第47話 チャカの最期

 一部の帆船は、ドニエストル河口のヤスキから来たアス人部隊に補給をおこなうが、その他全軍はブルガリアのヴァルナ港へ向かい、ピエトロ船長率いるガレー船や帆船のギリシャ人船員を武装させてヴァルナ港を制圧し、地元のジェノヴァ人やブルガリア貴族に協力を強制する。一方、トクテムルの200騎とジークフリートの歩兵は陸路、ブルガリアの首都タルノヴォを目指す。距離は7舎(210km)ある。

 ヴァルナ港上陸から5日後、マルクスと300弱の軍はタルノヴォ城門に着いた。マルクスはわずかな供回りだけで、タルノヴォを治めるテオドル=スヴェトスラフ=テルテルのもとに向かった。

 近臣からイルチ(使者)の到着を知らされたテルテル公は、マルクスを出迎えた。

「私はマルクス=イルチです。ウゲ(仰せ)により参りました。すぐさまシリストラにいるチャカ様の首を取れとのことです。首を塩漬けにするための塩も持ってきています」

そう言ったマルクスは、黄金にかがやくパイザ(牌子)を見せた。パイザは金属製の査証であり、マルクスがヤイラクによって、トクト大王の特命全権大使として派遣されていることを示すものだ。首を塩漬けにするのは、大王自ら首実検をすることを意味している。

 テルテル公は、使者の後ろに控えている騎士が持っている盾の紋章を見て驚愕した。あれはジェノヴァの紋章だ。先のプルート河畔の戦いで、三王子軍を撃破したジェノヴァの弩兵がいるのか。テルテル公もまた三王子軍にいたので、その恐ろしさを十分に味わっていた。

 マルクスはさらりと言った。

「私の護衛にはトクテムル=ノヤンの騎兵と、ジークフリート・ジェノヴァ弩兵団長率いる軍がいます。われわれもテルテル公のお手伝いをいたします」

 テルテル公は定められた通り、大王の使者であるマルクスに土下座をして金貨や銀貨、毛皮などの贈り物をした上で、少数の騎兵を集めてすぐに出発すると述べた。その日のうちにタルノヴォを出たマルクスとテルテル公の軍は飛ぶようにドナウ河畔のシリストラに向かった。

 ブルガリア皇帝チャカは、秋になってブルガリア全土から集結する軍をドナウ河の対岸に渡すため、舟を集めていた。また、ハンガリーから発送される武器や防具を受け取る準備をしていた。チャカ自身は城外の大きな天幕で生活しており、周辺に敵はいないので、防御姿勢はとっていなかった。

 そのような状態で、マルクスは有無を言わさず天幕を襲い、チャカを捕えて首をはねたのだった。通常、タルタルでは貴人は血を流さないよう、皮袋に包んで撲殺するのだが、チャカは皇族扱いされなかったのである。

 この光景を見たものは、トクト大王の怒りが頂点に達していることをすぐさま理解した。

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