第31話 はじめてのゆずりはじょう

「漫画で読んだ事がある。

確か、1人の女をめぐる兄弟喧嘩だ。伝染病をまき散した弟、その対抗策を講じた兄とのな。

『世界遺産でもあるフランスの城は、干潮時は砂浜に、満潮になると海に浮かぶ城になる。』

海と川のと言うだけで、そっくりだ。」

「ん? 何か言ったかい。龍一君。」

「いや、別に。それよりあれが、楪城か。」

「そうだ、龍一君。見ての通り楪城は、湿地帯の上に、石塁で強化した盛り土を設営、そこに築城したものだ。橋も存在するが、馬車2台程度の幅しか無い。難攻不落の名城だ。」

「あの湿地帯、鎧が無くても、歩いただけで沈みそうだ。」

「それより、軍議に行こう。家臣達を待たせている。」

 こうして、楪城を見下ろす高台の上に設営された天幕へと、移動する俺達だった。


 * * * 


「漫画で読んだ事がある。

確か、科学解説漫画だ。

『砂、石灰岩の粒子、火山灰を水でよく混ぜ合わせる。発明されたのは、ローマ時代だ。』

だったな。勿論、現在では、多少の手を加えているがな。」

「ん? 何か言ったかい。龍一君。」

「なんでもない。それより、今回の作戦。その肝を作って来た。とりま、剣で斬ってみてくれ。」

 天幕内に控えていた三村家の重臣達は、次々に試していく。しかし、歯が立たない。

 誰1人としてだ。

「龍一君、最後は、自分だ。魔法を使ってもいいかい。」

「いいぜ。」

 剣を構え、呼吸を整える親紅。

「『火行を以て金行を尅す』破ァッ!」

「なんと! 若君でも僅かなひびが、入ったのみとは。」

 天幕内が、どよめく。

「龍一君、そろそろ種明かしをしてくれないか。この『石』に見えるが、『石でない』物の。」

「これは、『鉄筋コンクリート』と言う。材料は、鉄棒、砂、石灰岩の粒子、火山灰、水だ。で、よく混ぜ合わせてから乾燥させる。するとこうなる。」

「成歩堂。」

 親紅の「成程、つまりこれは、土行と金行で、出来ている。しかも、火行が通じないのは、土行の鎧を身に纏っているに等しい構造。仮に、木行でも、中の金行で打ち消せる訳か。」は、「成歩堂。」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某法廷闘争劇とも無関係に相違ない。

「ちなみに、コンクリートは、押す力に強いが、引く力に弱い。鉄棒は、押す力に弱いが、引く力に強い。相互に弱点と長所を補い合っている。後、問題なのは……」

「それなら、問題ない。楪城には、前々から内通者を紛れ込ませてある。さしもの叔父上も、『国家反逆罪』には、手を染めていない。」

「んじゃ、始めっか。つっても、昨日の夜の内に、第1段階までは、出来てる。全て、手はず通りさ。」

「よし、金行術者は、付いて来い。木行術者は、手はず通り待機だ。」

「はっ!」

 天幕内の声が、唱和した。


 * * * 


「何事だ! さっさと報告せんか!」

「申し訳ございません。側小姓殿から、『お休みである。明朝まで待て。』そう言われました。」

 場所は、楪城城主執務室だ。最初に怒鳴ったのが、城主清水宗治。答えたのは、楪城騎士団団長、石川左衛門久智(いしかわ・さえもん・ひさとも)。

「……まあ、いい。兎に角報告だ。何があった。取り分けあの『柵』だ。あの先が、何も見えないぞ。」

「はっ! 昨晩の歩哨より、報告です。」

『深夜、木行術者と思しき者の手により持ち込まれた木板を、地面に打ち込み、柵を築かれました。』

「次に、梟を使った遠隔監視(梟を操作し、梟の視覚を共有する術で行う上空監視)より、報告です。」

『木行術者は、高梁城直属の騎士、数は正確には不明。東の山頂付近に、三村家の陣幕あり。数は、約2千。尚、梟は、全て発見され撃墜されました。再召喚まで数日かかります。』

「以上になります。」

 宗治の貌が、ありありと不満の色で、雲った。だが、その点については一言も発しない宗治だった。

「左衛門、貴公の意見を聞きたい。『あの策を何と見る。』」

 宗治の「あの柵を何と見る。」は、「あの策を何と見る。」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 単なる駄洒落とも無関係に相違ない。

