第15話 はじめてのぴっちんぐ

「もうそろそろですね。」

 それが、俺の質問に対する馬久兵衛さんの答えだった。

 返事をしようとした。

 だが、出来なかった。

「どうしました?」

 流石に、俺の態度から何かを察したらしい。質問する馬久兵衛さん。だが……

「馬車を止めてくれ。今すぐ。」

 怪訝そうな貌をしながら、3台の馬車に停車指示を出す馬久兵衛さん。

 程なく馬車は、全部止まった。

「しっ。」

 右手人差し指を唇にあてがう俺。待つ事しばし……

「何でしょう? あの音は……。」

 馬久兵衛さんが、呟いたのを合図に、動き出す俺。

「様子を見て来る。馬車を回頭してくれ。いつでも、引き返せる様にな。」

 そう言い置いて、馬車から飛び降りて、走る俺。

「無茶ですよ!」

 そんな叫び声が、後方から聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

「間違いない。金属音だ。鉄らしい硬い金属同士が、ぶつかり合う音だ。」

 途中から、森の中に入り、『影化』『保護色』の『コンボ』を使って、突き進む。

「おひおひ……言うに事欠いて『コンボ』かよ……。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 そして、ようやく辿り着く。

『「もうそろそろですね。」』

 さっき、馬久兵衛さんが、そう言っていた場所、森の出口だ。この先は、草刈が原と言う平原が広がっている。だが、行けない。

 街道を塞ぐ形で、簡易の馬防柵が、設置されていた。あまつさえ、そこには、小型の弓や、投網を装備した連中が、いたからだ。

 そして、馬防柵に阻まれて、前へ進めない幌付き馬車に、襲い掛かる男達!

 どうやら、『昨今珍しい山賊』が、幌付き馬車を襲っているらしい。

”さっきから、何をブツクサと、言うておる。”

【今、いいとこなんだ。邪魔しないでくれ。……違和感こそあるが賊だろう……】

”……さっさと、済ませるがよい。”

