第26話

「アル様! アル様!」


 流石に焦っているのか、その声は裏返りそうになっていた。トニーのものだ。

 銃声を聞きつけたのだろう、がさがさと木々を押し倒しかねない勢いで迫ってくる。


 僕が小川の反対側、元来た方に辿り着くと、ちょうどトニーが姿を現した。


「アル様、お怪我を?」

「うん、でも、大したことはないよ」


 事実、僕が灼熱感を覚えたのは刺された直後の瞬間だけ。あとは、鈍痛が走っている脇腹に手を当て、出血を防いでいれば事足りてしまった。


「出血も収まってるし、僕のことは心配しないで」


 って、何を言っているんだ、僕は。普通脇腹を刺されたら、こんな感覚で済むはずがないと思うのだが。


「そ、それより、さっきの銃声のことなんんだけど――」


 僕は説明した。小川の対岸で、蜂の巣にされて倒れているのがポールであること。

 そのポールに、僕は攻撃を受けたこと。

 そしてポールは、体液の色からして、明らかに生身の人間んではないということ。


「し、信じられないだろうけど、本当にあれはポールだったんだ。それともう一人、木の上から僕を銃撃した奴がいる。もう僕には、何が何だか……」

「あれはポール、なんだな、アル?」


 神妙な面持ちのフィンに向かい、僕は頷いた。

 先ほどの僕同様に、フィンはばちゃばちゃと小川に踏み込んでいく。

 確かめなければ気が済まないのだろうな……。


「アル、傷口を診せて」

「えっ?」


 ふと首を曲げると、そこにはレーナが立っていた。胸の前で手を合わせ、目には涙さえ浮かべている。

 その切実な視線に射抜かれ、僕は素直にレーナに従うことにした。


「分かった。トニー、周辺の警戒を頼む」

「かしこまりました」


 川岸に立って頭部を回転させるトニーに一瞥をくれてから、僕はレーナのそばに横たわった。草原はまるで布団のように僕の背中を包み込んでくれる。


 いつの間にか、レーナは医療キットを手にしていた。きっと博士から預かってきたのだろう。


「どうだい、レーナ? これって、致命傷なのか?」

「待って。もっとよく見えるように」


 自分の手をどかし、腹部を捲り上げてレーナに傷口を診せる。

 すると、レーナはぱっと目を見開いた。


 何かがおかしい。レーナだって、今までの戦闘で負傷者や死者を多数見てきたはず。それが、こんな軽い(としか思えない)傷一つに、何をそんなに驚いているのだろう?


「レーナ、どうかしたのかい? レーナ?」


 僕は上半身をもたげ、そっとレーナの肩に手を置いた。しかし、レーナは僕の傷口を見つめながら固まっている。動いているのは眼球だけ。僕の腹部を、じっと見つめている。


「そんなに酷い傷なのか?」

「……」

「突然黙り込んで、どうしたんだよ?」

「……嘘」

「な、何が?」


 僕が困惑顔を作って前のめりになると、レーナはさっと後ずさった。明確な拒絶反応だ。


「こんな、こんなの嘘よ! だって――」

「だ、だって?」

「だってアル、あなたもサイボーグじゃない!」


 ぷつん、と意識の糸が切れた。

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