この終わりゆく世界に手向けの鉄くずを。

ねぎまる

第1話 棄てる神と拾う人―前編―

 青年の背後には荒野が広がっていた。舗装された道もなければ、緑色の草木も一切ない。地面の上にあるものと言えば、かつて"建造物"であった物体の瓦礫くらいだった。


 足場の悪い荒野を何時間と歩き続けた青年の顔に生気は無く、今にも倒れてしまいそうなほぼ疲労していた。

しかし重い頭を上げ、前を見つめると、その視線の先には巨大な建物が見える。地面から半球が飛び出しているかのような建物で、その表面で太陽の光をギラギラと反射させていた。


「あれが……"ドーム"……」


 青年は掠れた声でそう呟くと、崩れそうな膝に再び力を入れ、その建物に向かって足をゆっくりと進めて行った。


 さらに一時間ほど歩き続け、ようやく半球型の建物に青年は辿り着いた。

建物の入り口を通ると、そこに広がっていた景色は正に異世界であった。

ビルと呼ばれる高い建造物が立ち並び、舗装された道が敷き詰められ、空気も乾燥したものでなく適度に潤っていた。


 知らない世界に驚く青年であったが、すぐに自分の使命を思い出し我に返る。

付近を見渡した彼は、とりあえず入り口近くにあった小さめの建物に入ってみることにした。

そこがどんな建物なのかは分からないが、とにかく"生きている人"に今は会いたかった。ここ数時間は荒野に転がる生き物だったものの骨しか見ていない。


 青年が入ると決めた建物には『Cafe&Bar Stargaze』という看板がかかっていた。

その名の通り、喫茶店と酒場の両方を経営している店なのだが、青年にはそれが分からない。文字は読めても、"カフェ"という言葉も、"バー"という言葉も知らない。

これまでの彼の人生の中で、そんな言葉を聞く機会は一度としてなかった。




 青年はスターゲイズの扉を開け、店の中へと入る。カランコロンと扉につけられたベルが鳴り、彼はそれに一瞬だけ驚く。

 店内には三人の人がおり、そのうち一人のカウンターの向こう側にいる初老の男性は彼が入るなり「いらっしゃい」と一言口にする。

 話も通じることを確認し、青年は安堵する。そして掠れた喉に力を込め、男性にこう聞いた。


「……ここは、"セイリオス"の街で間違いないですか……?」


 よろよろと近づいてくる青年をじっと見ながら、男性はため息交じりに返事をする。


「ああ、そうだよ。間違いねぇよ」


 その返事を聞いた途端、青年は音を立ててその場に倒れ込んだ。安心して力が抜けてしまい、もう自分の意思では立ち上がることができなかった。

 そしてただ一言「ああ、良かった」と心の声を漏らし、重たい瞼を下したのだった。




「はっ!?」


 青年が店に入ってから一時間ほどが経過した頃。店の端っこに寝かせられていた彼は意識を取り戻した。


「起きたか。……ったく、ここは病院じゃないんだがな。ま、病院に連れていくまでもなかったから、適当に栄養剤ぶち込んでおいたけどよ。後でその分の料金払ってくれよ?」


 彼の目覚めに最初に気づいたのはあの初老の男性だった。まだ意識がはっきりしないが、どうやら助けてもらえたらしいということだけは分かった。


「あ、あの……なんてお礼を言ったらいいか……」


「ああ? お礼? 栄養剤くらい、この街じゃどこでも売ってるし、金さえ払ってくれりゃ文句はねぇよ。流石にコーヒー一杯も飲まずに出て行くのは勘弁して欲しいがね」


「え、ええと……。ここは、どういった場所なのですか? 何かを、売っているところなのですか?」


 まだ状況が掴めていない青年は、言葉に詰まりながらも疑問を口にする。

 一方でその言葉を聞き、目を丸くして驚く初老の男性。しかし青年の身なりを見てすぐに気づいた。


「なるほどな。お前さん、ドームの外、それもかなり遠くから来た人間だな? その様子を見るに、"小規模のドーム"の人間かね」


「え、と……はい」


「ほーう、そりゃまた大層なこった。護衛も付けずに一人であの地獄を渡ってくるとは。相当な物好きか、あるいは……。ああ、ちなみにお前さん、金はいくらか持ってるよな?」

