第32話 はじめてのちょうりゃく
【当たり前だ。警備責任者を助ける。このままじゃ、『無実』の人間が、殺されちまう。】
「おひおひ……何で、お前が、『無実』だと断言できるんだよ。」
などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。
「龍一君、聞かせてもらいたい。自分の天幕の寝台で、寝かせているその男は、何者かな。」
「親紅、丁度いい所に来てくれた。こいつは、イチエモンだ。」
「いや、名前だけ聞かされてもな。」
「楪城の警備責任者だ。あのまま放置すると、殺されるから助けた。」
「何故、誰が?」
「あの城主……清水宗治だよ。酷い奴だぜ。城の米は、元々百姓が、頑張って作ったモンなのに、自分の物が盗まれたみたいに言いやがって、しかも、無実の人間を殺すって言うんだぜ。」
「……ああ、その話か。だが、楪城の兵糧米を盗んだのは、君だろう、龍一君。」
「人聞きの悪いこと言うな。……………………………………ちょっと預かってるだけだぁ。」
「犯人は、お前かぁ!」
などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。
「龍一君、君の口ぶりから察するに、兵糧米がなくなった責任は、警備責任者、市右衛門にある。よって、死罪に処す。清水宗治が、沙汰したので、ここまで連れてきた。そうだね。」
「そーだよ。」
「…………連れてきてしまった以上、やむを得ないし、見殺しにもできない。調略しよう。」
「漫画で読んだ事がある。
確か、戦国乱世の話だ。
『調略とは、敵国と闘う前に、敵国の家来とこっそり交渉し、裏切らせこちらに味方させる。』
だったな。」
「お、目を覚ましたな。どいてくれ、龍一君。」
「ん……ここは?」
「市右衛門、自分が、誰だかわかるかい。」
突然、跳ね起き、寝台の上で平身低頭する市右衛門。
「これは、若君。お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。」
「こうして、会えたのも何かの縁だ、今日は、自分の頼みを聞いて欲しい。」
「ははっ。何なりと。」
「君を調略したい。今すぐ、清水を裏切り、三村に臣従してくれたまえ。」
「……では、やり残した仕事が、ございます。それさえ、果たせば、三村に臣従致します。」
「それは、兵糧米かな。」
流石に、驚きを隠せない市右衛門だった。
「……なぜ……それを………………いえ、ひょっとして、まさか!」
「うん、実はアレを奪ったのは、自分だ。だから、君が楪城に戻る必要は無い。今すぐ、清水を裏切り、三村に臣従してくれたまえ。」
「では、1つお願いが、ございます。」
「加増なら、最大500石までにしてくれたまえ。」
500石……約7500万円か……流石、800株の領主は、違うな。
「私の首を刎ね、楪城に届けて下さい。」
「待て、早まるな。何故そうなる。」
「城主様は、私の失態を許しません。いえ、三村に臣従すると言う事は、裏切りになります。恐らく、死罪になりましょう。ですから、です。」
「…………まさか! それは……」
「お申し出は、大変有難いものです。が、城内に、私の妻子が、人質に捕らわれております。ですから、どうかお願い致します。私の首を刎ね、楪城に届けて下さい。」
「早まるな。君の妻子は、必ず助け出す。それも、今日中にだ。それなら、三村に臣従してくれるな。」
「では、日没まで待ちます。身重の妻と、胎の子をお助け下さい。」
この後、市右衛門から妻子の名前を聞き出した上、妻子宛に脱出を促す手紙を書かせた親紅だった。
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