第2話 棄てる神と拾う人―後編―

 "トラベラー"。この世界には、そう呼ばれる役職を持つ人々が存在する。

 彼らの名前の由来は、大昔、まだ地球上が自然や文明であふれていた頃の言葉にある。


"旅人Traveler"


それは世界中を歩き回り、建物見物や食事を楽しむ人々のこと。


 今の地球では、そんな楽しんで"旅"をする者は一人もいない。

何も知らずにドームの外……荒野へ出れば、気づかないうちにダイオキシン汚染や放射能に殺されてしまう。

どこかの街へ辿り着けても、その街が自分にとって良い場所であるかは誰も保証してくれない。トラベル旅人トラベラーも、もう使われていない言葉である。


 そんな死の大地を歩き、各地を調査する人々こそが、トラベラーと呼ばれる者であった。

安全な道を見つけ、もしその道が塞がれたら随時情報を各街に共有し、"地図"というものを作り上げる役割。

あるいは、まだ周知されていない村や集落に出向き、地形や特色(例えば、水の質、移住した場合の快適度、ゴロツキの襲撃頻度など)を調べて近くの街に伝えることも役割である。


 この世界において非常に重要な使命を持つ彼らだが、あいにく人数は少ないのが現状である。

ゴロツキや人食い猛獣が蔓延はびこる荒野に好き好んで出向く方がおかしいのだ。自ら進んで墓場に足を突っ込む者はいない。

そもそもの人数が少なく、そして希望者もいない。であれば、トラベラーという名前自体を知らない人も大勢いるのも必然だった。


 だからこそ、セイリオスという街に住む"ヒルデ"というトラベラーの存在は、とても貴重なのだ。



「いやぁ、着いたねぇ! ここがLeoMiller村かー」


「は、はい。……ええっと、とりあえず、とう……いや、村長の家に行きますか?」


「そうだね。挨拶は基本って言うからね!」


 シリルとヒルデはセイリオスの街を出て、数日をかけてようやくLeoMillerに辿り着いた。

流石トラベラーと呼ばれるだけあり、シリル一人でセイリオスに来た時よりずっと早い到着だった。

歩きやすい道を事前に選び、砂嵐が来そうになれば身を守れる場所に移動し、想定されていた時間通りに目的地へと着いた。

外に関する知識のないシリルにとっては予言者かと思うほどだった。

 