 

 その言葉に対し、青年は何も言わず、ただ一度縦に首を振る。

 起き上がれるほど回復したとは言え、彼の喉はまだ乾いていた。

声を出すのも一苦労であった。それに気づいた初老の男性は、一つのコップを取り出し、そこに透明な液体を注ぎ、青年に差し出した。


「冷やかしじゃないなら良い。こう見えて、オレはここの店主、マスターだ。店の主に世話になるなら、さっさとこれ飲んで、なんか注文してくれや」

 

「……も、もしかしてこれ、水ですか……? い、いや、確かに金は持っていますが、そんな大量の水を買えばいくら残るか……」


「ああ、そんなに遠くから来たのか? まあでも、俺も外にはもうしばらく行ってねぇからな。世間知らずは俺の方か? ……安心しな。ここじゃ、水は無料だよ」


「え……? こんな、泥水でもない、綺麗な水が、ですか……?」


 マスターは何も言わず、黙って一つ頷いた。

それを見て青年はカウンターの席に改めて座り、コップに入った水をありがたそうに、且つ勢いよく飲み干した。

よっぽど喉が渇いていたらしく、底の水滴一つ残さなかった。


「ここには何でもある。水もあるし、電気もある。とは言え、ただここを眺めに来るだけにしては外を歩くのは危険すぎる。なら、一刻を争うような大事な目的があるはずだが……」


「そ、そうです……! このドームに、街に、助けを――!」


 少しだけだが水分を得て元気を取り戻したのか、青年は前のめりになってマスターに駆け寄る。

しかしその勢いはマスターによって即座に止められた。

メニュー表を彼の顔の前に突き出したのだ。注文が先だ、と言わんばかりの目線を青年に向けるマスター。


「……お勧めはうちオリジナルのブレンドコーヒーだよ。お客さん」


「…………じゃ、じゃあ、それお願いします……」



――数分後――



「"LeoMiller《レオマイラ》ドーム"ね……。あいにく聞いたことない村だ。ああ、気を悪くしないでくれ。俺ももうずいぶんと外に出たことがなくてね」


「いえ、いいんです。遠くにある上に小さい村ですから……。それより、さっきは取り乱してすいません……」


 温かいコーヒーを飲み、落ち着きを取り戻した青年は、申し訳なさそうに顔を伏せる。


 マスターから話を聞き、青年は今の状況を理解した。

ここがカフェという飲食物を提供する店だと言うことや、自身が生まれ育ったドームとは環境が異なりすぎること。

さらに加えて、コーヒーが美味しい飲み物であることも初めて知った。

自分たちが今まで飲んでいたコーヒー(もどき)は、泥水に味を付けてなんとか飲めるようにしただけの飲み物だった。


「気にすることはないさ。それで? 良ければオレに話してくれないか。遠路はるばるここまで来たワケをよ」


「えと……。それなんですけど、どこへ行けば……行商人に会えるか、教えてもらえませんか」


「……行商人ね。さしずめ、お前さんとこの村にそれを呼びたいってところかな」


「分かるんですか? まだ村についても詳しく喋ってないのに……」


「この歳にもなると勘とか経験とかあるのさ。この店やってると色んなヤツに会うもんでね。ついでに言えば、そういう行商人が集まる良い所も知っている」


「ほ、本当ですか!? 教えてください! お願いします!」


 青年は目をより一層開きカウンターに身を乗り出す。しかしマスターは少し考える素振りを見せた。


「……まあ、落ち着けって。教えてやらんこともないが。そうそう、どうだい? もう一杯コーヒー頼まないか? ちょうど新作を考えていたところなんだがね」


「……。で、では、それも注文します……」


 青年は自分の所持金と相談し、その一杯を頼むことにする。

彼の出身のドーム、LeoMillerドームでは物々交換が基本だった。

彼が今持つ金は、ドームの仲間たちが必死に集めてくれた希望の金であった。それを自分のためだけに使うことは憚られたが、これも情報料だと思うことにする。


「まいどあり。……ん、豆が足りねぇな。ちと取りに行くか」


 するとマスターはカウンターを出て、店の奥へと続く扉の前に立つ。


「さて。おい、ジェフ! ちょっとこの坊主の相手してやってくれや。すぐ戻る」


「ん? へへ、おうよ! 任せな」


「……?」


 唖然とする青年を置いて、マスターはさっさと店の奥へと消えてしまった。その代わりに青年の隣の席に音を立てて座ったのが、別のテーブルでずっと何かを食べていた男だった。


