その恋僕が叶えます。
ふややたまよ
第一章 彼女の名は三崎飛鳥
僕の
※
駅のロータリーから数えて三番目の信号機が僕の歩みを止める寸前、三崎飛鳥がポンと目の前に立ちはだかった。無抵抗の僕はいとも簡単にヘッドホンを奪われる。
「君と一緒だと学校に居られなくなるってホント? 」
自分の頭ほど大きな戦利品を耳に当てがいながら三崎飛鳥はそう言った。
13年間クラスメイトであり続けるという天文学的確率の約半分の奇跡の共通点を有するが控えめに言ってもそれ以上微塵の関わり合いもなく、それに加えてクラス中の愛と羨望を独り占めするような三崎飛鳥が僕に話かけてくるなんて、戒厳令を何かのギャグだと信じる猿回しにだって想像はできないよね。
要するに。つまりな。
――――その他大勢のモブ太郎モブ子よろしく僕を
すぐさま僕は冷静さを取り戻す。手慣れたもの。
「ふふっ 」
まじまじと僕の顔を見て笑った。
三崎飛鳥は笑うとその大きな目を三日月の形に仕舞い込む。
宇宙はここから始まったんだと主張してきそうな、呼吸の間を乱した途端吸い込んできそうな、そんな途方もない漆黒の瞳に向かって全僕史上最大の抗いを見せつけてやる。シンプルかつ伝わるか伝わらないかギリギリの声が肝要である。対処は完璧で抜かりはない。ズバッと行くぜっ。
――――無理だった。
知ってた。まあそうなる。だって3週間くらい声出した記憶がない。
「試してみよっかな。 どう? 」
半径100センチ傍から発せられる三崎飛鳥はクリアのまま僕に届く。
――――三崎飛鳥が『僕』を認識している?!?! ぐうぅあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあアあア!?!?
点灯だけでは飽き足らない青信号が制御不能混乱状態の
「三崎飛鳥のセカイが壊れるのをただじっと黙ってみていられる勇気があるか? 俺には無い。やめとけ三崎飛鳥!」
――――あ。語ってら……。
何処の何奴がどんな武装してたらこんなトンデモ発言を許してもらえる。支離滅裂に痛い! ヒリヒリとした鈍痛が全身を駆け巡る。
分不相応不適切大失言だと理解するのも後の祭り、炎上祭り、時すでにお寿司だ。
消火剤をすぐさま投入しようにも経験値も語彙力もショートカットキーも無く、全身中いきり立つ動脈が静脈化するのをただグッと堪えるだけ。
「いやいやいあ。普通無くない? 」
――――普通とは?
ありていに言えば文脈の意味はよく分からない。が、表情と温度感を分析するに、三崎飛鳥がこだわっているのはどうやら俺様的トンデモ発言ではないらしい。そこはスルー。敢えてそうしてくれている説も歓迎だ。大人だ。まあどちらにしましても感謝申し上げ以上僕の挨拶とさせていただきたい。
「フフッ。三崎をフルネームで呼びつけるのは君だけだな。 」
三崎飛鳥はそう言って、出来損ないのアヒル口を尖らせてきた。
羞恥の
何とも言えない安堵感が歩行ギアを5速に上げる。
そりゃそうだよ。三崎飛鳥を三崎飛鳥と呼ぶ以外のデータベースを僕は持ち得てないし、三崎飛鳥はただの客体であって、触れ合うものでも感じるものでもない。
つまりは僕にとって三崎飛鳥は三崎飛鳥でしかないのだから間違っていないことになる僕は、ね! 所詮、三崎飛鳥はその他大勢のモブ、モブ子に過ぎないのだよ! 何か問題でもあるかい? 三崎モブ子飛鳥さんよ!
ふと、さっきまでつけていたヘッドホンで塞がれたような錯覚に囚われる。
――――いない。消えた?