「恐れながら、城を柵で囲ったと言う事は、『兵糧攻め』でございましょう。気になると言えば、川も柵の内側に、囲っている事くらいでしょうか。」

「ふん! 古典的な策だ。大方、こちらの守りが堅いので、消極策に出ているだけだろう。」

「しかし、有効な戦術です。兵糧米にも限りがございます。それに、あの位置では、弓も魔法も届きません。破壊するには、城から討って出る必要があり、敵の矢の的になりましょう。」

「ふん! その程度分かっとるわぁっ! 兵糧は、節約すれば3年持つ。しかも、三の丸には畑に百姓も囲っている。5年が10年でも、持ちこたえられる。それより、例の件だ。」

 城内で最も浪費をする人物から、『節約』と言う言葉が出た事に、微妙な色を貌に付与する石川久智だった。

「はっ、王都留学中の宗輝様(長男)、宗綱様(三男)、宗康様(四男)、宗家様(五男)が、計らっておいでに、ございます。」

『三村親盛は、近隣の村々から、若い娘を略奪し、子を産ませている。子を産めない者、女子を生んだ者は、口封じされている。だから、今さら男子に恵まれた。』

「……との噂、王都内でも浸透拡散しつつございます。」

「ふっ! ふはははぁっ! いいぞ、いいぞ、これで、どちらが悪玉か、はっきりする。勝ったも同然だな。否、むしろ時間をかけて困るのは、兄上の方だ!」

 宗治の笑い声を遮ったのは、扉をランブータン……もとい、乱打する音と、切羽詰まった声だった。

「おお、明日丸(あすまる)ではないか。入りなさい。」

「あぁ……また、この腰巾着……もとい、側小姓か。」

 と言ううんざり気味な、色を貌に浮かべるものの、無言を貫く石川久智だった。

「失礼致します! 上様! 一大事です。」

「何事だ。簡潔に報告しろ。」

「それが、城内の二の丸、三の丸を中心に、至る所に、この様な張り紙がありました。」

 そう言って、A4サイズ位の紙片を、差し出す腰巾着……もとい、桃色髪の側小姓だった。

『城主清水宗治は、城内の兵糧を、横流しして私腹を肥やす裏切り者だ。もし、清水を見限り、三村に臣従するなら、謀反の罪を不問とする。猶予は3日である。 三村親盛』

 張り紙は、木っ端微塵になった。

「なんじゃ、こりゃぁ! 一体どうなっている!」

「今更、昭和のテレビドラマですか……。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「はっ……そ、それが、張り紙を処分させております、ですが、既に城内では、噂で持ち切りで……。」

「ちっ……がぁーう! 違う! 兵糧米は、どうなった! 3年分蓄えたのだぞ!」

「……は……そ……それが……。」

「さっさと、答えろ!」

 机を叩く音が、充満した。悲鳴を押し殺す腰巾着……もとい、美少年側小姓だった。

「はいっ! 先程確認しました所、空でした。」

「なにぃ!」

 これには、驚きを隠せない石川久智だった。

「馬鹿な……。」

 宗治の呟きは、重たい空気に、押し潰されんとしていた。

「上様、恐れながら申し上げます。」

 真っ先に、我に返ったのは、石川久智だった。

「フルザゲルナァッ!」

 宗治の「ふざけるな!」は、「フルザゲルナァッ!」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某銀河を疾風の如く駆け抜ける博打打ちとも無関係に相違ない。

「警備責任者だ! あいつが、儂を裏切って、兵糧米を横流ししたのだ。それしか考えられん! 明日丸!」

「はっ!」

「警備責任者の首を刎ねろ!」

「上様! お待ちください! その様な重大事、軽々に判断すべきではございません。ここは、関係者の身柄を拘束、調査隊を編成、入念な調査をすべきでございます。」

「いやっかましぃ! 誰が、儂の勝利を邪魔する! 許さぬぞ! こう言う事は、迅速一番! 明日丸! さっさと警備責任者を連れてこい! 儂が自ら断罪する!」

「はっ!」

 慌てて部屋を飛び出す腰巾着……もとい、碧眼の側小姓だった。

”しかし、凄まじいのぉ……『影化』と『保護色』に、かような使い道が、あったとわ。”

【俺は、こーゆー使い方をするもんだと、思うがな。】

”して、何処に行く?”

【当たり前だ。警備責任者を助ける。このままじゃ、無実の人間が、殺されちまう。】


 * * * 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る