 LeoMiller村は小さい村であるため、シリルが帰って来たことはすぐに村全体に伝わった。

皆シリルの無事も喜びつつ、結果も気になっているようで、村長の家の周りにはいつの間にか村の全員が集まっていた。


「よく戻った、シリル。交渉の結果も気になるが、まずは無事に帰って来られて良かった。村長ではなく、父親として誇りに思う」


「父さん……」


 村長と呼ばれる男性はシリルの父親だった。そこまで歳も行っていないように見え、恐らく30代後半と行ったところだろう。


「それで、このお嬢さんは? 行商人……には見えないが……」


「ああ、えっと。セイリオスの人、なんだけど。どう説明すれば……」


「ん? ああ、アタシのことか。はじめまして、LeoMiller村の村長さん。アタシはヒルデ。セイリオスでトラベラーやってます!」


「と、トラベラー?」


 村長は聞きなれない単語を聞き、シリルに目線をやる。しかしシリルも完全に理解したわけではないため、言葉に詰まる。それを見かねたヒルデが言葉を続ける。


「えーっと。コンドライト、でしたっけ? それがどれくらい掘れそうかってのを調べに来たんです。その結果次第で、行商人がこの村に来るかが決まります」


「調べに……? あの石だけでは不十分だったということかね? シリル、ちゃんと石を渡したんだろうな」


「え、あ、うん……。でも、あれだけじゃどれくらいの量が採れるか分からないってことで……」


「ふーむ……。いや、何も困ったことはない。それなら私たちは待つだけだ。ヒルデさん、と言ったね。調査の方、よろしくお願いする」


 シリルはほんの一瞬、自分の父親が怒ったり、結果に不満を抱いたりしないか不安になった。

別に彼が父親を信用していないということではない。

ただ、誰も予想していない状況が今であることを理解していたのだ。現に今の話は外まで聞こえており、話を聞いた何人かの村人がざわつき始めていたのだ。


「はーい! そんなに時間はかかりませんので。案内の方お願いしてもいいですか?」


「ああ。シリル。長い道のりで疲れているだろうが、これも縁というやつだ。案内してやってくれ」


「え、ああ。うん。分かったよ」


「ああ、そうだ。ヒルデさん。今晩はウチに泊まるといい。ここには宿屋がないからね。でも、ウチの家内が作る飯は美味しいですので」


「それは楽しみですね! ありがとうございます!」


 シリルの父親はヒルデを歓迎しているようだった。その様子をシリルは見て、少し安心していた。

確かにまだ何も村の状況は解決していないが、少しは良い方向に向かっているはずだと思えたのだ。

それは彼の父親も感じているようで、自然と笑みが顔に現れていた。久しぶりの客人ということもあるが、ヒルデという人物が何かをもたらしてくれるような気がしたのだ。


 その若干の温かみを感じながら、シリルは村長の家、兼自宅を後にした。



「ふむふむ。この辺りでいいかな。ええっと……」


 シリルらは村から少しだけ離れた位置にある洞窟の中にいた。そこは長らく子どもの隠れ家として機能していたが、奇妙な鉱石が見つかるようになってからは存在を秘匿していた。他の村の人やゴロツキに知られないためだ。

 洞窟はどちらかと言うと縦穴に近い構造をしており、奥へ行けば行くほど下がっていく形だった。ヒルデは少しだけ奥へ進み、地面の色が変わり始めた辺りで立ち止まる。

そしてずっと手に持っていた”杖”を使い、周囲の壁や地面をつつき始めた。


「えと……。何をされてるんです?」


「何って、調査だよ」


「……その変な形をした杖でですか?」


「え? 変な形って、失礼だなぁ。確かに杖にしちゃ変だけど、列記としたトラベラー必需品なんだよー。いろんな機能があってね、覚えるのに苦労したよ。中にはまだ構造がよく分かってない機械もあるとか……」


「……! そ、それって、もしかして"遺産"!?」


 ヒルデの言葉を聞き、シリルは思わず立ち上がる。あまり天井も高くないため、危うく頭をぶつけるところだった。


「遺産? ああ、そう呼ぶ人もいるね。アタシたちは"テック"って呼んでるけど」


「て、てっく?」


「そう。ずーっと昔。まだ綺麗な水が大量にあった頃、いわゆる"旧時代きゅうじだい"に発明された技術、機械、道具。そういうのをアタシたちは全部まとめてテックって呼んでる。正式名称は……確か、機械仕掛けの置き土産Technical-Keepsakesだっけかな。略してテックTeck。この杖っぽいのもテック」


 ヒルデの持つ杖は、確かに杖にしてみれば妙な形だった。どちらかと言えば、細長い棒の上部に重そうな機械を取り付けたもの、と言った方がそれらしい。持ち手と思われる部分さえあるが、一目で何に使う道具かを当てられる者はいないだろう。


「やっぱり……遺産だ……。初めて見た……!」


「うんー? 珍しいものかも知れないけど、そんなに目を輝かせて見るものかなぁ?」


「当たり前じゃないですか! 遺産の力があったから、今の僕らがあるんです。滅亡寸前だった人類も、それを掘り当てて使ったから文明を取り戻せた。だからこそ今でも価値のあるもので、一つ見つければドームが一つ立つくらいの値打ちがあると!」


「大げさだなぁ。まあでも、価値があるってのは本当かもね。このアタシの右腕もテックだって言って、"ドクター"が不思議がってたし」


「腕も……!? ……そんなものを持ち歩くなんて、トラベラーって凄い人たちなんですね……」


「でしょー? 試験とか大変だったんだからねー。なのにドクターとかマスターはアタシをバカにして……まったく! 失礼しちゃうなぁ! あ、もう完了したみたい」


 ヒルデが一人憤りを見せていると、杖から電子音が鳴り出し、動作を完了させたことを示していた。

しかし結果自体はその時点では分からない。データを然るべき装置のある場所へ持って帰り、初めて結果が出るのだ。

ゆえにヒルデもセイリオスに帰るまでは何も分からない。


「これからどうします? 今晩はウチに泊まるとして、それまで休みますか? それともここに残ります?」


「んー。ついでにこの周辺の地形も記録しちゃうね。もし行商人が通うようになれば、道もいずれは作ることになるし」


「道……ですか。はは、なんか、信じられないな。ウチの村に続く道ができるなんて……」


「作られるとしてもだいぶ先だけどね。同じルートを通り続けて、ある程度道も踏み固まって治安も良くなった頃、やっと道を舗装しようと動く人がいる。そこからさらに数年かけて道はできる。長い話だよ」


「……それでも、僕らにとっては、大きな夢のある話なんですよ。もしかすると、水源があった頃みたいな生活が取り戻せるかも知れないって……」


「……そうだね。そうなれば、みんな幸せだ。うんうん。未来ってのは、そうじゃなきゃ! どこまでも、果てしなく、明るくね!」


「……はい!」


「ふふん。んじゃ、シリル君は村に戻ってて大丈夫だよ。日が落ちる前には戻るって、村長さんに伝えておいて」


「あ、はい。分かりました。お気をつけて」


「あいよー」


 そう言って二人は分かれた。ヒルデは村とは反対方向に進み、付近を調査し始めた。

その様子をたまに振り返りながら見るシリルだったが、改めて思うと不思議な感覚だった。

自分と同じくらいの子が、こんなにも他人の大きな夢を背負えるものなのだな、と。無責任な様子も感じられない、適当でもない。

そんな少女の様子を見て、青年は村へ戻ったのだった。



 

