第30話 はじめてのむほん

 本を読みながら思う。どうしても、上手くいかねぇ……

 親紅に、小遣いをせびったら、言われた。

「龍一君、駄目だ。もし、君に自由になるお金を渡し、君が自由行動をとってみろ。そこで、ナニを口走るか。だから駄目だ。」

「いいか。これは信用とは関係ない。むしろ、慎重なんだ。」

 仕方ないので、軽く身体を動かしてから、部屋に籠って本を読む。

 ついでに、すずりと墨と筆の扱いにも、慣れておく。書道は、やってたが、ここの文字、とりわけ領主同士の手紙は、草書に近い。勉強は手間取るな……

 扉をランダバ……もとい、乱打する音で、目を覚ました俺。

「別に、入ってもいいぞ。」

 道具と本を片付けて、外の人物に声をかけた。

「おやぶん! てぇーへんだぁっ!」

 親紅の「龍一君、緊急事態だ!」は、「おやぶん! てぇーへんだぁっ!」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某岡っ引きとも無関係に相違ない。

「何事だい?」

「叔父上の謀反(むほん)だ。軍議が、始まる。君も、ついて来てくれ。」

「漫画で読んだ事がある。

確か、戦国時代の話だ。

『謀反とは、中世的軍事政治用語だ。要するに、封建領主……権力者に対する武力反乱だ。』

だったな。」

「それ、俺に聞かせていい話かよ。」

「いいも悪いも、起こってしまった事は、仕方ない。それに、君は目を離すと、何処で何を、吹聴するか、分からない。常に一緒にいてもらうぞ。」

「……しゃーない……でも、歩きながらでいい。詳しく教えてくれ。まず、『何故』だな。」

「……龍一君、どうして、君は、そんなに的の中心を、狙い撃ちするんだい。……これは、身内の恥だ。思い出して欲しい。父上の子宝に関してだ。」

「ああ、女子ばっか、連チャンしてたって話しか。」

「そうだ、龍一君。そして、反対に、叔父上は、男子のみ、6人兄弟だ。」

「へぇー、そーいう事もあるんだな。」

「そこで、父上に女子が、生まれる度に、叔父上は同じ事を言っていた。」

「何?」

「『うちの子を養子にお願いいたします。』」

「おや、でも親紅の父親は、断り続けたんだろ。『直系男子』に拘ったから。だったよな。」

「そうだ、龍一君。そして、3年前待望の男子が、誕生した。愛人との間とは言えな。だが、叔父上は諦めない。『後継ぎが、庶子とは頂けません。ここは、私の息子を養子に』とな。」

「そんなに、しつこいのは、何か理由があるんだろ。」

「正解だ、龍一君。これは、叔父上の『お家乗っ取り計画』に他ならない。つまり、叔父上の息子が父上の跡を継げば、政治に介入できるし、父上が先に逝ってしまえば、叔父上の勝ちだ。」

「でも、餓狼丸の養子縁組は、国王から認められた……んだよな。」

「そうだ、龍一君。これで、叔父上の野望は、潰えた。一見するとな。」

「だからって、戦争か。権力欲に憑りつかれたおっさんのせいで、無駄な血が流れるんだろ!」

「龍一君、……先刻も言ったが、これは、身内の恥だ。これ以上はやめて欲しい。」

「お……おう、分かった。」

 そんなこんなで、会議室に到着した俺達だった。


 * * * 


 しょーじき、軍議とは退屈極まりないものだった。

 陣立てが、どーの。領内のどっから兵を集めるだの。

 だが、分かっているのか。お前らがやっているのは、『人殺し』の計画だ。

「黙れ。」

 気付けば、机を叩く音を響かせた俺だった。

「お前ら、何、考えている!」

 つい、声を荒げてしまった。

「お前らは、そんなに人殺しの計画が、楽しいのか! 何で、殺さずに解決しようとしない!」

 色々な、視線が突き刺さっている事だろう。でも、そんな、こたーどーでもいい。

「龍一君、落ち着きたまえ。ここで、手をこまねいていると、自国領を平和裏に治める事が出来ない無能者。そう判断した王国から、改易されるかもしれない。だから皆必死なんだ。」

「自分がよければ、それでいいのか! 叔父さんに、従っている兵士だって。元々は、三村家の家来で、仲間だろう。仲間を殺すのか!」

「龍一君、謀反は、起こってしまった。あちらは、戦をやる気満々なんだ。他に手はない。」

「違う! 手はある。」

 突然、俯く親紅。

「…………ぅ……う……。」

 つい、気になって親紅を見つめてしまった。

「うわあぁぁあぁぁぁあぁぁ~~。」

 突然泣き出す親紅。

 大粒の涙を、それこそ滝の様に、滂沱する親紅。

「負けちゃうよぉぉぉ~負けるの嫌だぁぁ~~~~あ~~あ~~~~~~~~~~~ん。」

 どれくらい時間が、たったのやら、泣き止んで、すっきりした貌の親紅がいた。

「うん、さっぱりした。どうも、自分は、紅緋眼(くびがん)のせいか、頭に血が上り易い。こういう時は、泣いてさっぱりするに限る。」

「お前は、何処の柱の輩だ!」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 ……そうか、火行は、怒りも司っている。涙(水行)で、火行を剋したのか。

「此度は、長ごうございましたな。」

 そう言葉を紡いだ従者から、手ぬぐいを受けとって、顔を拭く親紅。

 気付けば、室内の声が、全く無い。親紅が、こうなったら、泣き止むのを待つしかない。

 室内の者達は、それを重々承知している訳だ。

「龍一君、聞かせて欲しい。さっき言っていただろう。君の脳内には、必勝の策があると。今回は、その作戦通りにやろう。」

 ここには、当然、父親……さっき名前を教えてもらった。確か、親盛(ちかもり)だったな。この場にいる親盛は、貌色1つ変えずに、頷いた。

「分かった。なら、さっきから言ってた事を基に、話をする。今回の反乱は、『同時多発』と言うんだ。」

 親紅が、頷くのを待って続ける。

「確認しよう。叔父さん、清水宗治(しみず・むねはる)は、家督の相続権を放棄し、分家である事を内外に示す為、『改名』した。結果、三村青爵領の東端に、200株の領地を貰った。」

「そうだ、龍一君。」

「一方、西端で、10株程度の領地を与えられたのは、次男、清水宗成(しみず・むねしげ)。彼も今回の反乱に加担している。やっているのは、街道封鎖。」

「そうだ、龍一君。君も知っての通り、三村家には、海が無い。海に面した隣の松井藍爵様より塩を、輸入しなければならない。街道を封鎖されると、民の生活に打撃がくる。」

「だからだ。だから、西側は、無視する。清水宗治が、『籠城』している『楪城(ゆずりはじょう)』の攻略に集中する。父親が、陥落すれば、次男も諦める。」

「しかし、『楪城』は、難攻不落の名城だ。具体的な、作戦を聞かせて欲しい所だ。」

 そこで、『楪城』攻略作戦を……否、『無血開城作戦』を話した。多少の変更点は、あったものの、同意を取り付けた。


 * * * 


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