第4話 金のなる木の土地は高い―後編―

 遺跡一つの価値というのは恐ろしく高いものである。

そもそもテックという、旧時代の技術の塊自体が希少であり、それがいくつも眠っている遺跡は正に宝箱なのである。

その事実は有名なもので、だからこそ遺跡を狙った盗賊や、遺跡発見を夢見るハンターが大量に存在するのだ。


 確かに遺跡一つに値する金額にしてみれば、アルドのした借金は実に些細なものであろう。

例えいくつの街を転々とし、その度に怪しい組織から高額の借金をしていようとも、その額は些細なものなのだ。それほどの大金が遺跡には眠っている、と考えられている。



「じゃあ、なんで今回はセイリオス神殿に直接地図を渡したの? それじゃあ遺跡を見つけても、全部はアルドさんの物にはならないんだよ?」


「分かってますよ。でもそうするしかなかったんです。この辺りはセイリオスさんによって統率されてるから、フリーでやってる人も少ないし。何より、なんでしたっけ? 大遠征とやらで、セイリオスの人たちは今遠くへ行っているらしいじゃないですか。こうなったらもう、誰を雇うにしろ、セイリオスの方に話を通すしかなかったんですよ」


 そもそもセイリオス神殿とは、街というよりは一つの組織である。

Dr.ルーシーは、そのセイリオス神殿という組織の中の医療部門のトップなのだ。

ヒルデもセイリオスに所属するトラベラーであり、彼女を雇うということはセイリオスと契約することと同義なのだ。今回はDr.ルーシーが個人的に、という話ではあったが、セイリオスの公式記録にはしっかり残る依頼であった。


以前のLeoMiller村の調査では、商業組合がセイリオスと契約していた。

 セイリオスの周りで何かをするということは、セイリオスという組織の足元で動くと言う事。勝手に遺跡調査なんてすれば、それこそ神殿側が力づくで止めに来るだろう。



 気づけば日が既に出かかっており、ヒルデはすぐに行動を開始した。危険な獣も非活発状態になる時間帯であるため、この時間の出発が最も安全なのだった。

もともと簡易的な野宿であったため片付けには時間がかからず、彼女はアルドを連れ遺跡のある方へと先を急いだ。


 砂を含む突風や岩に隠れた深穴を回避し、数時間かけてようやく目的地へと到着した。


「……遺跡、らしいものはぱっと見見当たらないけど……」


「そ、そんな……。また、ダメだったのか……!?」


「いや、まだ諦めるほど探してない……。ん? あれは?」


 かろうじて残る建物の土台を高台から見下ろす二人だったが、ヒルデは何かを見つけ、それに駆け寄る。アルドもゆっくりとそれに近づく。


「これは、地下室かな? 入り口は無事っぽいし、中も案外平気かも!」


「え……。ほ、本当ですか!?」


 重そうな瓦礫をヒルデはひょいと退かし、地下に続く扉を発見する。錆びてはいるが扉はまだ開きそうであり、正真正銘の遺跡であることを示していた。

 

 杖の機能の一つである”ライト”を使い、光で照らしながら中へ入ると、そこは倉庫のような場所だった。きっと旧時代でも倉庫として使われていたのだろう。地下ということもあり劣化もさほど進んでおらず、テックも多く眠っていると予想できた。


「まだ奥がありそう……。無事発見できたことだし、アルドさんはこの辺で待ってて。アタシは階層とかを確認して、データ作っちゃうから。こりゃドクターへの報告がめんどそうだなぁ」


