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〈スズの料理〉


 一方、


 ヨミに置いてかれたスズは試練しれんの後はつかれているであろう彼女のために料理を作ることにした。


 神城かみしろ家の屋敷やしきでは包丁など持たされなかったが、手元には短刀があるし、ヨミがメラとのじゃれ合い戦いの際に泉に落とした新鮮なコモドドラゴンの肉と何かの花、万能調味料しゅがーXがある。




ーーー料理するには、充分である。

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