第50話 交易と支配
トクト大王に加え、ジョチ家の王侯が居並ぶ前で、マルクスは正直、緊張していたが、こうした下問があることは想定していたので、自分の考えを述べた。
「ノガイ様は商業や農業に注力なさっていたものの、領土拡大を優先させたために、中途半端な状態となっております。まずはドナウ河やドニエストル河流域の商業拠点を活性化させることが重要です。地元の牧民や農民は商業拠点なしには生きていけません。拠点を抑えるだけで支配できます。外征をお考えでなければ、大軍を駐留させる必要はありません。アス人やキプチャク人の将官に領地を与え、農産に励み、軍を提供させれば、防衛にも十分です」
大王はにやりと笑った。サクチに大軍がいれば、またいつ反乱が起きるか分からない。軍事力ではなく、交易網を広げ強化することで、タルタルなしには生きていけない状況を作り出せば、ブルガリア、セルビア、ローマ帝国、ハンガリー、ポーランド、リトアニア、ルーシといった従属国はタルタルのくびきを甘んじて受け入れるだろう。大王は、マルクスが自分と同じ考えであることを知った。
大王はマルクスにふたたび問うた。
「商業拠点を活性化させるにはどうしたよいか」
マルクスは応えた。
「各地で貨幣発行をおこなうことと、ジェノヴァ商人の居留地を作ることが必要です」
大王は笑って言った。
「おいおい、貨幣発行権は一応、大都のカアンが持っているのだぞ。新しく造幣所をたてろと言われても、それは国法に反する」
マルクスは引き下がらなかった。
「サクチでもドブリチでも貨幣を作っております。辺境に駐留する軍や屯田のためにも、貨幣発行は重要です」
貨幣が発行されれば、これを求めて商人が物資を運んでくる。また、貨幣を遠くから運び入れるのは時間も費用もかかる。さらに、ヴェネツィアやその関係国の貨幣が使われるようになって、ジェノヴァ商人が市場から追い出される事態は避けたい。
マルクスは、とんでもないことを言った。
「大王様がヤルリク(勅命)を出せるようになることと、貨幣発行権の分与を、カアンに要求願います」
マルクスはトクト大王に、事実上、帝位に登れと言っているのである。大王は、やれやれと、はぐらかしつつ、うれしそうに言った。
「ではどこに造幣所をたてたらいいのだ」
マルクスは、アクケルマン、シャフル、キリヤなどを挙げていった。
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