第29話

 バシュン、という音が聞こえる。同時に発射時の炎と煙が立ち上る。僕たちが上方を警戒するであろうことを見越して、足元を狙って砲撃したのだろう。

 

 その弾道は複雑だった。直線距離で、発射地点からトニーの足元に至るまで約二百メートル。しかし、発せられた砲弾は巧みに左右にその軌道を揺らしている。戦闘体勢の僕でも、目で追うのがやっとだ。


「フィン様!」


 横っ飛びしたのは、トニーだった。僕たちの列の中ほどに、斜め前方から突っ込んでくる砲弾。トニーは迎撃を諦め、フィンを突き飛ばしながら自分がその場に立ち塞がった。


 思いの外軽い、弾けるような爆音がした。僕はと言えば、跳びかかるようにしてレーナに覆い被さっていた。


「畜生!」


 我ながら珍しく悪態をつき、僕は砲弾が発せられた方へ向かって銃撃を加えた。弾倉一個分だ。


「トニー! フィン! 無事か!」


 二個目の弾倉を装填しながら、僕はゆっくりと進み出る。戦闘体勢を取っているお陰で、視界から無駄な爆炎は払い除けられている。

 僕の視界の中央にあったのは、頭部から胸あたりまでを蜂の巣にされた死体だった。


 見覚えがある。そうか、偽ポールがいたのと同様に、僕たちの同級生のクローン――博士が言うには僕たちもまたクローンだが――が敵のアンドロイドになっているのだ。


 彼らもどこか別の星から、地球を目指してきたのだろうか。どれほど大変な目に遭って、どれほど多くの仲間を犠牲にして、ここまでやって来たのだろう。


 しかしここで、僕は思考を打ち切った。今現在、この場においては、彼らは立派な敵なのだ。同情している場合ではない。

 僕が拳で、軽く自分の眉間を殴りつけた、その時。


「アル! 大変だぞ!」

「どうした、フィン?」

「トニーが被弾した! 片足を吹っ飛ばされてる!」


 僕は驚きのあまり、一瞬呼吸が止まってしまった。


「レーナ、周囲を警戒しろ! フィンは援護!」


 二人の返答を聞くより早く、僕はトニーの下へと駆けつけた。


「トニー、自分の状況を説明できるか?」

「はい、アル様」


 発声機能に問題はない。思考回路も無事だ。しかし――。


「現在右足を喪失、射撃管制システムにも障害が出ています」

「そ、そりゃあ……」


 こうも淡々と告げられると、逆にどうしていいか分からなくなる。取り敢えず、足の問題だ。


「トニー、歩くことは……できないよな」

「移動するだけなら問題ありません」


 ん? どういう意味だ?

 僕が首を傾げると、トニーは『少々お待ちを』と言って、がくんと左膝を折った。ちょうど、ドラム缶型の胴体が地面に直接くっつくように。

 

