第5話 はじめてのふろや

「汚職事件。」

 村長の「では、龍一様。お食事の支度が、できるまでお風呂に参りましょう。」は、「汚職事件。」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某総理大臣とも無関係に相違ない。

「ん、風呂。行くぅー。」

「では、こちらを、お持ちください。着替えと、手ぬぐいを入れてございます。」

 木桶を渡された。

「あんがと。……そーいや、石鹸は?」

「ほっほっほ、石鹸等と言う贅沢品を使う事、庶民には許されておりません。わしらは、これ……ぬか袋を使います。龍一様も本日は、これで身体を洗って頂きます。」

”はっ、さっきから失敗続きぢゃのぉ。”

【漫画で読んだ事がある。

確か、江戸庶民の生活を紹介する話だ。

『明治以前、石鹸が無い時代、米ぬかを布袋に詰めた物、ぬか袋で、身体や顔を洗っていた。』

だったな。】

 台所は、村長夫人など女性陣にまかせ、俺達は、風呂屋に行く。

 三和土のある玄関で、靴を履きなおし、出発。風呂が、俺を待っている。

「猪鹿村は、恵まれております。田畑の実りだけでなく、人材……特に風呂屋のさんすけには、大助かりです。実は、彼は、魔法を使うのですよ。」

「え? 魔法。」

「はい、龍一様。さんすけは、水行魔法、『湯沸かし』『水浄化』『水作成』などを使います。保冷や、衣類を洗う、乾かす事もできますので、大助かりですよ。」

「すげぇー。そんな、便利な魔法、何処で覚えたんだ?」

「はい。猪鹿村一番の秀才だったので、思い切って、爵都に留学させた所、『庶民でも使う事を許された魔法』を体得して戻ってきました。余談ですが、嫁さんも連れてきました。」

「余談は、ホントに余談だな。で、爵都?」

「爵都……領主様の居城でございます。」

「そっか、爵都に気軽に行けるなんて、割と自由なんだな。」

「そうでもありません。村の外へ旅立つ許しが、降りません。1年に1人までですな。」

 そんなこんなで、さんすけが、経営する風呂屋に着いた。瓦こそ無いが、昭和臭の銭湯だ。

「いらっしゃーい。……あ、サルのにいちゃん。」

 玄関先に、子供がいた。

「これ、ひゃくすけ。龍一様とお呼びしなさい。」

 村長に、注意される子供……ひゃくすけ。

「りゅー、いち、さ、ま。」

「よく出来ました。」

 ひゃくすけの頭をなでてやる村長。

「頼んだぞ。」

「はい、そんちょう、りゅーいちさま。」

 村長と共に履物を脱いで、風呂屋に入る。

「村長、ひゃくすけは、あそこで何をしてるんだい?」

「草履とりです。お察しとは思いますが、ひゃくすけは、さんすけの息子です。将来は、父親の跡を継いで、風呂屋の主人を目指しております。まずは、下積みとして仕事をしてます。」

