第19話 はじめてのおんな
馬久兵衛さんと、彼の使用人達は、例の賊共の証言の為、出頭している。
宿の部屋は、6畳くらいで、俺1人だった。
梅干し入りの握り飯を食い終えると、やる事も無いので、スマホに日記を入力していた俺。
”何ぢゃと!”
言われるまでも無い。首から紐で吊るしたスマホに、素早く『保護色』をかけて背中に回す。流石にこれを、見せたくはないし、光で発電する為には、ポケットに入れる訳にもいかない。
【間違いない。確かに、さっきまで誰もいなかった。】
既に、俺の聴覚嗅覚は、20メートル以内の、生物種別、位置情報を把握するに至っている。勿論、『第一戦闘形態』も不要だ。
【にも関わらず、こいつは、突然襖の外に『現れた』。まるで、『影化』を『解除』した直後の様だ。】
ゴゴゴゴ……
などと言う緊張感を、煽る効果音が、聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。
某奇妙な冒険とも無関係に相違ない。
【……人間、身長160……1~2センチ、服は女物? ……だな。】
”何者ぢゃ? お主、心当たりは、無いかや。”
【そんな事は、どうでもいい。重要なのは、逃げるタイミングを、失った事だ。ここには、馬久兵衛さんたちの、荷物がある。逃げる訳には、いかない。ここで、迎え撃つ!】
「失礼いたします。お話をして頂きたく存じ上げます。……中に入れて頂けませんかしら。」
外からだ。『鈴を転がす様な』等と言う文学的表現が、ピタリとはまる声だった。
「何の用だ?」
「助けて頂いたお礼です。……いい加減、中に入れて頂けませんかしら。」
「知らん。俺は、君の事など。」
「私は、馬車に乗っていました。貴方は、土をこねて作った団子を、投擲で賊の頭部に命中させ、頭蓋骨を傷つける事無く、脳震盪に追い込んでいました。お見事です。」
”間違いないの。あ奴、お主の闘いぶりを見ておった様ぢゃ。して、如何にする?”
【あいつが、例の馬車に乗っていたのなら、取り調べを受けているはず。何故、ここにいるのか。そいつが、問題だ。しかも、あいつは『影化』『保護色』を使えるかもしれねぇ。】
”して?”
「あんた、誤解してるみたいだ。部屋で、話しをしよう。入っていいぞ。」
「失礼します。」
部屋に入って来たのは、身長161~2センチ、体重45~6キロ程度の若い女だ。銀髪に紫色の瞳、白磁の様な肌、モデルの様な美しい手は、肉体労働者には見えない。
身に着けているのは、薄紅色の絹製ドレスだ。縫製がしっかりしているから良品だろうが、値段までは分からない。しかし、ティアラ、イヤリングなどの装飾品からかなり裕福と見た。
”当たり前ぢゃ。あれが、色を付けたガラス玉か、本物の宝石かくらい、目を瞑っておっても分かるわ。”
【お前、目、無いじゃん。】
「お初にお目にかかります。美理亜と言います。助けて頂き有難うございます。宜しければ、お名前をお聞かせ願えませんかしら。」
「勘違いだと思う。君が、何故俺だと言うのか。その理由が、分からねぇな。」
「私は、全ての行の魔法を扱えます。それらを駆使して、馬車の周辺状況を把握していました。すると、件の『救助者』とあなたに、『共通する特徴』が、ありました。」
「へぇ、そんなん、あったっけ。」
「その前に、魔法の話を……前置きと、思って聞いて下さい。」
「……ああ。」
件の『記憶焼き付け』で、『魔法』の知識は、頭に入ってる。だが、『魔法使い』の知識は、無い。そりゃそうだ、『魔法使い』と言う種類の『人間』だからだ。
こいつの知識は、世界法則だけで、『人間』に関する知識は、皆無だったからな。
【ここは、『魔法使い』の生声を聞くとしよう。】
”それも、一興ぢゃ。”
「魔法は、大きく分けて3つ。『陰陽術』『神聖術』『禁術』です。ここでは、私と多くの術者が扱える術、『陰陽術』についてお話しします。」
”ちなみに、『造物主』の力を借りると言う意味では、『神通力』も、『神聖術』の一種ぢゃ。が、わらわを手にせぬ限り『神通力』は、使えぬ。”
【知ってる。】
「『陰陽術』とは、万物を『陰』『陽』、それに『木火土金水』の『五行』に分類可能と言う『前提』の上に成立する学問です。」
「漫画で読んだ事がある。
確か、平安時代、希代の陰陽術師の話だ。
『陰陽術とは、天体と星の動きから、未来を詠む学問である。』
だったな。だが、今言う学問とは、学問でも『魔法学』だ。」
美理亜の貌に怪訝な色が、加わったので、無言で先を促した。
「『陰』とは、闇、影、夜であり、月がその象徴です。『陽』とは。光、造物主、昼であり、太陽がその象徴です。」
無言で、了解し先を促す俺。
「『五行』とは、『木行』『火行』『土行』『金行』『水行』であり、それぞれ、植物、土砂、金属と鉱石と虫、炎と鳥獣、水氷と魚……などを司っています。次に相克相生です。」
「で? いつ本題に入るんだい。」
「…………失礼いたしました。本題ですが、3つあります。」
「それは、俺と助けた奴との『共通点』が、かい。」
「はい。まず、1つ、呼吸音です。私は、馬車の周辺状況を把握する為に、『聴覚』と『嗅覚』を『強化』していました。そこに、あなたの呼吸音が、聞こえましたわ。」
「人間の呼吸音? そんなもの似たり寄ったりだろ。」
勿論、違う事くらい分かってる。だが、今の俺じゃあ、大人/子供を区別するのが、関の山。例えば、村長と、かつ/れい位なら分かる。が、村長と村長夫人では、無理だな。
美理亜の言う『個体識別』には、至ってない。
「では、2つ目。足音、歩幅、そこから導き出される身長、体重。勿論、馬車の中で、『黒鎧(こくがい)』の存在に気付いた辺りから、注視してきました。」
「偶然だろう。」
「最後は、声です。」
……声? ……まさか!
「森の方から、『えーしー』と聞こえました。あなたの声です。」
”やはり、無駄ぢゃったのぉ。あの奇天烈な、『掛け声』。むしろ、邪魔であろう。”
【違う! ヒーローたるもの必要だ!】
「いいや、空耳だ。そうに違いない。」
「……ですから、お礼は、これで失礼させて頂きますわ!」
一挙動で、服を脱いだ美理亜。後には、下着姿の彼女がいた。
”ほぉ! ヤリおるのぉ。不意討ちで、肌を晒すとは! しかも下着は、上下揃えかや。”
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「あら、大変、鼻血よ。あなた、鼻血が、出てるわ。」
そこで、ようやく我に返る事ができた。
「…………出ていけ…………」
「えっ?」
「出ていけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
驚いた貌色は、一瞬の事、すぐにサディズムの色を帯びた笑みに代わる美理亜。
「あら、子供には刺激が強過ぎたみたいね。……ごめんあそばせ。」
いつの間にか、服を着なおした美理亜は、颯爽と部屋を後にした。
「ちきしょう…………。」
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