立ち止まり振り返ると、三崎飛鳥が少し息を切らして駆け寄ってくる。
「もー、
――――うっ
ギュッとした感触が僕の身体を支配し、重力を奪い去る。
僕は瞬間移動した。
三崎飛鳥の隣15センチに。
「勝手に行くな。 」
小声でそう言って三崎飛鳥は手を挙げて見せた。
僕は自分の手が上がっているのを見ていた。
太陽は仕事を放棄しているようで薄曇りの中、僕の手と三崎飛鳥の手がしっかりと繋がれているという不思議な光景だった。
そして僕たちは黙って歩き出した。
全身細胞が手の平に向かってダッシュしていることを絶対にサトラレたくはない。こんな時の最適解ってあるのだろうか。あるんだろうけど、僕には無く。
――――違う、待てよ。もしかしたら、三崎飛鳥もドキドキとしているのか?
そう思うのも仕方がない。だって、三崎飛鳥は僕が握る推定3倍以上の力でキツく硬く握り返してくるのだ。推論する僕を責めるように獲物を捕捉させまいと首の回転軸がストライキを起こす。三崎飛鳥の横顔は想像だけに留めることにするよ。
「さっきの話。余計なお世話だよ。君に守って貰おうなんて思ってない。」
――――スルー。されてないね。
自己嫌悪開発セミナーの開催を目論む
事実僕はバトウスキーに構っている暇など無く、三崎飛鳥の歩調とシンクロすることだけに全力した。
「こーいうの嫌? 」
「(嫌)じゃない」
生まれて初めて三崎飛鳥に投げ返した直球はうまく指のかかった、雑味がなく極めて純度高い、それでいて自然に、イヤ寧ろ何者かの絶対意思に迷いなく従ったという意味では
「いい男だ。」
――――花丸ぴっぴ。獲ったどー‼︎
今日の僕は完全にオカシイ。
見境なく高揚した感情が数時間前の教室を思い出させた。
三崎飛鳥を中心にして周りではしゃぐモブ子やモブ太郎。だが、表情がボヤけ見えない。近くへ寄って見てもまるで素人が水で練りあげたぐちゃぐちゃのパン生地のようで、顔という機能を失っている。僕が教室で見る風景は決まっていつもこうだ。
僕が三崎飛鳥と目を合わせた瞬間、教室は消えた。
――――三崎飛鳥ってのは、その他大勢のモブじゃないのか?
見透かしたのか。納得したのか。不安になる僕の手を繋いだまま三崎飛鳥は歩く。次の言葉も行先も知らない僕も三崎飛鳥の横を歩く。何も知らないのは僕だけらしい。三崎飛鳥には勝手知ったるセカイのようで、馴染みらしきセカイの住人らに三日月型スマイルを振る舞う。幼い頃から変わらずそうしてきたんだろう。多分。きっと。でもさ。
――――モブ子じゃないとしたら何なんだ……。
鼻歌が聞こえた。が、僕にはそれを観賞する権利がないように思えてチラッと横眼だけを動かし、バレないように視線を戻す。
「なに? 」
強靭な黒目が僕を捕捉したらしい。
バレてる。
そう思うと笑うしかなかった。一か八か。笑ってみたら面白くなって笑いの無限ループが始まった。誰か言ってたな、楽しくなくても笑っていたら楽しくなるってこれのことか。
思いもよらず三崎飛鳥が燃料を投下した。
何処かの国の
「君のツボ、分かりませぬな。」
僕は笑い転げた。実際足元が覚束ないくらい、ツボった。降参だよ。三崎飛鳥は完全に僕のツボを知っている。
一緒になって笑っている三崎飛鳥が行進を休めずに言った。
「君に決めた。 」
「何が?」
疑問を口にする僕の手をサッと振りほどいた三崎飛鳥が言った。
「だって君死にたいでしょ? 」
――――
それが紛れもない僕の
――――三崎飛鳥は普通に。”モブじゃない”。
続く
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