第8話 ほっと一息



 階段を一番上まで登った先にある境内にはやはり参拝客が多かった。

 極力気配目につかないようにその脇を通り抜け、もっと奥まで行くと、日本家屋風の笠倉家がある。


「ただいまー」


「お邪魔しまーす」


 自宅の引き戸を開けた志摩に続き千景も中に入ると、奥の方からパタパタと着物の女性がやって来た。


「あらあらおかえり。千景ちゃんもいらっしゃい」


「こんにちは、瑞紀みずきさん。お邪魔します」


 相変わらず柔和な笑みを浮かべるこの女性は、志摩の母親である笠倉かさくら瑞紀みずきだ。


 志摩が金縷梅堂まんさくどうへやってくる頻度ほどではないが、千景もわりと頻繁に御津前みづさき神社を訪れているため、瑞紀にはまるで娘のように可愛がってもらっていた。


「あとでお茶とお菓子を持っていくわ。ふふ、ゆっくりしていって頂戴ね」


 ニコニコ笑い、また奥へと戻って行く瑞紀は本当に花が咲いたように穏やかな人だといつも思う。


 志摩のどこにこのDNAが混ざっていることやら。

 とは思いつつ、この男もまた、たまにびっくりするほど毒気のない笑みを見せることがある。やはり血は争えないということか。



 いつも通り居間に通され、瑞紀が持ってきてくれた煎茶を啜って一息つく。


 座卓に向き合うように座った志摩はボリボリと煎餅を食べながらテレビのチャンネルを切り替えていく。

 日中から興味のある番組がなかったのか、すぐにテレビを消して菓子鉢を漁り始めた。


「チカこれ。最近母さんがハマってる煎餅。結構ウマいよ」


「さんきゅー」


 受け取った煎餅を半分に割って口に入れる。

 もう半分は千景の膝元に上品に座っていた銀にあげると、嬉しそうに食べ始めた。


「お、これ知り合いの神主から貰ったっつう高級どら焼きだ。餡子がまじでウマいんだよ。つぶ餡とこし餡どっちがいい?」


「断然こし餡派」


「ほい」


「どーも」


 これも半分に割って楽しみつつ、もう半分を朱殷の口元に持っていく。

 伸ばされた二股の舌はそれをぺろりと飲み込んだ。


 煎餅やあられ系の菓子類が大好きな銀と、実は甘党の朱殷。

 もちろんネズミやカエルなども食べるが、人間の食べ物もお構いなしに食す。グルメか雑食かよくわからない二匹は実に満足げだ。



 この光景にすでに違和感を感じなくなっている志摩は、頬杖を付きながら何枚目かの煎餅を頬張っていた。

 この男もまた、煎茶に合わせる茶菓子となると圧倒的に煎餅系が好きなのだ。


「そういえばあいつらは?」


冬真とうまは朝から遊びにいったぜ。慧斗けいとは……部活か?」


 冬真というのは笠倉家の次男だ。なんとも生意気な高校生である。

 ここに来たら半々くらいの確率で遭遇するが、どうやら今日は青春を謳歌しているらしい。


 慧斗はやや癖のある兄二人を持つ三男だ。今はたしか中学生くらいだっただろうか。

 千景の見解では、兄弟の中で最も瑞紀の血を色濃く受け継いでいる。

 そんな癒し系男子もどうやら今日は青春真っ只中のようだ。

 