 続いて、火花が飛んだ。右足の残存部分と、左足全体を切り離したらしい。


「あっ、おい! それでどうやって――」


 どうやって動くんだ、と言いかけた時、トニーの胴体の下側から、がしゃり、と何かが展開された。キャタピラのようだ。

 無傷だった両腕で自動小銃を握り直し、トニーは


「これで移動に支障はありません」


 と明言した。

 脚部を失い、だいぶ背が低くなってしまったように思われる。だが、今後を起こりうるだろう銃撃戦を想定すれば、ちょうどいいのかもしれない。


「さあ、参りましょう」


 トニーはいつも通り、頭部を一回転させて、皆に呼びかけた。レーナとフィンが頷き、一歩しようとする。

 しかし、それは叶わなかった。再び樹上から、今度はナイフを持った敵が、フィンに向かって飛びかかってきたのだ。


「くっ!」


 何とか敵の手首を押さえ、フィンは力任せに突き放す。自動小銃を構えようとしたが、敵のナイフの方が早い。

 次々に繰り出されるナイフを、フィンは皮一枚の差で避けていく。


 もしかしたら、彼らは火器をほとんど持っていないのではないか? そう思ったものの、立ち回りはこちらに負けず劣らず敏捷だ。


 だが、敵はまだいた。ナイフを持った二体目が、さっとレーナの前に飛び出してきたのだ。


「きゃあっ!」

「レーナ!」


 レーナは呆気なく背後から刺された――わけではなかった。


「全員動くな! 戦闘を止めろ!」


 レーナを人質にし、そう声を発したアンドロイド。彼はこともあろうに僕、アレックスのクローンだった。

 レーナの首筋には、ぎらりと輝く刃が翳され、これ以上悲鳴を上げることすらできない。

 フィンと、フィンを襲ったナイフ使いは、油断なく距離を取りながら後ずさっていく。

 やがて、ナイフを手にしたアンドロイドたちが、草むらから這い出てきた。完全に包囲されている。


 口火を切ったのは、レーナを人質にしている方のアルだ。


「僕はアレックス。自己紹介……の必要はないな」

「ア、 アル……あなたなの?」

「レーナ、そいつは僕じゃない! 僕は僕だ!」


 自分でも何を言っているのか分からない。だが、敵のアルは狼狽える様子もなく、ぐっとレーナの首に回した腕に力を込めた。


「僕だって、こんなんことをするのは本意じゃない。なあアル、分かるだろう?」

「何がだ?」


 自動小銃を構えたまま、もう一人の自分に問いかける。すると、相手は答えた。


「自分がどれほどレーナのことを想っていたか、ってことさ」

「ッ!」


 その一言は、実弾よりも鋭く僕の胸を抉った。ごっそりと自分の心臓が削ぎ落されたように思われる。

 その時、気丈にも口を利いたのはレーナだった。


「ねえ、アル……」


 レーナが語りかけているのは、僕ではなく相手のアル。それは彼女の目線で分かった。


「あなた、大切な人はいないの? 家族は? 友達は? 恋人は?」


 微かに頬の筋肉を痙攣させる、相手のアル。


「何が言いたい?」

「あなたに大切な人はいないのか、って聞いてるのよ。誰か一人でも――」

「皆死んだよ!」


 唐突に、相手のアルは激昂した。


「レーナは……僕たちアンドロイド側にいたレーナは死んだ! 学校の警備員との銃撃戦で、ずたずたに撃たれて死んだんだ!」


 ぞくりとした。これは、自分自身の話ではない。だが、自分と同じ立場の人間の話ではある。レーナが死ぬ? そんなこと、許されてなるものか。


 僕は自動小銃を構えているが、撃とうとしても無駄だろう。きっと引き金を引く瞬間に背後からナイフで刺されるだろうし、そもそも僕は、レーナに当てずに敵のアルだけを撃ち抜く自信がない。


 そんな僕の焦燥を無視して、レーナは向こうのアルに問うた。


「それだけ愛していたのね、アル? あなたは、あなたのレーナを」


 はっと、相手が目を見開く。すると、するりとレーナの身体が滑り落ちた。解放されたのだ。いや、相手が勝手に脱力しただけか。


「愛……愛! そうだ、そうだとも! 僕はレーナを愛していた! 彼女のためだったら死んでも惜しくない、地球への憧れだって捨てられる! そう思っていたんだ!」


 慟哭しながら、相手はその場にうずくまった。

 反対に、彼の目の前で立ち上がる人影がある。言うまでもなく、レーナだ。


「皆、聞いて! サイボーグも、アンドロイドも!」


 ゆっくりと腰を上げながら、声を張り上げる。彼女以外、誰も、ぴくりとも動かない。


「私たちの出生は、異常だったかもしれない。悲惨だったかもしれない。でも、でもね、皆! 私たちは生きてる! 生きてるんだよ! 現在進行形で誰かを想い、幸せを願ってるんだよ! だからお願い、武器を下ろして! 皆で生き残れる道がないか、考えよう?」

「どうしろってんだ、レーナ! 僕には……僕には愛すべき人がいない! 僕のレーナは死んでしまったんだぞ!」

「だからこそだよ、アル!」


 レーナは再びしゃがみ込んだ。しかしそれは、絶望に打ちのめされたからではない。希望を相手、すなわちアンドロイドのアルへと伝えるためだ。


「生きているだけで幸せだなんて、綺麗事は言わない。でも、目標はある。私たちの存在を世界に示して、二度とこんな可哀想な人造人間を製造しないように訴えるんんだよ! そうすれば――」

《お生憎様、それはできない相談だ》


 唐突に響き渡った、大人の声。博士に違いない。


《私はこの研究から降りるつもりはない。それに、この軌道基地の制御は、私が一括して行っている。脱出は不可能だ》


 さあ、さっさと殺し合ってくれ――。

 その言葉に、僕は底知れぬ絶望に叩き落された。博士は正真正銘の人間だ。彼の弁護なくして、僕たちがこの事実を公にしても、世間は受け入れてくれないだろう。


 僕は視線をもう一人の自分から逸らし、周囲を見遣った。そして、見つけた。ミヤマ博士だ。

 立体映像を展開する必要もない。十メートルほど上方に、透明なガラスで囲まれた立方体が浮いていて、そこから博士が僕たちを見下ろしていたのだ。

 見たままに、その強化ガラス製の立方体は浮いていた。反重力装置も、ここまで進歩していたのか。

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