「よ! これ食うか? オムライスって言うんだけどよ、お前さん、食ったことは?」


「い、いえ……ないです」


「そうかそうか。ああ、話は聞いてたぜ。俺はジェフリー、よくジェフって呼ばれる。お前は?」


「あ、え、っと……。シリル、です……」


「シリルか。よろしくな!」


 ジェフは大柄の男で、声も大きかった。その威圧感に青年シリルはやや圧倒され、このまま取って食われるんじゃないかとさえ思った。

 落ち着きをある程度取り戻した分、ここが自分の知らない土地であることを思い出し、彼は不安に駆られていた。


「そう緊張なさるなって! で、行商人を探してるって言ったが……。詳しく聞いてもいいか? というか、なぜセイリオスに来た? ただ行商人を探すならここじゃなくなっていいだろうに」


 見ず知らずの人に、それも世間話としてどこまで話せばいいものか、と考えるシリル。しかしここで印象を悪くすれば後が怖い。彼は素直に話すことにした。


「……僕らのドームは近場の水源が枯れてもう数年になります。もともと人通りが悪かったので資金もなく、ずっと遠く離れた村から泥水を買い続ける日々でした。そんなところに行商人が来るはずもなく、もう村は崩壊寸前なんです」


「ふーむ。だが、それならここに来たって同じじゃないか? 気を悪くするかも知れないが、頼んでもそんな場所には誰も行かない。いくらセイリオスとは言え、そんなに気の良いヤツがいるとは思えない」


「ええ、それは分かっています。セイリオスを拠点にする行商人は利益を重視して、例え近場だろうと稼げないなら一切の商売を行わないって。商人グループは他にもあるが、セイリオスのは特に利潤に厳しいとも。だからウチの村なんて関わることは絶対ないだろうって……ついこの前までは思っていたんです」


