第14話【第三章】

【第三章】


「通信、来ました!」


 そう声を上げたのは、制御室の外部通信コンソールの前に立ったトニーである。

 銃撃戦が終わってから、三十分ほどが経過していた。

 ここには立体映像映写機がないので、音声のみでの遣り取りとなる。


「ミヤマ博士、ミヤマ博士ですね? わたくしはトニーです」

《おお、トニー。君は無事か?》

「はい。警備員たちには多くの死傷者が出ましたが」

《君たちが生き延びるには、致し方のないことだ。他の皆は?》

「HMDによる脳の破壊を免れた皆様、すなわちアル様、フィン様、レーナ様はご無事です。軽傷は負われましたが」

《そうか。重傷ではないんだな?》

「左様です。皆様、今後の行動には支障ないものと判断します」


 僕は狙撃銃を手離し、フィンに監視任務を引き継いでもらった。

 ちなみに狙撃銃というのは、フレディさんの警備中の相方が持っていたものだ。今、その相方は気絶させられ、狙撃銃は僕たちのものとなった。


「ミヤマ博士!」

《おお、アルくん! 元気そうだな。身体に不調はないか?》

「はい、大丈夫です!」

《君たちの位置は、さっきトニーに送信してもらった。食糧生産プラントの制御室で間違いないな?》

「はい! 今は、フレディさんのバディから奪った狙撃銃で周辺を警戒しています。フィンと、交代交代で」

《ん? そのフレディ、というのは何者だ?》


 博士は、警戒するよりも興味津々、といった口調で問うてきた。すると、フレディさんは僕の手からマイクをもぎ取った。


「こちらフレディ・カーチス警備主任、そちらは?」

《おお、あなたがアルくんたちの手助けを?》

「そうだ。そちらも念のため名乗ってくれ」

《これは失礼。私はサトシ・ミヤマ。外宇宙開発委員会所属の生物学者だ》

「あんたがアルくんたちに指示をしているのか?」

《その通り。次の指示を出すべく、こうして通信している》


 すると、フレディさんはしばしの間コンソールに両手をつき、何事か考えている様子だった。そして思いがけない言葉を一つ。


「一つ訊かせてくれ、博士。あんたはこの子らの味方か?」


 この言葉には、皆がぴくりと反応した。僕とレーナは顔を上げ、狙撃銃を手にしていたフィンもまた、スコープから目を外して振り返った。

 一瞬、フレディさんを中心にして広がった緊張の輪。しかしそれは、博士の快活な言葉に一蹴された。


《何を言いだすんだね、フレディ主任! 私は彼らの味方だよ! でなければ、どうしてこんな危険を冒して通信するのかね?》

「それはそうだがな」


 どこか腑に落ちない様子のフレディさん。つと目を上げて、コンソールの上方を睨みつける。


「……まあ、俺たちに選択肢はないな。で、次はどこで何をすればいいんだ?」

《よし、全員集まってくれ。指示を出す。今は狙撃などしなくとも大丈夫だろう》


 フィンがそばにやって来たところで、僕は『全員集まりました』とマイクに吹き込んだ。


《よし。フレディ主任は特によく聞いてくれ》

「ああ、分かってるよ」

「フレディ様、わたくしが地図を展開致します」


 トニーは左腕を差し出し、器用に掌を広げる。すると、そこに上空から見下ろしたような地図が展開された。薄水色の立体画像だ。


《食糧生産プラントと、スペースプレーンの発進用滑走路の間をクローズアップしてくれ》

「ん? 何もないけど」


 僕がそう呟くと、博士は『地図を更新する』と言ってしばし沈黙した。

 数秒後、ヴン、と地図が歪み、ドームⅡと滑走路の間に薄いパイプが通された。

 僕は地図に視線を貼り付けたまま、小声で尋ねた。


「これは地下通路、ですか?」

《その通り。ごく限られた人間しか、この存在は知らないはずだ》

「馬鹿な!」


 声を上げたのはフレディさんだ。


「俺が巡回する時は、こんなもの――」

《だから言っただろう、あなたには特によくしっかり聞いておいてほしいと》


 フレディさんは、ふん、と息をついて腕を組んだ。

 警備員たちにとって、恐らくこの基地内は自宅の庭のようなものなのだろう。そこに、自分の知らない隠し戸があると外部から指摘されたら、確かにいい気分にはなるまい。


《これは、テロ対策用に建設された地下通路だ。だが、外部への情報流出を恐れた上層部が、その存在を秘匿した。宝の持ち腐れとは、よく言ったものだな》


 通信機の向こうで、博士もまたため息をついた様子。


