第13話

 僕は自分の身体が宙を舞うのを感じた。

 着地すると、目の前に一人の警備員。距離は一メートルとない。自動小銃を捨て、ナイフを構えようとした相手の右腕を捻り上げる。

 関節部がねじ切られる生々しい音がすると同時、落ちかけたナイフの柄を空中で掴んだ僕は、さっと警備員の喉元に刃を走らせた。


 ぱっと華が咲くように、真っ赤な鮮血が円を描く。背後を取った僕は、警備員の腰から拳銃を抜いた。他の警備員たちが、ワンテンポ遅れて銃口を向ける。

 が、流石に味方の身体を盾にされ、引き金を引くに引けない状態。時間稼ぎだ。


 しかし、拳銃でヘルメットを破壊できないことは、相手も承知しているだろう。それに気づかれる前に、次の手を打っておく必要がある。

 僕はさっと拳銃を掲げた。狙うは、頭上に配された液体肥料のタンク。綺麗に三発ずつ弾丸を撃ち込んでいく。


 すると、タンクは内部の圧力に耐えきれず、呆気なく破裂した。ざあっ、と深緑色の液体が、警備員たちの頭上から降り注ぐ。いかにも人工的な、化学薬品の異臭が鼻腔を占拠する。


 毒性はないようだ。だが、液体肥料は空気に触れて粘性を持ち、それを浴びた警備員たちは途端に動きを鈍らせた。

 僕は手榴弾を一つ投擲。それはちょうど、フィンに攪乱された警備員たちの頭上、最大効果域で爆散した。


 慌てて伏せる者、爆風に吹っ飛ばされる者。

 僕はさっと盾にしていた警備員の遺体を突き飛ばし、全速力で二つのドームを繋ぐ通用路へと駆け込んだ。


「おまけだ!」


 フィンから預かった最後の手榴弾を勢いよく投げつけ、僕はスライドドアの向こう側へ。

 トニー、早く封鎖してくれよ……!


         ※


 僕がスライドドアに、スライディングの要領で滑り込むと、まさにドアが封鎖されるところだった。

 頭をドアでかち割られるかと思った。


「おいトニー! 危ないところだったじゃないか!」


 と、声を荒げたところで、僕ははっとした。この先に敵性勢力がいないとは限らないのだ。

 唾を飲み、残弾の少ない拳銃を両手で掲げて通用路を進む。

 すると、向こうから意外な――そして最も聞きたかった人物の声が響いてきた。


「アル! アル!」

「レーナか? どこにいる?」


 声を上げると、レーナはL時型に折れた通用路を曲がってこちらに駆けてきた。

 僕は慌てて拳銃を下ろし、レーナを抱き留める。この期に及んで、ようやく自分の視界がフルカラーに戻っていることに気づいた。


「ああ、アル! あなた怪我は?」

「大丈夫、掠り傷だよ。それよりレーナ、おでこは?」

「えっ? ああ、平気平気! ごめんなさい、私、取り乱してしまって……。トニーから聞いたよ」

「そう、か」


 僕はそっとレーナの肩を押しやり、その瞳を覗き込んだ。


「アル、どうしたの?」

「いや……。レーナ、突然だけど、覚悟の程はどうだい?」

「覚悟?」

「生き残るために他の誰かを殺さなきゃならない、っていう現実に立ち向かう覚悟さ」

「ん……」


 レーナの視線が揺らぐ。両の拳をぎゅっと握りしめる。

 きっと、そんなことを認めたくはないのだ。気絶させられる前、あれだけ喚いていたことからすれば、容易に想像がつく。でも――。


「でも、僕たちに選択の余地はない。もし僕やフィンを責めたくなったら、ポールのことを思い出してあげるんだ。彼が一番、酷い殺され方をしたんだからね。それにトニーも、ポールのことを大切に思っていたんだ。きっと、誰よりも。だから、今は我慢してほしい」


