第3話 金のなる木の土地は高い―前編―

 この世界には"ドーム"と呼ばれる、地面から球体が上半分だけ飛び出ているような建物がいくつも建っている。

その大きさはものによって異なり、直径1kmキロメートルしかないようなドームもあれば、半径が20km以上もあるドームもある。


 その正体は、言ってしまえば大きな"家"、あるいは”避難所”である。

半球で覆われたその内側は、荒野の砂嵐や汚染された雨から人々を守ってくれる。

気温も快適に暮らせるよう調整され、場所によっては農業さえ十分に行える。草木の生えないドームの外と違い、正に内側は人が住むのに適した環境であるのだ。


 しかし、ドームそのものが建造物であるため、人が住める範囲というものが限られている。居住区、商業区、産業区……といったようなエリアのことだ。


特に居住区は場所による住みやすさというものも関わってきており、そういったドーム内の土地を売り買いして稼ぐ者もいる。

どういった人がドーム内の住民になれるかはそのドームによって異なるが、基本的には資金さえあればドーム内で生活することができる。

結局のところ、いつの時代でも金がすべてであるのだ。

ドームの内側にある生活圏をしばしば街と呼び、外側で暮らす人にとって街は憧れの対象である。



 セイリオス――正式名称『セイリオス神殿』も、そんな街の一つとして数えられている。

大昔からある大きな建造物を中心とする街であり、他のドームはセイリオスのドームを参考に作られたと言われているほど歴史は長い。




 その日、トラベラーのヒルデは自分の上司である人物に会いに来ていた。

その人物はセイリオス神殿の医療を取り仕切る高い地位の存在である。

あまり外に出る性格でもないため謎も多く、人々はその人のことを"Dr.ドクタールーシー"と呼び、敬愛し、また恐れてもいるのだった。


「Dr.ルーシー。ヒルデ様がいらっしゃいました」


「通しなさい」


「はっ」


 ヒルデはトラベラーの証でもある杖を握りながら、いくつかのセキュリティとガードマンを通過して、ようやくDr.ルーシーの事務室の前まで来た。

一人のガードマンが扉を開け、ヒルデは中に入る。事務室の奥には椅子に座った人物、Dr.ルーシーがおり、ヒルデはその人を見つめる。

 そして扉が完全に閉じた事を確認し、ヒルデは口を開いた。


「ちょっと、ドクター!? この前来た時はもう少し楽に入れるようにしておくって言いましたよね!? なーんも変わってないじゃないですかっ?!」


 ヒルデは杖を床にコンコンと当てて怒りを表す。それに応えるようにDr.ルーシーは立ちあがり、その長い髪をなびかせながらヒルデの前まで歩いて行く。


「変わったわ。セキュリティゲート、一つ減ってたでしょう? 気づかなかったのだとすればそれはあなたのミスよ、ヒルデ」


 Dr.ルーシー自身のデータはとても少ない。常に白衣を着ており、身長は170cmと高く、長い銀髪を持つ女性と言うことくらいである。

医療の技術や知識もずば抜けているが、それをどこで学んだかなど、そもそも年齢はいくつなのかすらも誰も知らない。


「ムキー! そんなの変化のうちに入りませんー! アポの確認に10分、危険物所持の確認に20分、全ゲートとガードマンを越えるのにもう20分……! 約束の時間過ぎてるじゃないですか!」