「で、これを使ってスペースプレーンを乗っ取れ、ってこと?」

《そうだ、フィン。途中で基地の外に出るから、宇宙服で進んでいく必要がある。皆、着用手順は頭に入ってるな?》

「だ、大丈夫です」


 僕はそう答えたが、ここに明らかに不適格な存在がいることに気づいた。トニーだ。

 はっとして振り返ると、しかしトニーは淡々と答えた。


「わたくしのことでしたら、ご心配には及びません。わたくしは、零気圧下でも活動できるように設計されています。宇宙服は不要です」

「で、博士。この地下通路を行くとして、留意点は?」


 フレディさんは厳しい目つきのまま、そう尋ねた。


《スペースプレーンの警備にあたっている警備員たちとの、低重力下での戦闘が想定される》


 その言葉を聞いて、ずいっと身を乗り出してきた人物がいる。


「ちょ、ちょっと待って! 私たち、また人殺しを……?」

「レーナ、あんたは黙ってな」


 フィンが鋭利な口調でレーナの言葉を断ち斬る。


《君の優しさは分かるがね、レーナくん。今は自分たちが生き残る道を模索しなければ、死んでいった友人たちも報われまい?》


 その言葉に、僕は眉間に皺を寄せた。

 博士はポールの死を、レーナを納得させる材料に使う気なのか?


「ちょっと博士、そんな言い草はないんじゃ――」

「いいんだよ、アル。レーナは甘ったれてんだ。いい薬さ」

「そんな、フィン! 君までポールのことを利用するつもりなのか?」

「あたしはポールの仇が討てればいい。そのためなら手段を択ばない」


 この期に及んで、ようやく僕は、皆の真の目的が食い違っていることに気づいた。

 ミヤマ博士の導きで、外宇宙開発委員会へ自分たちの受けた扱いを訴え出る。一見すれば、そうした決意で皆が結束しているように思われるだろう。


 だが、実際はどうだ?

 僕は地球への憧れから、今回の事件を、地球を訪れる好機と捉えている節がある。

 フィンとトニーはポールを殺した奴を見つけ出し、殺すつもりだろう。


 では、レーナは? 彼女に、今回の僕たちの旅に加わる根拠はあるのだろうか? 『根拠』は『覚悟』と言い換えてもいい。


 表面的には、僕たちは同じ意志と目的を持っている。生半可な絆ではあるまい。

 しかし、もしその胸中がばらばらだったとしたら、果たしてこの危険な冒険を為し遂げられるだろうか?

 仮に為し遂げられたとしても、それは何者かの意志で為されたことになってしまうのではないだろうか?

 そしてその先に、僕たちの希望はあるのだろうか?


 僕が顔を上げた時、ミヤマ博士は、専らフレディさんと話していた。


《では、あなたは彼らに同行し、援護するというのだな? フレディ主任》

「そうだ。ミヤマ博士、あんたはこう考えてるんじゃないか? 俺がこの子らを裏切るんじゃないかと」

《いいや》


 あっさりとした博士の否定の言葉に、フレディさんは首を傾げた。


《主任、あなたが自分の相方を裏切って気絶させたことは確からしい。もしアルくんたちを殺すつもりだったら、決して取らない行動だ。それでもう十分信じるに値すると思うがね、私は》

「そうか。それは助かる」


 僕は意識を切り替えるべく、自分で博士に尋ねることにした。


「博士、今のスペースプレーンはどんな状態ですか? 離陸は可能ですか?」

《ああ、それは間違いない。だが、細かい軌道調整や、燃料のチェックは乗り込んでやってもらわなければならないだろうな》

「分かりました」

《おっと、もうじき通信が途絶される。次の通信可能時間帯に入るまで、ざっと三時間だ。それまでの間に、スペースプレーンの防衛線を突破して乗っ取るんだ。次の指示はまたその時に》


 僕は一旦後ろを振り返り、他の三人及び一体と目を合わせていった。

 最後に、しばしの間、レーナと目を合わせた。今にも泣き出しそうな顔をしている。


 何を思っているのだろう?

 今までに殺された、また、これから殺される警備員を哀れんでいるのだろうか?

 こんな事態に巻き込まれた自身の運命を呪っているのだろうか?

 もしかしたら、ポールを亡くしたフィンに同情しているのだろうか?


 ただ、それでもレーナは、ゆっくりと頷いた。


「では、僕たちはこの地下通路を通って宇宙服を着用し、スペースプレーンに向かいます」

《了解。通信終わり》


 こうして、また新たな指針が示された。

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