「漫画で読んだ事がある。

確か、サルと呼ばれながらも、天下人にのし上がった男の話しだ。

『仕官したての頃は、主や来客が、脱いだ履物の管理、出かける際に、本人の履物を間違えず差し出す仕事をしていた。』

だったな。恐らく、文字の読み書きや、記憶力の訓練をしているのだろう。」

「おや、何か仰いましたか。龍一様。」

「何でもないよ。」

 そう言いつつ、村長の後に続いて、脱衣場に入る俺。

「あ、そんちょう、サルのにいちゃんだ。」

 ここは、大人だけじゃない。子供もいる。

「これ、龍一様とお呼びしなさい。」

 村長は、またも子供に、注意している。

「りゅ-いちさまー。」

 と言う具合の元気のいい声が、返って来た。

 俺達も服を脱いで、風呂に入る。

「いらっしゃいませ、村長、猿退治の勇者様。」

「さんすけ、龍一様とお呼びしなさい。」

「はい。龍一様、村長、お背中流しましょう。」

「今日は、龍一様のお身体から、洗って差し上げなさい。……龍一様、さんすけが、お身体を洗って下さいます。」

「うん。世話になるよ、さんすけ。」

「はい。では、こちらへどうぞ。」

 自前のぬか袋を取り出すと、さんすけは、俺の身体を洗う。

 ここに女性がいないのは、時間帯で「男湯」「女湯」を分けているからだ。そう、さんすけから聞いた。今、女性達は、夕飯の支度だ。夕食の後、女湯になる。

 だが、周囲を見ると気分が、沈む。

”何ぢゃ、そんなに大きさで、負けるが、悔しいか。何しろ、相手はわらべぢゃからのぉ。”

【うるへぇー。】

「龍一様、かゆい所ありませんか。」

 俺の髪と、頭皮を指でマッサージするように、洗ってくれるのは、さんすけだ。

「んー、耳の後ろ。」

「はい、龍一様。こんな感じですか。」

 はぁーっ、いいなぁ。

「うん。いい感じだよ。」

「じゃ、そろそろ流しますよ、龍一様。目をつぶって下さい。」

「うん。」

 目を閉じていると、お湯を頭から掛けられる。

「ふーっ、さっぱりした。ありがと、さんすけ。」

「どういたして、龍一様。どうぞ、湯で温まって下さい。左の奴が一番熱くて、右は冷水です。」

「分かった。ありがとう。」

 俺は、真ん中の湯船に浸かる。周囲をよく見れば、父親が息子を、兄が弟を、洗いっこしてる。何て言うか……村全体で、家族ぐるみの付き合いなんだな。

「龍一様、どうです、湯加減は?」

 身体を洗い終えたらしい村長が、俺の隣で、湯に浸かる。

「いいね。」

「それはなによりです、龍一様。湯から上がったら、お楽しみの『アレ』に、しましょう。」

「『アレ』か、いいね。実は、気になってたんだよ。脱衣場の隅にあった『アレ』。」

「そうですか、龍一様は、目聡いですな。」

「そーいや、気になったんだが、服……下着に使ってるゴムって、ここで、生産してるの?」

「いいえ、龍一様。わしも、詳しくはありませんが、北の方です。」

 そう、脱衣場で村人が、全員ゴム紐を使ったパンツをはいていた。恐らくゴムの木が、沢山あるんだろう。この後、100まで数えてから湯上り。身体を拭いて、件の『アレ』に向かう。

「じゅうぞう、2つな。」

 銅貨を2枚支払う村長。

「はい、少々お待ちください。」

 ひゃくすけより少し年上の子供は、置くへと続く扉に入った。戻って来た時、1合枡2つと、ひしゃく1つを持ってきた。村長と俺は、枡を1つづつ受け取る。

 脱衣場の隅にある木箱のふたを取るじゅうぞう。ひんやりした空気が漏れる。

「どうぞ。」

 中のカメから、ひしゃくで、すくった白い『アレ』を俺達の枡に、順番に慎重に注ぐ。

「いただきまぁーす。……んぐっ……んぐっ……ぷはぁーっ! うめぇ。風呂上りには、冷えた牛乳だぜ!」

「お気に召して何よりです、龍一様。これが、先程もお話ししました『保冷』の魔法です。」

 俺達は、空になった枡を、じゅうぞうに、返す。

「ごちそうさまでした。」

 彼は、片付けに行った。何でも、ひゃくすけは、末っ子。じゅうぞうは、兄だそうだ。

「村長、ごちそうさまでした。」

「どういたしまして、龍一様。着替えて帰りましょう。」

「うん。……そう言や、猪鹿村には、酪農家もいるのか。」

「はい。村外れに住んでる、べこまるです。バターと、チーズも作ってますよ。そうですな、明日なら、焼きチーズの大葉包みを、用意できますよ、龍一様。」

「へぇー、そりゃ楽しみだ。」

 こうして、着替えた俺達は、村長宅へと戻る。


 * * * 


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