 ライトをつけたまま杖を使い、ヒルデはその倉庫を調べ始める。既にヒルデは報告書のことで頭がいっぱいで、アルドの方を振り向いてはいなかった。

 一方アルドは、その宝の山である倉庫を見つめ、手が震えていた。入り口付近で見つけた鋭利なナイフを握りしめながら。


 彼は考えていた。もしこれが全部自分のもので、セイリオスに気づかれないうちに別の街に運び込めれば、どうなるのだろうと。そのために必要なことは何だろう、と。


「ねぇ、アルドさん」


「ッ! は、はい!」


 ヒルデはデータ入力をしながら、アルドに話しかける。アルドの身体は跳ね上がり、声も裏返っていた。


「これで追加分の謝礼も確定したわけだけどさ、どう? 借金は帳消しにできそう?」


「え……ええ! あの金額であれば十分でしょう……きっと」


「そっかぁ。じゃあさ、その後はどうするの? いくら手元に残るかは知らないけどさ。地図ももうないんでしょ? 何かやろうとか考えてるの?」


「そ、その後……ですか。そうですね……。元の生活……を取り戻す、とかですかね……」


 ヒルデのその問いを聞き、更に考えを巡らせるアルド。

地図提供と遺跡発見の謝礼金。ここから今の借金の額を引くといくら残るだろうか。それで何ができるだろうか。そもそも、自分は何がしたかったのだろうか。


 失敗と借金を繰り返すうちに、その先なんて考える暇がなくなって行った。

見つけることさえできれば、金も手に入るし、何かが変わる。そう信じていた。


しかし常に現実は付きまとい、返す分のお金や、裏切ってしまった知人たちの事を考えてしまう。

自分はどうやって生きていけるのだろうか、と。

そして時折、自分が嫌で仕方なかった、あの退屈な日々を思い出してしまうのだ。

また、こう思っていた。『あの時よりは良い日々が欲しい』と。


 アルドはナイフを握りながら、音を立てないようにしてヒルデの背後に回る。

そして真っすぐヒルデの方に刃を向けて、その足をいつ踏み出そうかと隙を伺っていた。


 彼女をここで殺せば、セイリオス神殿にバレるまで時間が稼げる。もしこのまま帰られてしまえば、この宝の山を手にすることは二度となくなる。


そんな思考でもういっぱいだった。


「ところでさ、アルドさん。お金の始まりって知ってる?」


「はぁ……へ?」


 突然振られた謎の話題にアルドは思わず間抜けな声を挙げてしまう。

依然としてヒルデは彼に背を向けたままであったが、アルドは足を止める。


「昔はさ、物は物としか交換できなかったんだ。そりゃ当たり前だよね。人には人の欲しいものがある。お互いをそれを理解して、その人たちが等価だと理解して交換するんだから」


「は、はぁ……」


「でも、絶対に相手が欲しがるものを自分が持っているとは限らない。だからこそ、その物々交換を仲介する存在が生まれた。旧時代の、さらに大昔には貝殻がお金だった時代もあったらしいよ。誰も貝殻なんて欲しいとは思わないはずなのに、それと物が交換できちゃうんだから、不思議な話だよね」


「なんの話を……?」


「今でこそGrグランって言うお金があるけど、これも元々は鉄くず何gグラムで食べ物と交換っていうルールが前にあったことが由来なんだってね。つまり100年くらい前の当時は、鉄くずがお金の代わりだったワケだ。貝殻と同じく、鉄くずなんて全員が欲しがる物じゃないのに、誰もが鉄くずに価値を見出した」


「な、なあ! ヒルデさん。なんの話をしてるんだ……?」


 思い切ってアルドはそう聞く。それでもヒルデは手を止めず、アルドに背を向けたまま話し続けた。


「だから言ったじゃないの。お金の話だよ。要はさ、物の価値なんてものは人によって変わるはずなのに、それを共通のものにしてしまうのが"お金"だってコト。お金の魔力とはよく言ったもんだよ。見えない価値に縛られて、自分が本当に欲しがっている価値が見えなくなっちゃうんだ。今のアルドさんみたいにね」


「っ!? なにを、言って……?」


「最初はただの勇気だったかも知れない。その勇気と希望を振り絞って、あなたは生活を代償に夢を得た。一攫千金か、それとも別の何かを求めてね。それ自体は別に悪いことでも何でもないよ。でも夢を追うにつれ、夢にかける代償が増えるにつれ、いつしか求めるものがお金に変わって行った。何かを成し遂げることではなく、成し遂げた先のお金に目が奪われていた。違う?」


「…………」


 アルドは何も言えなかった。

頭の中でなら、あの地図を見つけた瞬間の感情は思い出せるのだ。

自分の人生に足りていないと思っていた高揚感と、できるかも知れないという期待。

だが、それを今も持ち続けているかと考えると、持ってはいなかった。

遺跡を見つけた時も、これで金が手に入ると真っ先に思っていた。そのことに安堵し、喜んでいる自分がいた。


 この手にしているナイフが良い証拠だ。自分はもう、得られる金のことしか頭にないのだ。


「そのナイフを今すぐに置けば、何も無かったことにできる。でも、その一歩を踏み出せば、あなたはもう犯罪者になる。それだけは、と思って、盗みとか殺人はしてこなかったんじゃないの?」


