第18話 咒
「それで、もう今夜あたりはいよいよヤバい気がしたから、対処法を探しに街を歩いていたんだよ。そしたらたまたま霊が視えるっぽい君たちを見つけてね。こっそり後をつけてみたら霊相手に何かしているみたいだったから。さっきのアレ、祓っていたんだろう?」
「……ええ、まあ」
「術師のことは正直全く信用してないんだけれど、ここで会ったのも何かの縁だと思って。それで君に声をかけたんだ」
言葉選びや態度からも、久瀬が一切術師を信用していないことは伝わってくる。
それでもこうして術師である千景を頼ったということは、こう見えても久瀬はこの一件にかなりの危機感を感じているという確かな証明だ。
「大体の経緯は分かりました。話を聞く限りだと、たぶん呪われてますね」
「……君も随分あっさり言うんだね」
「言葉を選んでいても何も解決しませんから。ただ、その呪いが霊の意思によるものなのか、それともその背後にいる誰かの陰謀なのか。今の段階ではそれはまだ判断できません」
「ごめんちょっと待ってくれるかい。自分で呪われていると言っておきながら僕はあまりそういうのに詳しくはなくてね。僕の認識では、呪い=霊的存在による被害だと思っていたんだけど……誰かの陰謀って?」
「ああ、すみません。まずはそこから説明しますね」
ゆるく首を傾げた久瀬と、たしか前にも説明したはずなのに同じように首を傾げる志摩。
とりあえず呪いというものを教えなければこの先の話には進めないことを悟った。
「いいですか。
こうして千景による呪い講座は唐突に始まったのだった。
「一つは、怨念などに突き動かされた霊が主体となって人間を祟る場合です。呪いを受ける対象としては、その霊が生前に関係していた人物や、怨念の根源となった人物が多いですね。ただ、身をもって経験したこともあると思いますけど、無差別に無関係の人間を祟る場合もよくあります。俗に言う心霊現象とか霊被害とかは大抵これに当て嵌まります」
「……それって、俺がよく遭遇するパターンじゃね?」
「あんたの場合は引き寄せすぎなんだよ」
なるほどと志摩は頷いた。
わかっているのかいないのか、これは自分とは無関係な怨念のとばっちり被害を受ける不幸な現実だということを忘れないでほしい。
「もう一つは、人間が人間に対して
二人が話についてきていることを確認してから話を続ける。
「後者の場合だと、世の中にも様々な呪いの方法が出回っています。その大半は実際の方法とは異なるものや面白半分の噂程度に過ぎませんけど」
「藁人形に釘を刺すってやつもそのうちの一つかな?」
「ええ。ただ、一般人がやっても呪いの効力はあまりありませんし、そもそも素人が呪いをかけようとしたところで早々上手くはできませんよ」
「だったらどうしたら……って、ああ。そのための術師ってことだね」
「その通りです」
特別な力もない、やり方もわからない。
そんな普通の人間がどうしたら憎い相手を呪うことができるのか。
そんなのは呪いの専門家、術師に頼るしかない。
「一旦話を逸らしますけど……ねえ志摩。あんたには一度説明したと思うんだけど、呪術のこととか術師の仕事内容とか諸々覚えてる?」
「さあ?」
志摩は潔くも間髪入れずに首を振る。そんなことだろうと溜め息も出てこなかい。
一応久瀬にも確認したが、こちらも首を振って否と答えた。
彼らは術師ではないのだ。
呪術について詳しく知らないのも当然だろう。
さてどこから話すか。
膝の上で丸くなった銀を撫でながら、千景は頭の中を整理する。
「久瀬さん。術師の仕事はなんだと思いますか?」
「霊を祓うこと、だよね?」
「その通りです。現世に残る死霊を成仏させ、人を祟る悪霊を祓う。人には見えない存在に対処するのが私たちの役目です。ただ、それだけではありません。霊を相手取ることだけが術師の仕事じゃないんです」
相手が霊だけならどれほど楽であったか。
しかしそうではないから術師は忙しい。
「呪術とはそもそも、様々な願望を成就させる現世利益を得るための
「……でも、それだけじゃないんだろう?」
「理解が早くて助かります。もちろん加持祈祷は仕事の一つではありますけど、これは術師は術師でもどちらかといえば神職や住職の方々が主に行なっているものです。一般的に術師と呼ばれる人がやっているのは、もっとドス黒い呪術。主に悪意を持って他者を苦しめる”
ゴクリ、と何処からともなく生唾を飲み込む音が聞こえた。
「呪いにも軽度なものから重度なものまで様々あります。呪殺を含めたとくに重度の呪いのことを”
ここで一旦話を切り、だいぶ冷たくなったミルクティーを喉に流し込んで一呼吸置く。
呪い講座を受けていた二人に情報を整理する時間をあげるためだ。
幾許か間を置いて納得した顔つきになった久瀬。
その若さで会社を率いているのだ。やはり聡明な人間なのだろう。
問題は千景の隣で呆けている志摩のほうだ。
途中で理解することを放棄したらしいこの男は呑気にアイスコーヒーを啜っていた。
たぶん「どうせチカがいるし俺が全てを知らなくても大丈夫だろ。そもそも俺は呪術なんて使えねえしいらねえ知識だな」とでも思っているのだろう。まったくもってその通りだ。
「では話を戻しますね。呪いには、霊が主体となるものと人間が主体になるものの二つに分けられると言いましたが、人間が主体となる場合、術師は基本的に無闇やたらと人を呪うことはしません」
「何故?」
「呪術は万能ではありません。まさにハイリスクハイリターンの諸刃の剣だと思ってください」
「危険が伴うってことかい?」
「ええ。呪いはものによっては大きな効力を持ちますが、それと同時に自らの首を絞める術でもあります。人を呪わば穴二つ。術師は常に身の危険と隣り合わせにあるんです。ではどういう場合に術師は人を呪うのか。先ほど久瀬さんも仰っていましたけど、ただの一般人が憎い相手をどうしても呪いたい場合に、彼らは専門職である術師を頼ります。莫大な報酬や謝礼金と引き換えに相手を呪ってもらい、そのリスクさえも術師に負ってもらいます。もちろん依頼者の毛髪や血液などを使うことで術師と依頼者でリスクを分割する方法もあるので、これは各々のやり方によりますね」
「ちなみに聞きたいんだけれど……呪詛、だったかな。そういう重めの呪いをかけて欲しい場合はどのくらいの金額を要求されるのかな」
「もしかして久瀬さん、呪い殺したい相手でもいます?」
「いやいやとんでもない。参考までに知りたいだけだよ」
なんとも物騒なことを口にする久瀬は相変わらずニコニコと柔和な笑みを浮かべるだけ。
残念ながらその真意を読むことはできない。
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