「遅刻は遅刻よ。そういうのを想定して、常に行動してちょうだい。私だって暇じゃないの。まあ今日は機嫌がいいから、減給は無しにしてあげるけど」


「ぐぬ……。それで、今日は何の用です? 前みたいに珍しいお菓子自慢だったら帰りますよ?」


「違うわよ。今回呼んだのは、あれの件よ。セイリオス神殿の大遠征調査。ヒルデからも貴重な人材を提供してもらってるんだから、報告くらいしてあげなきゃと思ってね」


 そう言ってルーシーは紙の束をヒルデに投げて渡す。

この時代に紙という資源で情報を管理するなど、物好きのルーシーくらいである。


 紙の束の拍子には"調査結果"という文字。つまりは報告書と呼ばれるものだった。

どこで何を見つけ、期待されていた結果を出せたのか。

そういったものが回りくどい文で書かれているだけであり、ヒルデも飛ばし飛ばしで軽く目を通す。


「……順調、ってことですか。じゃあそろそろ帰ってくるんですね、みんな。……何人か帰ってきてもらうと困る人もいますが……」


「仲間くらい大事にしなさい? 人ってのは失ったら二度と手に入らない唯一無二の資源なんだからね」


「資源かー」


 ヒルデは苦笑して報告書を返す。


「ま、気にしてなかった、と言えばウソになるので、少し安心しましたよ。用はこれだけですか?」


「ああ待って。もう一つ。今度は仕事の話よ」


「え? ドクターから仕事の話って、珍しいですね。神殿側からですか?」


「いいや、”アイツら”は関係ないわ。今回のは私個人が受けた依頼よ。本来なら私個人での契約なんてしないけど、ちょっと面白そうな話だったからね」


 するとルーシーは報告書をしまいながら、引き出しから一つの機械を取り出す。

薄い板のようなもので、その表面には文字や写真が映し出されている。タブレット端末というものだ。

ヒルデにしてみれば、紙よりこちらの方が目にする機会が多い。


「依頼主はアルド・ダグリン、男性。依頼内容は旧時代建造物、つまりは"遺跡"の調査ね。なんでも古い地図を所持しているようで、そこに載っている建物に行きたいそうよ。で、これをヒルデに任せるわ。どうせ今動けるトラベラーはアンタくらいしか居ないからね」


 端末には男の顔と依頼内容の詳細、また報酬金などが表示されていた。

ヒルデも目を通すが、どうにも腑に落ちない点があり、その旨をルーシーに伝えた。


「確かに遺跡の発見もトラベラーの仕事の一つですけど……。この人も同行するんですよね?」


「アンタの疑問点は分かるわ。普通、こうして地図……というか歴史的価値のある物を提供した時点で、神殿から謝礼金が出る。更にその遺跡がまだ現存し、内部から貴重なテックが発見されれば追加の謝礼金。つまりは、この男はもう何もしなくても金が入ってくる。なのに何故、遺跡まで直接行きたがるのか」


「その通りです。わざわざ遺跡まで同行する人を雇うお金まで用意して、それもこん大金……。結構危険な道のりになるし、そこまでするメリットないと思うんですが」


 遺跡は旧時代の建造物ゆえに、中にあるものは全て旧時代の物。つまりはテックである。

そのため、ひと昔前に人々はこぞって遺跡を探し求めた。

 結果、人が容易に行けるような場所にある遺跡はすべて調査し尽くされている。

それ以外であれば、汚染地域だったり、深い谷底にあったり、猛獣が住み着いていたりと様々な場所に位置している。

遊び半分で行こうとすれば、あっという間に命を落としかねない。


「そうよねぇ。だから引き受けたのよ。コイツがただの遺跡マニアなのか、それとも……別の目的があるのか。ヒルデ、確かめてきてちょうだい」


「……ドクター? まさか、そんなことのためにこの依頼引き受けたんですか!?」


「ええ、もちろん。私は損しないし。最近なーんも事件とか起きなくて、退屈してたのよねぇ」


「あのですね……。アタシはともかく、知らない人の命で遊ぶようなことは――」


「とにかく! この男、任せたわよ。出発は明日って伝えてあるから。あ、汚染エリアではないけど、砂嵐が多いから彼用のマスクとかゴーグルとか用意しておいてね。それじゃ、私は次のお仕事があるから」


 ヒルデの言葉をかき消すように、ルーシーは言葉を並べ、椅子に再び座る。そのまま外のガードマンに連絡し、ヒルデを外まで送るように言うと、ヒルデは成す術もなく執務室の外に連れていかれるのだった。


「ちょっと! まだ話は……!」


「ヒルデ様。スターゲイズまでお送りします」


「もー!」


 