「……よくご存じで。でも、今は違う、と」


「はい。利益を重視する彼らだからこそ、交渉の余地がある。そんな状況になったんです。そう信じて、村を代表して僕がここまで来たんです」


「なるほど、ね。立派なもんだな。交渉と言ったな? ではその材料があるんだろうが……」


 ジェフがそこまで言いかけた時、ちょうどマスターが帰って来た。

持ってきたコーヒー豆の入った袋を開け、別の容器に入れ替える。そしてコーヒーミルを操作しながら、シリルとジェフを交互に見た。


「お、ちょっと帰ってくるのが早かったか?」


「いや、いいんだマスター。むしろバッチリだ」


「ほお、そうか。なら良かった」


 マスターは手馴れた手つきでコーヒーを淹れる。そして出来上がったコーヒーはシリルの前に出され、彼は一口飲んでみる。


「……やっぱり、美味い……」


「お、好評か? ならメニューに加えてもいいかも知れんな」


 マスターは顎ひげを触り、嬉しそうにニヤける。


「……それで、マスターさん。教えてくれるんですよね。行商人が集まるって場所」


「ああ。教えてやるさ。なんてったって、ここなんだからな。その場所ってのは」


「……え?」


 マスターはニッコリと笑い、しゃがれた声で笑う。隣に座るジェフも笑っており、シリルをさらに困惑させた。


「こ、ここ?」


「ああ。ついでに言うと、隣にいるジェフはセイリオスの行商人を取り仕切ってる、言わばボスだ。言っただろ。ここには色んなヤツが来んのさ」


「ええ!? あの、その、ええ!?」


「すまんな、シリル! 騙したようですまんが、良い話が聞けたぜ!」


 笑ったままバンバンとシリルの肩を叩くジェフ。

その様子を見てまた笑い、むせるマスター。そんな二人を見てシリルは混乱し、思わず目の前の熱いコーヒーを一口で飲み切ってしまうのだった。


「っ!」


 青年の舌は軽い火傷では済んだものの、しばらくまともに喋ることができなかったのは言うまでもない。




「ほほう。んじゃあ、"ソイツ"がLeoMillerの切り札なんだな?」


「はい。そうなります」


 舌が回復するのを待ち、シリルはジェフに交渉を始めた。

まさか行商人のボスと直接会えるとは思っていなかったが、彼が持ってきた情報はなるべく限られた人にしか伝えたくないと思っていたので好都合だった。


 マスターも隣で聞いているが、悪い人ではないとシリルは判断した。


 シリルが取り出したのは拳サイズの石だった。しかしただの石ではなく、所々に輝く鉱石を含んだ石だった。


「……コンドライト。地球上には無い、宇宙の鉱物。隕石にしか含まれていない貴重な鉱物。それがこれだと言うんだな?」


「は、はい。以前、偶然立ち寄った方に調べてもらったら、そうだと言っていました。これと同じものがまだドーム内の炭鉱から掘り出されていて、まだまだ埋まっていると思います」


「へぇ……それが本当なら、かなりの値打ちモンになるな。さしずめ隕石の上にあるドームか。面白いねぇ」


「横から口を挟んで悪いが、その立ち寄ったヤツってのは学者か何かなのか? そいつの言葉ってのは信じるに値するのか?」


 マスターは思った疑問を口にする。


「そっ、それは……」


「まあまあ、マスター。それも調べりゃ分かるってものだろうよ。ここセイリオスには設備が十分ある。俺だってそれを確認するまでは決めねぇよ」


「……それもそうか。悪いね。歳を取るとどうにも疑うことが趣味になるらしい」


 マスターはそう呟き、コップを磨き始める。

シリル自身も、それが本当にコンドライトかどうかまで確信を持っているわけではなかった。

しかし同じものが大量に見つかったことは事実であり、交渉する価値があるというのがドームの総意だったのだ。彼らの命運を賭けた一か八かの大勝負。

それがシリルの背負った役目だった。


「よし。知り合いの伝手でコイツを調べてもらおう。時間はそんなにかからないはずだ」


「はい。ありがとうございます。ジェフリーさん」


「ジェフでいいって。さて、コイツがもし、本当にコンドライトだったら、の話でもしようじゃないか」


「え。いいんですか? まだ分からないのに……」


「旨そうな話にはとりあえず両足から突っ込む。それが俺のやり方よ。後ろ向きじゃなく、先のある話をしようじゃないか。LeoMillerドームの未来のある話をね」



 その後、二人は村までの道のり、周辺の地形、価格の話をした。

ジェフは本当にこの話に乗り気であり、詳細な計画までも既に立て始めていた。

何を商品として売るか、誰を行かせるか、頻度はどれほどか。そういった話だった。


 そんな乗り気な姿勢を見て、シリルはジェフに信頼を置き始めていた。


 だからこそ、すぐには行商人を出せないという結果に対して大きく落胆したのだった。


「な、なぜです……? まさか、鉱石はコンドライトじゃなかった、とか……!?」


「いや。あれは正真正銘コンドライト、隕石の欠片だ。それは間違いない。ただ……予想より含まれていた量が少なかったんだ。もしこれと同じ構成率の石ばかりなら、少し計画を見合さなきゃいけない。あるいは、この件は無かったことにだって……」