「……そろそろ日が暮れるが。シリル。ヒルデさんはまだ帰って来ないのか?」


「うん。おかしいな。もう帰ってくるはずなんだけど……」


 シリルの家では、もう夕飯が作られていた。

少ない食材ではあるが、村で採れるものを使ってできる限りの美味しさを引き出した料理だ。

しかしそれを披露する肝心の客人がまだ帰ってこない。その場にいる村長やシリル、彼の母親や妹も不安を感じてしまう。


「彼女を疑うわけではないが、データとやらを他に持ち出すなんてことは……」


「父さん! ヒルデさんはそんなことしないよ……。あの人は、僕らの村を心配してくれたんだよ?」


「う、うむ。悪かった。だが、村全体に不安があるのは事実なんだ。今まで必死に隠してきた村の秘密を、初めて村の外の人間に話したのだからな……」


 彼の言葉にシリルも黙り込む。

確かに村人が不安を感じていることは分かっていた。

そして同時に、不安以外の感情もなんとなく察していたのだった。

その感情が何であるか、いまいち掴みかねていたのだが、シリルの妹の発言により、それが具体的なものになった。


「あのね、お父さん……。実は、”カイルおじちゃん”が知らない人と話してるの、私見ちゃったの……」


「っ!? カイルが!? 知らない人ってことは、まさか、村の外のヤツか!?」


 カイルとは村長の弟の名前だった。

共にこの村で育った仲だったが、いつしか二人は別の道を歩むようになっていた。

片方は信頼の厚い村長に、片方は利益を独占したがる性悪に。

数年前に水源が枯れたことを他の村に告げ口したのもカイルであったが、村長は身内に甘く、罰を与えなかった。


「うん……。よくは聞こえなかったんだけど、取られる前に洞窟を奪う……って。でも私、怖くて……」


 帰ってきてずっと俯いたままだった理由が分かった。

村長は事の重大さを知ると、すぐに立ち上がり出かける準備をし始めた。

それもただの準備ではなく、猛獣退治に使うような武器を持って。


「と、父さん!」


「シリルは家にいて、母さんと一緒に居なさい! カイルめ……何を考えているか知らんが、ヒルデさんが危ない! 何事もなくヒルデさんが帰ってくる可能性もあるから、お前は待っていなさい!」


 そう言い残し、村長はもう日が落ち切った闇の中へ消えて行った。一緒について行こうと一瞬考えたが、その一歩が踏み出せないシリルだった。


 こんなことなら洞窟で彼女と分かれず、一緒にいれば良かった。いや、一緒にいてどうなる? 

相手が何人なのかも分からないのに、自分一人でどうにかなると言うのか?