 僕はそっとレーナの頬に手を当てて、目を合わせた。彼女の頬の柔らかさに、驚くと同時に胸が疼く。何としてでも、彼女を守らなければ。


 そんな僕の想いが伝ったのか、レーナは頷いた。


「分かったよ、アル。あなたがそう言うなら」

「うん、ありがとう。ところで、フィンは無事か? 怪我をした様子だったけど」

「ご無事ですよ、アル様」


 聞こえてきたのはトニーの声だ。


「フィン様の方こそ、掠り傷です。レーナ様がお目覚めになる頃には、処置は完了していました」

「そうか、よくやってくれたね、トニー」


 通用路の向こうからのっそり現れたトニーに、僕は大きく頷いてみせた。


「でも、よくギリギリでドアを封鎖できたね。危うく頭をドアに挟まれるところだったけど」

「問題ございません。監視カメラは生きておりましたので」


 ああ、それでか。僕はようやく緊張を解かれ、ふう、と息を吐き出した。


「あれ? トニー、しばらくはアルとレーナを二人っきりにしてあげるつもりじゃなかったの?」


 どこかおどけた口調と共に現れたのは、左腕に包帯を巻いたフィンだ。


「いえ、先に状況説明をと思いまして」

「んなことは後回しでいいのよ! 二人にはしばらくイチャイチャさせてあげればいいの!」

「なっ!」


 僕とレーナは揃って赤面した。


「フィ、フィン、イチャイチャってそんな……」

「あたしだって、ポールともっと一緒にいたかったんだよ。あんたたちに、あたしと同じ悲しみは味わってほしくない。だから、ね」


 意味あり気に言葉を切ったフィンに、僕の心はズキリ、と軋んだ。

 しかし、そんな感傷的な気持ちは一瞬で吹き飛んだ。


「皆、揃ったのか?」

「ッ!」


 大人の男性の声がした。味方に大人はいなかったはずだ。僕は急いでレーナを自分の背後に押しやり、拳銃を構えた。

 だが、その危機感はすぐさま霧散した。


「はい、問題ありません、フレディ様」

「えっ……?」


 僕は思わず拳銃を取り落としそうになった。フレディさんがここにいるのか? どうして?

 片足を引き摺るようにして、レーナたちと同様に廊下の向こうからやって来る。額には包帯が巻かれていた。


「フレディさん、どうしてあなたがここに……?」

「まあ、いろいろあってな。大人の都合、ってやつだ」


 ようやく僕は、フレディさんが武器を身につけていないことに気づいた。自動小銃はもちろん、拳銃やナイフも手離している。


「目的は何ですか? あなたも僕たちを殺そうと?」

「まあ待て、アル。話を聞いてくれ」

「そうだよ、アル! フレディさんは味方だよ! 私に優しくしてくれたし、フィンの治療も手伝ってくれたんだから!」


 僕は警戒感剥き出しで、しかし拳銃のセーフティをかけて、会話を進めることにした。


「説明してください、フレディさん。あなたの口から」


 フレディさんは一つ頷き、余計な言葉を挟まずに説明を始めた。


「さっき、お前ら生徒たちが酷い目に遭った、ってことを知った。これは警備員たちに、前もって知らされていたことじゃない。しかし、この基地の保全を目的とした警備員たちは、大方逃げ延びた連中――お前とフィン、それにレーナの抹殺に動かざるを得なくなった。それが命令だからだ」

「命令って、誰の?」

「外宇宙開発委員会だ」


『外宇宙開発委員会』――。僕はその名を、舌の上で転がした。


「俺に与えられた任務は、このドームⅠ、Ⅱの管制室の警備だった。だが、とても気の進む任務じゃない。前に話したか? 俺には地球に女房と娘がいるってことは」

「ええ」


 すると、フレディさんは手を腰に当てて深いため息をついた。


「自分の娘と被って見えたんだよ、お前らが。個人的な付き合いもあったしな。だから俺は、この命令を受け付けないことにした。俺の身がどうなろうが、知ったこっちゃねえ。だが、娘と同じ年頃のお前らがあんな目に遭ったのを見て、俺はとても平常心ではいられなかった。だから俺の付き添いだった若いのを気絶させて、お前らがここに来るのを待っていたんだ」

「フレディ様の指示がなければ、わたくしがあのタイミングで通用路を封鎖することはできませんでした」


 トニーもまた、フレディさんの肩を持つ気らしい。この期に及んで、僕はようやく拳銃を下ろした。


「しかし、ここを籠城先に選ぶとは、なかなかいい判断だったじゃねえか。この基地にいる連中の生死を、一瞬で決することができるんだからな」

「警備員たちがあらゆる手段を講じてここに入ってくるまで、どのくらいかかりますか?」

「ああ、このドームの外側は気にしなくていい」


 僕の懸念を読んだかのような、フレディさんの言葉。


「連中は、何が何でも通用路を突破してくるつもりだろうが、こちらから脅しをかければ三日はもつ。ここの食糧が、お前らの人質だからな。ここの器材を損傷させずに防衛線を突破するには、それなりに苦労するはずだ」

「分かりました。では、ここでミヤマ博士からの連絡を待ちましょう。トニー、電波状況は?」

「良好です、アル様。地球からの通信誤差時間は、〇・五八秒ほど。会話に支障はありません」

「よし……」


 僕は頷き、自分を安堵させた。何に安堵すべきなのか、よく分からなかったけれど。

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