「最近会ってないけど、何か変化は?」


「とくには。近くに霊がいてもリアクションねえしな」


「ふーん。ちゃんと守ってやんなよオニイチャン」


「物理的なものからは守れっけど霊は無理だ。どっちかっつうと俺も守ってもらいたい」


「だからあんたのことは私が守ってやってんでしょ」


「…………。…俺はな、男としてたまに恥ずかしく思う」


「知らねえよ」


 ハッ、と鼻で笑ってやると、志摩からは諦めにも近い溜め息が出てきた。




 しばらくして、居間の襖がスッと開く。

 顔を覗かせた初老の男は、千景を見るなり目尻を和らげて穏やかに微笑んだ。


「やあ、いらっしゃい千景ちゃん」


 白の装束に身を包んだ男は、何処となくこの場にいる金髪と顔立ちが似ていた。


「こんにちは、明成あきなりさん。お邪魔してます」


 彼は御津前神社の神主であり、先ほどからちょくちょく話題に出ていた志摩の父親だ。


「ああ、ゆっくりしていって。それより二人とも、怪我はないかい?」


 明成の問い掛けに、パチパチと思わず瞬きを繰り返す。


 出会って二言目で怪我の心配をされた。

 今日はただ遊びに来ただけかもしれないのに。


 それでも真っ先に怪我の有無を確かめる言葉が出てきたということは、つまりここに来る前、千景と志摩が何か危ないことをやっていたと確信しているということだ。


 志摩と目を合わせ、互いに苦笑する。


 視えない人間である笠倉家の人たちに余計な心配や不安を与えないよう、神社内で悪霊の対処にあたる際はしっかり人目を避け、できるだけ本殿付近に影響を与えない場所を選んでいたつもりだったが。


 視えずとも、やはりそういった霊的感覚の鋭い明成には気づかれていたようだ。


「心配すんなって。俺もチカも怪我はねえからよ」


「いつも勝手に使っちゃってすみません」


「それは全然構わないんだ。とりあえず二人に怪我がなくて良かったよ」


 心底安心したように明成は表情を緩めた。


 息子の志摩はともかく、全くの他人である千景にまでこうして心配してくれていることは純粋に嬉しい。


「そういや親父、この前の、術師集めてるっつう話。あれチカにも詳しく教えてやって」


「あはは、やっぱり千景ちゃん興味持ったのかい?」


 志摩の隣に腰を下ろした明成はおもむろに話し始めた。


「一週間くらい前だったかな? 千景ちゃんなら知っていると思うけれど、術師会というところから神職住職宛に手紙が届いたんだよ。『呪術を扱える人を集めています。もしご都合が宜しければご助力ください』とね。集合場所の住所付きで」


 やはり”どこかの組織”というのは千景の予想通り、全国の術師を統括している『術師会』のことであったようだ。


 そして『力を貸してください』という文句。


 おそらく術師会は何かの問題を抱えている。

 そこで、各地に散らばる術師やまだ術師会に所属していない術師を集めて、その問題解決を図っているのではないか……くらいの推測は術師会を深く知らずとも簡単に導き出せる。


「力を貸して欲しいですか……その詳しい内容とかは記載されてます?」


「その辺は集まった人たちに直接伝えるらしいよ。どうやら報酬も出るようだけれど、これも詳細までは書いていないようだね」


「つまりは実際に集まった奴らにしか教えないっつうことか?」


「まぁ、来ない人にタダで内部情報漏らしてもメリットなんてないもんね」


 ただでさえ術師というのは一般人には認知されていない存在だ。

 というかそもそも霊が視えるという話を真剣に信じている人の方が稀だろう。


 そんな日陰の存在である術師の、その中枢とも言える組織が、誰の目につくかもわからない紙切れに大事な情報を書くとも思えない。


「でね、その日時っていうのがちょうど三日後なんだよ。事前の参加通知とかもいらないみたいだから、その日は直接行けばいいんじゃないかな。私はそういった力はないから行くつもりはないんだけれど、もし千景ちゃんが気になるなら行ってみたらいいよ」


「そうですね。その集合場所っていうのは」


「京都だよ」


「京都! いいですねえ」


 術師会の拠点が何処にあるのかは知らないが、今回向かう先は京都だという。


 私用で訪れたことは何度かあるが、実は神社仏閣そういった歴史的建造物が好きな千景にとって京都は大好きな旅先のひとつであった。


「とりあえず飛行機とホテル押さえないとな」


「行く気満々だな」


「あとで住所書いた紙渡すね」


 容易にテンションを上げた千景に、我が子でも見るかのような明成の微笑みがなんともいたたまれなかった。


 とりあえず必要情報が記載された紙を受け取った千景は、その後も茶菓子片手に笠倉父子と駄弁り、日が暮れる少し前にスーパーに寄って帰ったのだった。


 

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