――次の日――


「今回依頼させていただいたアルドという者です。よろしくお願いします。へへ」


「……アタシはヒルデ。ざっと見て、地図通りなら今日の夜には遺跡に着ける予定だよ。それでいいね?」


「はい、それはもう!」


「……」


 アルド・ダグリンという男は、ヒルデの第一印象としてみすぼらしい男だった。

報酬金として提示してきた金額は決して安くない額であったが、そんな金をポイと出せるほどの身なりではなかったのだ。

使い古した衣服や靴。整っていない髪。痩せこけた足や腕。ますます男の目的が分からなくなっていた。


 しかし仕事は仕事であり、まじめにやらなければ自分の命さえ危ない道のりである。

ヒルデはしっかり準備を整え、目的地に向けて出発した。



 セイリオスを出てずっと西へ行くと、ただの平坦な荒野を抜けゴツゴツとした岩場に出る。

大昔に山があった地域と思われるが、もう地面は風で削られ、ただ硬い地面がむき出しになっている空間であった。

吹く風にも砂と小石が混ざっており、もし目にでも入れば大変なことになる。


「……ってわけで、ゴーグル無しでは絶対に歩けない道なの、ここは。マスクもね」


「なるほど。トラベラーの方はこんな場所も通るんですねぇ……」


「あんまり風が強い日だと結構大きめの石も飛んできたりして、頭に当たって死んだって人もいるよ。知り合いにはいないけど。……引き返す気になった?」


「いえいえ、とんでもない! 遺跡をこの目で見るという意志がある限り、このくらい乗り越えてみせますよ」


「ここを越えれば、次は高低差の激しい砂地が待ってる。そこでは足を取られて動けなくなって、そのまま衰弱死した人もいる。そこで引き返すとすれば、またここを通ることになる。それでもいい?」


「あ、当たり前ですって! 何があっても、遺跡までたどり着いてみせます!」


「……」


 その後もヒルデはさりげなく引き返すことを勧めたが、アルドは頑なに諦めなかった。

それだけの執着心の裏に何があるのか。確かにルーシーの言う通り、興味が出てくるなとヒルデも思った。

しかし話術があるわけでもなく、どう話を切り出そうかと考えるうちに時間は経って行った。いつの間にか日は落ち、もう辺りは暗くなり始めていた。



「ううん。ルート選びに時間かかっちゃったかな。この暗さでこの先を行くのはちょっと危険かな。風の当たらない所を探して、野宿しようか」


「えっ。もう止まるんですか? まだ日は落ちていないじゃないですか。それに、地図を見れば遺跡はあと少しですよ?」


「まあね。でも、その地図がどれくらい信用できるかも分からないし、何より暗さってのは思っている以上に危険なの。特に足元。毒を持った蛇がいるかも知れないし、小さな溝でもつまづけば大怪我に繋がる。それに気温も下がる。何よりも安全を優先しなければいけないんだ」


「……ヒルデさんは慎重な人なんですね。他とは違いますなぁ」


「……?」



 完全に日が落ちる前にヒルデは周囲を捜索し、野宿ができそうな場所を探した。幸いその場は小さな山場の地帯であり、浅い洞窟を見つけることができた。そこで火を焚き、持ってきた食料に火を通し、すぐに火を消した。


「あれ。もう消しちゃうんですか」


「うん。暗くなっても明るいと、それを狙ってゴロツキが集まるからね。危険は最小限に。アタシが見張ってるから、アルドさんは寝ちゃって。日が昇ったら動き出す予定だから」


「あ、はい……」


 そう言ってアルドは横になるが、どうにも落ち着かない様子で、たまに顔をあげてヒルデの方を見るなどを繰り返していた。

とてもじゃないが寝るつもりのある人間の動きではない。

確かに小さいライトは彼に貸したが、そう何度もヒルデの方を照らされると腹も立つものだ。

しびれを切らしたヒルデは、アルドに話を聞くことにした。


「寝ないのなら、そのままライトを点けないで話でもどう? アルドさん」


「えっ。話、ですか」


 暗くてもアルドがその提案にドキリとしたのが分かった。さてどこから聞こうかと思考を巡らせ、声をなるべく小さくてヒルデは問い始める。


「アルドさんは何をしている人なの? どこかの街で働いている人?」


「え、えっと……。それが、今は何も仕事を持っていなくて……」


「フリーの人か。まあ珍しくはないね。でもお金は持ってるみたいだし、そこそこ腕の良い"賞金稼ぎ"だったり?」


「え、いや、その……。なんと言えばいいか。私、昔はある街の企業に勤めていたんです。下っ端でしたけどね。でも辞めちゃって、それ以降は何も……」


「ふぅん。企業の人、か……。じゃあ生活も悪くなかったでしょ。今じゃ街住みってだけでステータスなんだし、お給料も悪くないでしょう? なんで辞めたのさ」


 ヒルデは少しずつ探りを入れていく。

アルドはその一つ一つの問いに困ったような反応を示しながら、言葉を選ぶようにして答えていく。


「ええと。馬鹿みたいに思われるかも知れないですけど……。"俺"、飽きちゃったんです。何も変わらない毎日に……」


 アルドの口調が変わってくる。そのタイミングをヒルデは見逃さなかった。


「……へぇ。どうしてまた? 充実してたんじゃないの?」


「……俺の父も同じ企業に勤めていて、結構偉い人でした。お金も持っていて、俺は小さい頃から何一つ不自由ない生活を送れていました。それこそ、努力しなくなって何でも手に入ったんです。それが当たり前だと思っていた頃もありました」