 勿論、生身でやりあえば、斬られる事も、殺される事もありえる。

 その点、『第一戦闘形態』なら、あの程度の連中、たかが雑兵だ。注意しなければならねぇのは、手加減だ。

 『龍族』みたいは、頑丈な肉体の持ち主と、同じ様に攻撃したら、雑兵は木端微塵……

 漫画で読んだ事がある。

確か、常春の国の国王の話だ。

『三日前の大福を、高層ビルの屋上から地面に落として、ブルドーザーが轢いていった感じの顔面。』

だったな。間違いなく、そうなっちまう。

 兎に角、慎重に行こう。…………

「『へ、ん、しーん。』…………とぉっ!」

 『第一戦闘形態』になった俺は、まず、森の出口に仕掛けた馬防柵で、待機する連中をターゲットにする。

「おいおい……弓なんか使って、殺しちゃ、元も子もねぇだろ。」

「ああ? 打ち合わせしただろ。女と馬には、傷をつけねぇ、威嚇だよ、威嚇。」

「そーそー、女は投網で捕まえて、売りとばすっつーの。兎に角、話聞いて……。」

「そっか、それだけ聞ければ、十分だ。」

 俺の手刀を喰らって、倒れる投網持ち共だった。

「ふーっ……何とか、上手く手加減できたぜ。」

「なぁっ! 何だ、こいつ!」

「みょーな鎧だぜ!」

「構わねぇ! ヤっちまえ!」

 めいめいに、矢をつがえる。

「独創性の欠片もない台詞をどーも。でも、『第一戦闘形態』を初めて、目の当たりにしたんだから……」

 矢は、放たれた……

「しょーがねぇーんだけどなぁっ!」

「…………バッ! ばかなぁっ!」

 そりゃ、そうだ。今しがた放った矢を、指の股で挟み取られていれば、誰だって驚く。

 それも、4本。

「とりま、投げ返す。」

 のどかな草原の風を切り裂き、飛来する『矢』。

「ひぃぁぁぁあっ!」

 倒れ込みながらも、すんでのところで、回避に成功した弓兵共。

「それを待ってたんダァッ!」

「ごブァッ!」

「漫画で読んだ事がある。

確か、秘密裏に行われている地下格闘技トーナメントの話だ。

『人間は、倒れた所に喉を踏まれて一時的な酸欠になると、意識がブラックアウトする。』

だったな。だから、お休み。」

 二人の弓兵を片付けた所で、残り2人。

「ひぃぃぃぃっ!」

「お、逃げた。つか、それが正解なんだよなー。俺と出会う前ならな。」

 まず、しゃがみ、地面を両手でつかみ取る。更に、両手で、1つずつ土団子をこねる。

「せいっ。」

 俺が投げた土団子を、兜無しの後頭部……盆の窪にくらい、倒れ伏す弓兵共。耳をすます。

「ん、死んでないし、頭蓋骨にも損傷無し。手加減成功。……これって、使えるな。」

 勿論、襲撃されてる馬車も無抵抗じゃあない。

 そこで、その中でも、『できる』奴らを、『3人』紹介しよう。

 まずは、碧眼黒髪(かつらなので、その下は不明)の女だ。前髪で右目を隠している。

 戦闘スタイルは、両の袖口から先端に分銅を付けた細い鎖を伸ばし、手に持って振り回す。

 すげ、強い。あれを避けるのは、難しい。『第一戦闘形態』なら、大したダメージにはならなねぇ。が、魔法だけは、ちょっと…………

 この子の魔法は、『水行』だ。つまり、対象を水で包む事ができる。それも、顔面を狙う。

「漫画で読んだ事がある。

確か、推理物だ。

『溺れている人間は、水を飲んでしまう。結果、肺が水で満たされる。だから、溺死体の肺の水と、周囲の水を比較すると、ここで、溺死したか分かる。』

だったな。要は、口から体内に入らない様、手を施してある。そう言いたい。」

 但し、接触しないと、魔法をかけられない。鎖でもOKのようだ。

 二人目は、翡翠色の瞳に、黒髪(かつら以下同文)の女だ。前髪で左目を隠している。

 戦闘スタイルは、手の中に、握り込んだ鉄球を、親指で弾き飛ばす。いわゆる『指弾』と言う手法だ。

 こいつも、強い。あれを避けるのは、難しい。『第一戦闘形態』なら、大したダメージにはならなねぇ。が、魔法だけは、ちょっと…………

 この子の魔法は、『木行』だ。しかも、電気だ。鉄球に電気を溜めて、撃つ。喰らった奴の反応から察するに、スタンガンと同じくらいか……

「漫画で読んだ事がある。

確か、萌えをベースにした武器解説本だ。

『スタンガンの電圧は、約3万ボルト』

だったな。」

 ……うーん、……喰らいたくない。

 最後に、スキンヘッドの男だ。年齢が、分かり難い。

 戦闘スタイルは、両手・腕を覆う鉄甲を付けての、ボクシング……だな。

 前の二人程じゃあないが、強い。避けるのも、難しい。が、『第一戦闘形態』なら、大したダメージにはならなねぇ。魔法を使う様子も無い。

 女2人が、メイド服を着ているので、雇い主がいるのか……馬車の中にいるのか……

「つー訳で、準備完了だ。あいつらは、強いが相手は数が多い。助けなきゃな。ピッチャー、セットポジションから、第一球……」

 左手にでっかい土団子を持ち、そこから右手で一掴み取って、「ぎゅっ」と握ってから……

「投げたぁっ!」

「おいおい……自分で実況かよ……。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 馬車を背にして戦う3人。

 そいつらの相手の仲間にまかせ、後方から碧眼の女目掛けて、投石器を振り回す奴がいた。

 そいつのこめかみに、土団子が、クリーンヒットした。そして、倒れ伏す男。

「?」

 碧眼女の貌に、怪訝な色が加わる。が、すぐに次の賊へと、対処する。

 こうして、俺は、次々と賊共の頭を、土団子で撫でてやった。

「楽でいいな。『火』を吐く敵じゃないからな。そう言う奴には、下手な飛び道具は、無駄だ。『火』で迎撃されちまうからな。兜すら着けて無いし、ホント、楽だわ。」

 気が付けば、賊共は、例の『3人』と俺の手で、倒されていた。すると、『3人』が、俺に近づいて来た。

【丁度いい。聞きたい事が……しぃまったぁぁぁ!】

 俺は、土団子を、邪魔にならない場所へ捨てると、森へと逃げ込む。『影化』『保護色』のコンボも、忘れずにだ。

”む、何故逃げる? 聞きたい事もあるのぢゃろうて。”

【俺には、名乗る名前がねぇ。】

”龍一で、よかろう。”

【そうじゃない! 俺の…………『ヒーローネーム』だぁっ!】

”やれやれぢゃ……………………。”


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