 シリルはそう頭の中で繰り返す。


 そうしていくうちに、ふと、分かれ際のヒルデの言葉を思い出した。


『未来ってのは、そうじゃなきゃ! どこまでも、果てしなく、明るくね!』


 明るい未来、大きな夢のために、自分は今なにをすべきか。

無力であれば確かに待つしかないだろう。だが、何かあるはずなんだ。何か……。


「っ! な、なあ! 他に思い出せないか!? カイルとか知らないヤツが話していた内容!」


「え、ええ……これ以上は……。あ……」


「なんだ!?」


「"遠見の崖"の方に誘い出す……とか……」


「!」


 遠見の崖とはこの周辺に住む人々が用いる地名の一つだ。

村から北へ行った方に小さな崖がある。崖の下は数メートルとそこまで高さはないが、飛び降りたらタダでは済まない。

猛獣退治をする時も、よくそこへ追い込んで逃げ道を無くすと父親から聞いたことがあった。


 シリルはそれを思い出すと、母親の静止も聞かずすぐさま飛び出した。

手には役に立つかも分からない、やや長めの木の棒。

一人で行っても仕方ないと頭で分かっていたが、とにかく今すぐに向かわなければという思いがシリルの足を動かした。



 たった一人で崖へ向かう彼は、恐らく居るであろうカイルとその連れを一人で相手にするかも知れないという恐怖と戦っていた。

だが崖に到着した頃には、彼の恐怖は杞憂であったと言わざるを得ない光景が広がっていた。


「……あ、誰かと思えばシリル君か。もしかして、この人たち知り合い? 何人か崖の下に落としちゃったんだけど……いや、多分まだ生きてるよ? あ、ほら、今動いた」


 そこには無傷で立っている少女がいた。月明りが金属の右腕に反射していた。

よく見ると周りで気絶して倒れている十人以上の男たちがいた。その中には知っている顔、つまりカイルの姿もあった。


 すっかり気の抜けてしまったシリルは、カイルの前に座り込み、乾いた笑い声をあげるしかできなかった。



 後日分かったことであるが、カイルと一緒に倒れていたのは村周辺で活動していた盗賊だったらしい。

カイルは盗賊らと共謀し、洞窟採掘の権利を村から奪おうとしたらしい。

その一環としてヒルデがセイリオスにデータを持ち帰るのを阻止しようとしたのだが、あっけなく返り討ちにされたそうだ。


 ヒルデに言わせて見れば、このくらいは朝飯前、だそうだ。

そもそもトラベラーはこういったヤツらが蔓延る荒野を歩く職業であり、戦えない者がなれるものではないのだと言う。

加えて自衛のための武器や道具も揃っているため、心配ご無用とのこと。



「いいですか、村長さん。今回のことでも分かる通り、行商人との売買が始まれば、必ずこうして狙って来る輩が出てきます。これはどこでも同じです。潤えば潤うほど、ゴロツキたちはそこを狙います。決して、気を抜いてはいけませんよ」


「わ、分かりました。あの、ちなみに、盗賊たちは、また襲ってきたりするのでしょうか……?」


「え? ああ……。それは分かりません。カイルさん……でしたっけ。あの人だけはそちらに身柄をお渡ししましたが、それ以外は適当に捨てて来たので。あ、でも、記憶処理は済ませておきましたので!」


「き、記憶?」


「ただ久しぶりで加減忘れちゃったので……。もし完全に一切の記憶をなくして彷徨ってる元盗賊さんが居たら助けてあげてください。そして立派な人に再教育してあげてくださいね!」


「は、はあ……」


 

 その後のLeoMiller村を知る人は――多い。

ヒルデがセイリオスに帰って僅か2日後、データ解析の結果、隕石には多くのコンドライトが含まれていることが判明した。


それにより、とある研究組織が即座に村と契約を結び、それを仲介、輸送する形で行商人が村とセイリオスを行き来することになった。

同時にその研究組織が村に護衛を置くようになり、村はそれと共に発展していく道を得た。

LeoMiller村、隕石の上にある村として、多くの人の耳に入るようになった。



――数週間後――

 

 セイリオスの入り口にある小さなお店。そこの店主マスターは、一枚の大きな紙を見つめながら新作コーヒーをすすっていた。


「ほぉー。たまには"新聞"ってのも、ちょっとはマシな情報載せてくれるじゃねぇのさ」


「はぁ!? マスターさん? たまにはって何ですか!? これでもねぇ、私だって日夜人々が求める最新情報を求めて命を危険にさらしてですねぇ……!」


 マスターの前には同じくコーヒー、ではなくジュースを飲む小柄の少女があった。

その少女は床に足が付かない椅子に座り、マスターに向かって小さい怒号を飛ばす。しかし相手にされていない。


「おい、ヒルデ! 例の村の話がこの紙切れに書いてあるぞ」


 マスターが手に持っている大きな紙には、大きくLeoMillerという名前が記載されていた。どうやらあの村についてのことがいくらか書かれているらしく、シリルやその父親の写真も一緒に載っていた。


「紙切れってねぇ!? ……え、もしかして、ヒルデさんだったんです? 村を救った英雄トラベラーって! LeoMillerじゃちょっとした伝説の人なんですよー。取材いいですか!」


「んー? なに? 仕事じゃないなら起こさないでよぉー」


「あのなぁ。ここはお前の寝床じゃねぇんだぞ? ほら、このチリ紙くれてやるから、今日は帰りな」


「とうとうチリ紙まで格落ちしましたね!? インク代とか印刷代とかあるんですからね!?」


「うるさいなぁ。”メリッサ”も、静かにしてよぉ。新聞なんかでピリピリしないでさー。ここ日差しが温かくて、寝心地いいんだぁー」


「この……バカトラベラーがっ! 寝てる暇あったら仕事探せぇ!」


「なんかって……。あの、ヒルデさん! 取材を受けるっていう仕事ありますよ! お代に今なら新聞もつけちゃいます!」


「うるさーい」



 一つの村が救われようと、とある少女の伝説がこっそり語られようと、誰かの安眠が妨害されようと、今日も世界は止まらない。

例え未来が不確かでどうしようもない、こんな荒廃した世界であっても、決して止まらない。

 夢のある明日のために生きる人がいる限り、その世界は前に進み続ける。

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