 アルドの言葉に力が入っていくのを感じる。段々と感情がこもってきているのだ。

声が大きくなりつつあるが、この際だからとヒルデは気にせずに話を続けさせる。


「でも、何か変化があったんだ」


「ええ。あれは確か、親父と同じ企業に入ってすぐの頃です。偶然仕事で、歴史に関するデータを読んだんです。歴史って言っても、文明崩壊より後の、ここ200年間の記録ですけどね。そこには俺の知らない話が多く載っていました。今の時代を築き上げた、英雄たちの物語と言っても良かったでしょう」


「英雄ね。そういう言い方もできなくはないか……。テックを再活用した人、金融を作り上げた人、現在の企業という概念を成した人。他にもいろいろ。そういう人たちのことでしょう?」


「そうです! 俺は思いました。そんな偉業を成し遂げた人たちが、つい100年前に生きていた。それに比べて、俺はなんて無意味な生活を送っているんだ、と!」


「……」


「その後しばらく経って、親父が亡くなりました。もともと持病持ちだったんです。それで親父の遺品が俺に渡ってきて、その中にこの地図があったんです。誰かから譲り受けたのかも今となっては分かりませんが、一目見た瞬間俺は悟ったんです。これだ! と」


 もはやヒルデの相槌さえ待たず、アルドは興奮したまま喋り続けた。その分ヒルデは外の監視に集中できるので、願ったり叶ったりという状況であったが。


「この地図を頼りに遺跡を探せば、俺は何かを成し遂げられる。もしかすれば後世に残る英雄にさえなれるかも。それで俺は企業を辞め、地図を持って街も出ました。素人の俺一人が街の外を歩き回るのにも限界があるということは知っていたので、協力してくれる人を探しましたよ。どこも高額でしか雇えない人たちばかりでしたが、遺跡を見つけるのに比べたら安いもんだとね」


 なるほど、とヒルデは思う。

先ほどの彼の「他とは違いますなぁ」という発言。これは自分以外に雇った、いわゆるボディガードの人たちのことを言っていたのだ。

確かにトラベラーでなくとも、そういった危険な事を引き受ける人々はいる。

そういうのを"冒険者"とか"ハンター"とか呼んだりもする。

そういう人々とアルドは出会ってきたのだろう。


「……でもね。そう簡単に遺跡は見つかりませんでした。セイリオスに渡した地図こそ一枚ですがね、他にも何枚かあったんです。でもそれらは破れていたり、載っている建物が跡形もなく壊れていたり、もう発見済みだったり。散々でしたよ……」


 まあ、そんなものだろう。とヒルデは心の中で呟く。

未発見の遺跡なんてものは、そう簡単には見つかるはずがない。

一度この世界で起きた文明の崩壊。

あれにより、地上にあるものはほぼ全て吹き飛んだのだ。それを奇跡的に回避したものだけが遺跡と呼ばれるのである。

そういった地図も何等かの理由で崩壊を生き延びたのだろうが、それが現在でも通用する代物だとは手放しには言えない。

彼はそれで一攫千金の夢でも見たのだろうが、端から難しい話であった。


 しかしここで疑問も感じた。金の問題だ。いくら街の企業勤めの人間とは言え、その財力は高が知れている。

ヒルデのようなトラベラーを雇うのにさえかなりの額が必要なのに、ボディガードをそう何人も雇っていたらあっという間に底をついてしまう。

そのはずなのに、ルーシーには現金で依頼を出したのだと言う。

いくらなんでも、少し無理があるのではないか? そうヒルデは思ったのだ。

だから彼女はこう聞いた。


「……そんなに散々だったのなら、どうやってアタシを雇ったの? それもあのDr.ルーシーに直接だなんて。そんなお金、どこで……?」


 すると彼はこう答えるのだった。


「……借金したんです。というか、街を出た時点でもうしてたんですよ。遺跡一つ見つかれば簡単に返せると思っていますからね」


 その言葉を聞き唖然とするヒルデだったが、この暗闇でその表情はアルドに見えることはないだろう。

 そんなことも知らないアルドは、この小さな洞窟の中で、まだ話を続けるのだった。

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