第11話 勝てないときは逃げるが勝ち
「リオ夫人。酒を頼むよ」
「はい。お茶ですね」
今日もリオ夫人の難聴は絶好調。あーお茶が旨い。
「それで、姫様はなぜここに? お付きの者はいないんですか?」
一国の姫を一人になさせるとか周りはなにをしてんだ? 職務怠慢だぞ。
「遠乗りに出て振り切った」
突っ込みしかない答えをありがとうございます。
「はぁ~。おれを巻き込まないでくださいよ。もう一般人なんですから」
「一般人になろうと魔法王の異名はなくならないし、魔法将軍だった事実は消えぬ。王が唯一頭が上がらないのはミドロックだけだ」
間違えたときや無茶をするときに止めただけだよ。頭が上がらない唯一の者なら女癖の悪さを矯正してるよ。
「買いかぶりすぎです」
「事実だ」
「…………」
この一歩も退かないところ、王によく似てるよ。
「王になにか言えたところで王が聞くとは限りません。話を通すにはそれだけの力と理由がないといけませんからね」
お願いすることはできても通すことはできない。一般人が王になにか言って、それが通るなら他もやる。そうなったら王の治世は乱れてしまうわ。
「わたしは、自分の騎士団を創りたいのだ」
それをオレに言ってどうしろと? そんな権力持ってないよ。
「それは、王に言うか、仲間を募るかしてください」
創りたいからと言って創れるなら誰も苦労しないよ。王宮は下準備と根回しと聞くしな。
「父には言った。仲間も募った。でも、女が騎士団などと許してくれないのだ」
女だからじゃなく姫だから、じゃないか?
王は常々男女平等。能力があるなら男も女も関係ない。使えるなら使うと豪語し、周りにつけて貴族たちの声をはね除けていたっけな~。
「それなら諦めてください」
嫌なら国を出ろ、とは軽々しく言えない。下手なこと言ってやられたら責任取らされそうだからな。
「諦められない! わたしは騎士団を創りたいのだ!」
だからオレに言われても困るんだよ……。
「どうしてそこまで女だけの騎士団を創りたいので?」
「騎士となって国を守りたいからだ!」
ん? 守りたい?
「……なにか、あるのですか?」
魔導王軍に勝利し、世は平和になった。隣国は小国ばかりで侵略してくる力もない。それどころかメロリアム王国から支援を受けている感じだ。
まあ、平和だからと言って国を守るための軍隊は必要であり、王を守る騎士団も必要だ。だが、そんなに急ぐ必要はないはずだ。人口もそこまで回復してないんだからな。
「ミラニアに火竜が出た」
ミラニアとは港町だったところで、魔導王が前線基地としたところだ。
「火竜は何匹でした?」
「三匹だった」
火竜小隊だ。魔導王の残党か?
「王は知っているので?」
「もちろん。各領主や軍には警戒令を出した」
さすが王。判断と決断は今も衰えてないか。
「王が動いたのなら姫様が動くことはありませんよ。あの戦いを生き抜いた者が王を支えているんですから」
戦争は数だ。強大な魔法が使えようが数で押し切られたら負ける。王も数を揃えることを優先していたくらいだ。
……育てるのはオレたちだったがな……。
「常に備えろ。そう父は言っていた。ならば、娘たるわたしが守らなくてどうする。わたしは父の娘で民を導く王族だ」
志は立派だ。さすが王の娘だと思う。仕えてきたことを誇りに思う。だが、如何せん、レイナ姫には力がない。知識がない。人もいない。情熱だけではどうにもならないのだ。
「……なら」
このまま王に突き返すのが一番なのはわかる。だが、この王のような性格に導かれて魔導王と言う強大な敵に勝つことができた。
この性格を潰したくはない。なんて思うオレはなんて甘いんだろうな。
「なら、まずはメイナと言う名を捨てて、一人の冒険者として生きてみることをお勧めします。姫様にないものが見えてきますよ」
王のような資質があるなら道は拓けるはずだし、人もついてくるだろうよ。
「冒険者か。よし、冒険者になってくる!」
悩む暇なく家を出ていってしまった。
「……情熱的なところは母親似だな……」
昔のレルミーナ様を見ているようだよ。
「なんだかんだと言って師匠は師匠ですよね」
なんだよ、その表現は? オレはオレだよ。
「ふふ。ミドロックさんらしくて素敵ですよ」
生暖かい眼差しは止めてくれ。
「メビアーヌ。お前ものんびりしてられないぞ」
「ん? どう言う意味ですか?」
「姫様は女だけの騎士団を創りたいと言ったんだぞ。オレの弟子で魔法が使える者を誘わないわけはないだろう。騎士団は剣を振るうだけじゃなく魔法使いの援護も必要だからな」
しかも、メビアーヌは回復魔法が使える。騎士団なら一人は欲しい人材だ。
「え、わたし、師匠を看取るまでここにいるつもりなんですが?」
「いつまでいるつもりだよ。十六になったら一人立ちだ。魔法使いは修行の旅に出る習わしなんだからな」
オレは戦いで修行の旅には出なかったが、一般的魔法使いは旅を数年して、定住地を見つけるなり国に仕えたりするものだ。
「別に決まりじゃないならわたしはここにいます。師匠一人にしたら孤独死しそうですし」
だらしないように見えてオレは生活力があるからな、とは言わないでおく。否定の言葉が怒涛のように返ってきそうだから。
「サウナ入ってくる」
王が言っていた。勝てないときは逃げるが勝ちだ、ってな。
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