「な、な……」


 相変わらずヒルデはアルドに背を向けている。そのままデータ入力や確認を進めており、言ってしまえば無防備だった。

なぜナイフを構えているとバレているのかは分からないが、彼女はこの凶器を回避できるような状態ではないように見えた。


 彼はヒルデの言葉を無視し、今しかないと足に力を込めた。もう後戻りはできない。

鋭利な刃は真っすぐヒルデに向かって行き、遂にその先端が彼女に接触する――


「……ッ! へ、え?」


「そっか。か」


 ナイフは確かに彼女に到達していた。しかしそのナイフは彼女の右腕でしっかり握り返されていた。彼女の右腕は鉄でできていた。

 

 彼女の右手の握力は尋常でなく、アルドが力いっぱい引っ張ってもビクともしなかった。やがてアルドは諦め、ナイフから手を離し、床に尻をついた。


「はぁ……。アルドさんが一番最初に払った価値はさ、自分の生活だったんだよ。それはあなたにとってつまらないものだったかも知れないけど、それを望んで命さえ賭ける人が世界にいくらでもいる。あなたは今、それを取り戻せる最後のチャンスを、”交換”ではなく”捨てて”しまったんだよ」


「……ああ……」


 ヒルデは右手で掴んだナイフを丁寧に棚へと戻し、再び調査を続ける。


「確かに価値なんてものは人によって違うよ。でもね、だからこそ、価値を理解していないと世の中は渡れないの。誰にとってが高い価値を持つのか、自分は何が欲しいのか。理解していないと、必ず損をする。理解できていないあなたが遺跡を自分のものにしたところで、きっと無意味な結果に終わったはずだよ」


 無気力になったアルドを置いて、ヒルデは倉庫の奥に進んで行った。広い作りになっており、彼女は部屋の数や階層の有無を確認してから地上へ戻ることにした。


 入り口付近に戻ってみるとアルドの姿はなかった。とは言え彼女はこれを予想していた。


どうせ捕まえても誰の得にもならない。ならば途中で逃げられた、という報告をする方が彼女にとって楽なのだ。

 しかしよく見てみると、その辺りにあった箱の一つが消えていることに気づいた。状況から考えてアルドが持ち去ったのだろう。

宝の山の中から適当に一つ持って行くという、最後の足掻きをしたワケだ。それ見た彼女は、静かに一言呟いた。


「ほらね」



――二日後――


「へぇ? じゃあ、最後にしてやられたってことか? ヒルデらしくねぇな」


 昼間のスターゲイズにて、マスターはヒルデの話を聞きながらそう零す。ヒルデは一通りの報告が済み、マスターに何があったかを話していた。


「アタシにも慈悲があるって思ってくれてもいいんだよ。最後のチャンスを与えたってね」


「じゃあ何か? そのアルドって男は、そのテックで一攫千金を成して、めでたしめでたしってか? あんまり気持ちの良い話じゃないな」


「その可能性もあったんだけどねぇ。軽く箱の中も覗きながら見てたからさ、何を持ち去ったか分かっちゃったんだよね」


「ほぉ。で? トラベラーのヒルデさんが見るに、それはアルドにとって価値のあるもんだったのか?」


「そりゃそうよ。あの人に価値があったでしょ。じゃなきゃ持ち去らないもん。アルドさんは、"電子レンジ"がお宝に見えたってことー」


「……電子レンジ? あの、ウチにでもあるやつか? あんなもん、電気の通ってる街に行けばいくらだって売ってるだろう」


 ヒルデは静かに数回頷く。そしてそのまま机に突っ伏して、いつも通り眠りについた。

マスターは大きな溜息を吐いてから、今の話を笑い話として記憶するか少しの間だけ悩むのだった。


テックの中には、もう既に内部の解析や量産が可能になっているものもある。スターゲイズにさえ置いてある電子レンジもその一つだった。それに珍しさ、希少さなど欠片もなく、大金になるはずもなかった。



 余談であるが、アルドに渡すはずだった分の謝礼金は行き場の無くし、結果としてヒルデの懐に給料として入ったと言う。

そしてしばらくその金を使う気にはならなかった。

理由を問えば、彼女は眠そうな顔をしながらこう答えた。


「使う価値が見出せない」


 しかし最終的には、新しいゴーグルや靴を買う予算にした。ルーシーは基本ケチなので、そういった仕事道具すら自費で買わせるのだ。

 つまりヒルデにとって、それらが今一番価値のあるものだったのだ。


「お金に価値はないんだから、価値あるものに変えてあげなきゃいけないからね」


 彼女は、アルドのものになるはずだったお金にそう別れを告げたのだった。

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