第10話 はじめてのぎょうしょう

 馬久兵衛さんは、無目的にやって来たのではない。彼は、米問屋からの依頼で、米の収穫量と品質調査をする為に来たのだ。ついでに、村で入用そうな、品物も持ってきた。例えば……

「おっ、べこまるさんのチーズは、相変わらず、いい香りですな。」

「値段は、いつも通りかなぁ。もっと、色付けて欲しいなぁ。」

 こうして、村では生産できないが、必要な品々を仕入れている。

「馬久兵衛さん、べっこうの櫛、売ってもらえるよねぇ。」

「……おお、べこまるさん。ついに、麗しの君に告白すると! ならおまけしないと。」

「恩に着るよぉ。」

 殆どは、鍋、鎌、包丁、農具などの鉄製品。塩、酢、砂糖、紙、薬、ホウ酸等も重要だ。

「おかあさぁぁん、リンゴの、はちみつづけ、たべたぁい。」

「贅沢は、敵よ。我慢しなさい。」

 或いは、蒸留酒と、氷砂糖を仕入れて、自宅の梅木から獲れた実で、梅酒を作って売る者もいる。

「およねさんの梅酒は、相変わらず見事ですな。」

「そうだろうて、自信作での。時に、今回もあるよの。『あれ』。」

「勿論、用意いたしました。どうぞ。」

「ありがとうさん。」

 こうして、手に入れた『あれ』を持って、孫に会いに行くおよねさん。

「ほら、林檎の蜂蜜漬け、買って来たぞ。重いから、気を付けて持ちなさい。」

「わぁい! ありがとう。おばぁちゃん。」

「お義母さん……あまり、子供を甘やかさないで下さい。」

「ふん! この年になると、孫との触れ合いが、唯一の娯楽なんじゃ。」

 嬉しそうな貌の孫の頭を、撫でてやるおよねさん。ため息をつくお嫁さんだった。

 ここで、いくつもの木箱を、村の男衆と俺で、手分けして運び込む。

「馬久兵衛さん、今回のお土産です。今回は、少し豪華に『鹿1頭』です。」

「『鹿1頭』ですか。」

「部位毎に、バラして、下蒸しし、味噌に付けてあります。ちなみに、こちらは『肝臓』。こちらは『脳』。と言った具体にです。」

 件のイノシシが、来襲した翌晩。今度は、鹿が田畑を食い荒らしに来やがった。無論、成敗したぞ。俺がな。

「……助かります。これは、よい品ですな。それは、例の落とし穴ですか。」

「ええ、その通りです。おかげさまで、『幸運』にも、この通りよい物が手に入りました。」

「はっはっは……まったく『幸運』ですな。」

 この村は、いつも、こうだ。笑いに包まれている。


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