「そんな……。ここまで、ここまで来たって言うのに……。俺は、どうすれば……」


 ジェフの部下が持ってきた鉱石の調査結果を悔しそうに睨みながら、ジェフも悔しそうに下を向く。

彼は彼で、立てた計画が台無しになるというのは心苦しいものだった。


 もう日は沈み始めており、赤みがかった光が窓から店内に入って来ていた。

それを見たマスターは店の入り口まで行き、扉に掛かっていた札をひっくり返す。

そうすることで、表からは「Getting Ready(準備中)」と見えるようになるのだ。


「さ、カフェの時間は終わりだ。これからは酒の時間だ。おい、ジェフ。そっちのバカをそろそろ起こしてくれ」


 マスターはそう言うと、アゴで店の端にあるテーブルを指す。

そこにはもう一人の客がおり、テーブルに突っ伏して惰眠を貪っていた。

いつからいたかと記憶を辿れば、少なくともシリルが入って来た時にはもうそこに居た。そしてずっと寝ていた。


「ええ? 別にいいが、なんで起こす必要があるんだ? 夜だろうが昼だろうが、いつもあの席で寝てるじゃないか……?」


 ジェフは困惑していた。その寝ている人物に対してではなく、なぜ今ここで起こす必要があるのか、という疑問に対してだった。


「なに寝惚けたこと言ってんだ。あいつに"仕事"、頼むだろう? そういう調査結果だっただろうが」


「……あー、マスターよ? まさか、仕事を頼むのか? あの寝坊助に?」


「驚くことはないだろう。アレだって一応"トラベラー"だ。それに今セイリオスに居るやつで自由に動けんのはコイツくらいだろうよ」


「?」


 意味の分からない会話を目の前でやられ、困惑するシリル。

しかしその寝ている人物に関することであることは理解した。

それが自分と関係あるのかはさっぱりだったが、ジェフがあまり乗り気でないことも察していた。


「……はぁ、仕方ねぇか……」


 ジェフは渋々と寝ている人物のもとへ歩み寄る。

 そんな中、棚から酒を出しカウンターに並べるマスターだったが、ふと気づいたようにシリルに話しかけた。


「シリル。お前さん、まだ諦めちゃいないよな? ドームを救うための夢ってのをよ」


「でも、ジェフリーさんが言うには、希望は薄いようですし……」


「なら諦めんなって。途絶えちゃいねぇんだ。まだ希望の膨らむ余地が残ってるなら、落胆するには早計ってもんよ」


「それは、どういう……」


「ジェフが言ったろう? もし、あの石と同じものばかりなら計画は無いって。だから、同じじゃないことを証明すればいい。もっと言えば、高密度のコンドライトを含む石が他にあるかを調査する。それが叶えば、ドームは救われる」


「そう簡単に言いますが、それができたらもうやってますよ。資金がもう限界なんです。だから、ロクに調べもせず、俺は一人でここまで……」


「そうだな。だが、そこは既に解決してるんだ。お前さんはここへ来たことで、無料で鉱石を調査してくれる人物に会うことができたのさ」


「え、ええ!? ど、どういう意味ですか!?」


「言って伝わるかは知らんが、簡単に言えば地質調査ってやつよ。コンドライトが発掘される地域があるなら、それを公式に記録として残したい……って物好き連中がいるのさ」


「じゃ、じゃあ、セイリオスの街から、その調査する人っていうのが、来てくれるんですか!? あんなに遠い、ウチの村まで!?」


「ああ。そういう過酷なバカを自分から進んでやってるバカもセイリオスには居る。それが……アレだよ」


 マスターは再び店の奥に目を向ける。シリルも一緒に目線をそちらに動かす。その目線の先に居たのが、その眠っている人物だった。


「おーい、"ヒルデ"。起きな! 仕事だ! 起きてくれ!」


「……ンア?」


 ジェフがその人物に声をかける。

すると、起こされた本人は唸り声を出しながら顔を上げる。それは、短めの橙色の髪の少女だった。見た目の歳は青年のシリルとそう変わりはなさそうだった。

 ヒルデと呼ばれた少女は窓の外を見ながら、不満そうな声をあげる。


「仕事? こんな時間に?」


「バカ言え。"こんな時間"まで寝てたのはお前だろうが! この客席泥棒が!」


 マスターは目を吊り上げて怒りを露わにする。ジェフはそのやり取りを見て苦笑していた。


「ああ、マスター。おはよー。朝食はハムエッグ、ハム多めね」


「ここはお前の家じゃねぇ! あともう夕食の時間だ馬鹿!」


 ヒルデはマスターにそう怒鳴られ、けらけらと笑った。


 シリルは思った。こんな、歳も自分とそう変わらないように見える子が、自分らのドームの運命を握っていると言うのか。あの地獄のようなドームの外を渡り切り、調査というものをしてくれる存在なのか、と。

 もしかするとこれは夢なのじゃないか。そんな不安を抱いたまま、LeoMillerドームへの調査の話は進んで行くのだった。

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